雪解け - なんとはなしに

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「こんのすけを政府の中枢機関に戻すように」
 そんな連絡が来たのは、突然過ぎるほどに突然だった。

 *

「えっ何これ」
 星の隠れた曇り空の夜、日報を送り終えてネットサーフィンを楽しんでいると、パソコンに一通のメールが届いた。私の雇い主、時の政府からである。
 これは珍事だ。斉藤さんとはメールのやり取りをよくしているが、政府からのそれは初めてだった。
 青天の霹靂。雇用主が寄越した初連絡になんなのだろうとドキドキしつつ、メールをクリックすると──そこには、驚くようなことが書かれてあった。
 なんと、メディカルチェックやその他もろもろのため、こんのすけを週に三日政府の中枢機関へ戻してくれ、ということで。
 期間は明日から十二月の中旬まで、拘束時間は月水金の朝七時から夜の七時と、ほぼ丸一日。サラリーマン風に言えば、「日帰り出張」だ。単身赴任じゃないだけまだマシなのかもしれないが、週三日はちょっとキツイ。
 メールの内容を一度読んで驚き、二度読んで慌て、三度読んで絶望した。私が実家に帰る日以外はずっと一緒にいるこんのすけと、週に三日も離れ離れになる時間ができるなんて。
 小さな狐が終日側に居ないとなると、寂しいだけではなく、かなりの不安が出てくる。何か問題があった時、すぐに助けてくれるのは他でもないこの子なのに。こんのすけが居ない間に刀剣男士に絡まれでもしたら……私だけで対処できるのだろうか。突発的な厄介事を処理できるのだろうか。
 政府のメールに「こんのすけの不在時は担当官(斉藤)を頼るように」と記されていたが、なんだか安心はできなかった。斉藤さんのことは信頼しているけれど、あの人はこんのすけと違ってここに居るわけじゃない。相談するにも助けを呼ぶにも、いちいち携帯で連絡をしないといけなくて……迅速なサポートが望めるのかな、もしもの事態が起こった際、対応がきちんと間に合うのかな、って危惧してしまう。
「……私が、政府に」
 こんのすけの急な政府召喚には、当の狐も非常に驚いていた。私がメールを読んでいる最中に、テレパシーめいたもので政府から伝令が下ったらしい。ひどく動揺していて、「なぜ」だの「そんな」だの、落ち着かない様子だった。小さな狐にとっても、今回の件は寝耳に水だったようだ。
 この要請をなんとか蹴ることができないか、期間を短くできないか、と考え始めたところで、斉藤さんからタイミングよくメールが来る。
「あなたとこんのすけが離れる時間を作ってしまうのはこちらとしても心苦しいのですが、必要なことなので、どうかご理解ください。こんのすけがいない間心細いと思います。二十四時間体制をとっていますから、困った時は遠慮なく連絡をください」
 と、こんな内容。
 こんのすけの招致は決定事項であり、覆せない。政府(雇い主)にとって必要なこと。「ご理解ください」という一文を見て、従うしかないことを悟った。というか、諦めがついた。
 小さな狐がいなくとも、私の一日はまわるだろう。料理や洗濯などの家事も、畑仕事も、自分ひとりでできるのだから。
 こんのすけとの別離は嫌であるが、決して無理難題ではないのだ。あの子と離れるからといって、何も死ぬわけじゃあない。政府も斉藤さんも、それを分かっているのだろう。
 項垂れながら「わかりました」と返信し、画面を閉じたノートパソコンの上に突っ伏す。
 明日は水曜日。さっそく、こんのすけは政府の中枢期間とやらへ赴かなければならない。
 どうしよう、どうしようとがっくり肩を落とす私の隣で、小さな狐は長い間じっと黙り込み、考え事をしていた。やがて何か思いついたのか、やにわに本丸御殿へ出かけてくると言い、忙しなく外へ行ってしまう。肉球と爪先で器用に戸口を開ける姿が可愛かった。
 待つ間、「さっきのは誤連絡だった」なんてメールが来ないか期待したり、現実逃避をしたりしていたが、政府からも斉藤さんからもなーんの音沙汰はなく。六畳一間に自分の大きな溜息だけが何度も響いた。
 こんのすけは三十分経った頃に戻ってきて、「私の不在の間、刀剣男士が粗相をせぬよう戒めてきました」と、穏やかな表情で告げた。気遣いは嬉しかったが、逆効果になっていないか少し心配になる。「おっあいつ一人になるってよ! やっちゃうー?」みたいな。……それはないと信じたいんだけどね。
「もー、最悪。こんちゃんと別々になっちゃうとか」
 もやもやとした胸の内を吐露するうちに夜は深まる。ネットサーフィンのお供にと用意してあった熱々のお茶は、すっかり冷めてしまっていた。気が重いせいか淹れ直す気にはならない。
 どうしてこんなことになったんだろう、としばらく話し、一人と一匹で湿っぽくなる。寂しくて、不安なのは私だけじゃなかったみたい。小さな狐は、私一人をここへ残すことを大層案じていた。
 十二月の半ばまでだからがんばろうね、と励まし合い、同じ布団で眠りにつく。夜半、ふと目の覚めた私の手のひらに、管狐の小さな手があった。私が握ったのか、こんのすけがねじこんできたのかは分からないが、重なったそれを見て、心がぽっと温かくなった。
 これも何かの試練。二人で乗り越える、それだけだ。離れていても、心はいつも一緒。……我ながら臭い。
 ぷにぷにした肉球を撫でていると、再び眠気が襲ってくる。
 ──まあ、なんとかなるだろう。一ヶ月ちょっとの辛抱だ。
 そう考えている間にも、まどろみが思考を霞めてゆく。抗うことなくそれに身を任せ、私はゆっくりと瞼を閉じた。

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