雪解け - なんとはなしに

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 こんのすけが出かけ、半日が経った。一人で居るうちはできるだけ面倒事に遭遇したくなかったので、朝からずっと結界の中で過ごしている。
 引きこもり気味の私とは対照的に、神様方は今日も今日とてのんびりと秋の庭を漫遊していた。ああなってくれて実に良かったなあと思う。これでちょっかいさえかけてこなければ言う事はないのだけれど……なかなかどうして、思い通りにならないのだろう。
「あーあ」
 自身の気怠げな声に、溜息が続く。どんよりとした考え事を頭から追いやるが、重々しい気持ちは残ったまま。毎日隣で気を紛らわせてくれていたあの子も居ないため、尚のこと気が晴れない。
 畑仕事も一人、お昼ご飯も一人、昼寝も一人、娯楽も一人……一人、一人、一人。退屈でしようがなかった。
 周りの目を気にせず、誰にも気を遣わなくていい自分だけの空間。だらけられる分、楽な感じはあるけれど、寂しさの方が上回る。心に空いた大穴からは、寒々しい隙間風が吹き込んでいた。
 ぼーっとする時間と独り言は増え、こんのすけはいないっていうのに、事あるごとに足元を見下ろしてしまう。癖になってしまっているのかもしれない。あの子はいつも、私の側にいたから。
 下を見て、いるはずのない管狐に話しかけようとして、「そうだこんのすけは居ないんだ」と気落ちする。こんな一人芝居を何度繰り返したことか。これは紛れもなく、こんのすけ依存症だ。
「はあ……」
 幾度となく口から漏れる陰鬱なそれとは真逆に、本日の天候は明るく爽やかだった。
 空は快晴、十一月にしては気温もあたたか。縁側に当たる日差しがポカポカしている。こんな日は、二人でひなたぼっこしながらまったりしたり、うとうとしたりしていたのに。
 今の私はこれまた一人。表の縁側で日光浴がてら、縫い物に勤しんでいる。本当は、付喪神の目が届かない裏庭の方の縁側で作業をしようと考えていたのだが、残念なことにそちらは陽が全く当たらない。暖かさを求める心と、鳥肌の立つ寒さには勝てなかった。
 ……会いたいなあ。早く戻ってこないかなあ。予定よりも早く終わりそう、とかないかなあ。
 可愛い相棒に思いを馳せ、のろのろと針を進める。今日は風もない。日当たりの良い場所を陣取っているので、外であっても寒くはなかった。むしろ、暖房のない部屋の中よりもぬくぬくである。
 小さな狐の服はまだ作成中だ。先週実家のミシンで仕上げる予定だったのだが、仮縫いが間に合わなかったため延期。完成まであと一歩のところである。ただ、仮縫いももう終わるため、今週末にはミシン縫いにいけるだろう。
 外泊手続きは済ませてあるし、母にミシンを貸してくれと頼んであるし、弟には邪魔するなと警告してあるし……準備万端。そういえば、外泊手続きをした際、斉藤さんがいつでもいいので少し時間をくれと言ってきたな。仕事に関わる話があるそうなんだけど、メールでは言えないらしい。
 減給とか、戦力外通告だったらどうしよう……とヒヤッとしたが、そういうものではないんだと。なんでも、私にやって欲しい事があるそうな。詳しくは、今週末の外泊後にいつものオフィスで話を聞くことになっている。
「あでっ」
 指先に鋭い痛みが走った。雑念に気を取られていたせいで手元が疎かになり、針で指を突いてしまったようだ。血でできた小さな玉が、人差し指にぷくっと盛り上がっている。
 ……ヘマをした。
 指の腹をぺろりと舐め、血の出処を親指で強く押さえる。数分もしないうちに出血は止まった。幸い、針は深く刺さっていなかったのだろう。
「はあー」
 なんとなく、盛大な溜息をついてしまった。
 指を刺してしまってテンションがひゅーんと下がる。寂しいし、つまらない。裁縫にも飽きてきた。
 今日はこの辺にしておこう。続きは明日、こんのすけが居る時に済ませて、最終のサイズ合わせをして……。
 手に持っていた布地を床に置き、思いっ切り背伸びをする。凝り固まった首や肩の筋がほぐれて気持ちいい。縫い物中はずっと俯いてたからなあ。
 久しぶりに上げた顔で何気なしに御殿の方を見やると、視界になにやら動くものが入った。あちらとこちらを隔てる結界の前に、黒い洋装の付喪神が一人。彼は私と視線が交わるが否や、大きく手を振り始める。
 右に、左に、右に、左に……まるで遭難者が「自分はここだー! 気付いてくれー!」と助けを求めているような、仰々しい仕草だった。
 ……なんだ?
 ぎょっとしている間に、池の畔にいる神様が手の動きを変える。腕ごと横に振るのを止め、手首から先だけを頷かせるようにちょいちょいと何度もお辞儀を──……。
 ん? あ、あれは……まさか、手招き?
 あの刀剣男士、私に何か用事でもあるというのだろうか。
 と、とりあえず、自意識過剰だったら恥ずかしいし、鯉を見に行くふりをしてさりげなく様子を伺ってみ……。
「おーい」
 わっ、呼ばれた!?
 蛇に睨まれた蛙の如く、ピシッと固まってしまう。あちらの付喪神とは目が合ったままだ。
 竦み上がった状態で池の向こうの神様をじーっと観察していると、彼は徐々に眉間の皺を濃くしていった。そして、「ちょっと!」と、機嫌悪そうに声を張る。これはどう考えても私への呼び掛けだ。
 驚きつつ、「やっぱり私?」の意味合いをこめて自身を指差してみれば、付喪神は二度、首を縦に振った。次いで、また私に手招き送ってくる。「表に出ろやコラ」との事らしい。
 こんのすけ不在初日に刀剣男士から呼び出しを食らうとは。さっそく受難である。

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