雪解け - なんとはなしに

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 結界の外側に三体の付喪神。月も星も、提灯の明かりもないため、彼らの形状はぼやーっとしか分からない。どれが何の神様で、どんな格好をしていて、どんな顔をしているのか……それらは全部、闇の中。
 覚悟を決めて彼らに立ち向かう──おっと、コミュニケーションに応じることにした私は、表面上だけでも通常運転でいけるよう気を張った。苦手意識も抵抗感も心の底に封印だ。こんのすけと話すように、とはいかなくとも、当たり障りのない対応くらいはできよう。
「お? なんだ、そこにいたのか」
 まず口を開いたのは、三人組の端っこに位置する刀剣男士。
「うん、そうだけど」
「いた」っていうより、「隠れてた」が正しいんだよねえ。見事に見つかっちゃいました。
「なんでそんな所に座り込んでたんだ?」
 結界の間際で私を覗き込んでいた神様が不思議そうに尋ねてくる。ええ、ええ、「なんで」と問われたその解は、「とびっきりスリリングなかくれんぼをしていたから」ですよ。
「あー。あのねー、落とし物しちゃって探してた」
「落とし物?」
 しれーっと吹いたホラに反応した真ん中の付喪神に、「うん。でも今丁度見つかったから」と、これまたしれーっと虚辞を連ねる。困った風な口調にしたり、明るい口調にしたり、そんな演技も忘れずに。
「そうか。……ところで、提灯の火はどうした?」
 真ん中の刀剣男士は一度納得して、違う質問を投げかけてきた。
 怪しまれてるのかな? そんなに疑り深そうな声音じゃないけど、一応この神様には注意しとくか。
「いや、それがさあ、さっきしゃがんだ時に消えちゃったんだよね。火が弱かったのかなー」
 はい、うっそー。私がフーっと吹き消しました。
 提灯をゆらゆら揺する仕草に、やれ参ったと言わんばかりの口前。芝居を加えながら息を吐くように嘘をつけば、端っこの付喪神が「ほー、そりゃ生憎だ」と素直な語調で所感をくれる。よし、上手く騙されてくれた。欺いてしまって悪い気はするが、まあ、小さな嘘だ。許してくれ。
「明かりがないのによく見つけられたな」
 真ん中の神様の声色が変わる。不審感をぶつけられたり、探りを入れられている気はしない。驚いているような、感心しているような……そんな感じ。
「まあね、手探り手探り。必死だったよ。はー、指が冷たい」
 大袈裟に体を縮こまらせて、両手にハアーっと息を吹きかける。今回の接触の目的はなんなんだ? 見張りの一環? 好奇心? ちっぽけな嘘に粗末な嘘を重ねてなんとかやり過ごせてはいるものの、これからどうしようか……。
 悩み始めたその時、眼前にまばゆい光が突如として現れた。
 夜を切り裂く白い閃光は、ゲートが開く際に放たれるものだ。今の私にとってまさに希望の光である。色んな意味で。
 カメラのフラッシュよろしく、煌めいたかと思えばすぐに消えた白光。闇が戻る瞬間に、草地へ降り立つ小さな獣の背が見えた。間違えるはずがない。いつも側に居た、かわいいかわいい管狐。
 こんのすけだ。こんのすけが帰ってきた!
「わー! こんちゃん、おかえりー!」
 親愛なる相棒の帰還は、嫌なモノを何もかもぶっ飛ばした。困り事、憂鬱、煩わしさ、全て。刀剣男士の手前だということさえも忘れ、私はただただ喜びを爆発させた。周りなんてもう目に入っていない。
「主様」
 柔らかな声、のどかな語勢。長い別れではなかったのに、ひどく懐かしく思えるのはなぜだろう。
 足早に山茶花を迂回し、闇へ向かって「おいで」と両手を広げれば、地を蹴る音がした。小さな狐の走りによって空気が動き、風が生まれる。気が昂ぶっていたせいか、肌に触れているはずの冷たさは遠い。
「主様っ」
 胸に飛び込んできた温かな体を、私はしっかりと受け止めた。そうして、思いっ切り抱きしめる。鼻をかすめるのは、おそろいのシャンプーの香りと獣臭さが入り混じった匂い。心が躍った。
 ああ、こんのすけだ。こんのすけだ。私の可愛い補助役狐だ!
「んーっ、寂しかったー! 会いたかったー! おかえりー!」
 もふもふの毛皮に顔を埋め、小さな狐の匂いを肺いっぱいに吸い込む。もはや頭の中は「こんのすけ」だらけ。声は弾むし、足が勝手に跳ねるし、腕はぎりぎり力むし……どれもこれも、脳みそがドーパミンを大盤振る舞いをしているからだ。
「生き別れの親兄弟と再会したみたいだ」「本当にこんのすけが好きなんだな……」等、外野が何か言っているが、そんなのに構っている場合じゃない。というか、気になりすらしない。放置じゃ放置。
「んんんんん会いたかったよー!」
「あ、主様、少々苦しゅうございま、ぐえっ」
 腕の中で喉を押し潰したような声がして、慌てて力を緩める。
「ごめん! めっちゃギューってしちゃった。もう、嬉しすぎて」
 興奮覚めやらぬまま頬擦りをすると、こんのすけもすりすりし返してくれた。愛いやつめ。
「私も嬉しいです。もっと早くに帰参できれば良かったのですが……」
「いいよいいよ! 寂しかったけど、ちゃんと帰ってきてくれたじゃん。お疲れ様、大丈夫だった?」
「ええ、体の具合に変わりはありません」
「そっか。良かったー」
 俯いて、小さな額に自分のおでこをくっつける。この安心感、この歓喜。とろけるような幸福感でアホになりそうだ。
 再会を祝したスキンシップをしばらく堪能し、徐々に熱狂が収まってきた頃、こんのすけが私の肩からひょこりと顔を出した。そして、付近を見渡すようにゆっくり首を動かす。
「ソハヤノツルキに長曽祢虎徹……奥に居るのは御手杵ですか。珍しい組み合わせですね」
 すんすんと何かを嗅いだのちに、この場にいる三人の名らしき単語を出す小さな狐。視覚のみならず、嗅覚も用いてどれが誰だか識別したのか。さっすがこんのすけ。夜目だけでなく鼻も利くんだなあ。耳も良いし、動物ってすごいよね。
 管狐と刀剣男士が二言三言話すのを黙って聞き、タイミングを見計らって腕の中のもふもふ毛玉を抱き直す。「さ、帰ろう。晩ご飯が冷めちゃう」と頭を撫でれば、こんのすけは「はい」と可愛く頷いた。
「じゃあねー」
 ピッチピチの女子高生に引けを取らない軽い挨拶をお三方へ投げ、離れに帰ろうと方向転換をすると。
「おいおい。提灯、置いていく気か?」
「へ?」
 呆れたような声が飛んできて、ピタリと静止。小さな狐で塞がれている己の両手に、手下げ提灯はなかった。
 えっ、なんでないの。ずっと持ったままだと思ってたんだけど──あっ、こんのすけを抱っこした時に放り出したのかも。いやあ、もう、ハイになってたから知らないうちにポイしちゃってたのかな? んー、そんな気がする。うん。
「げっ、ない」
「また『落とし物』だな」
 ぐっ、「また」じゃないもん。あれは嘘だもん。
 笑いを交えて「落とし物」と強調され、急に恥ずかしさがわき立ってきた。なんだか馬鹿にされてない?
「ま、まあね」
 狼狽えつつ、足元にきょろきょろ視線を這わす。暗くて分かんないなあ。遠くにいってないといいんだけど、どこに落ちてるんだろ? 早く見つけて帰りたい。
「ほら、そこにあるぜ。右右」
「右?」
 一番近くに居る神様が右だの後ろだの教えてくれ、地面を足で探ること数秒。つつがなく手下げ提灯を発見できた私は、そそくさとそれを拾い上げ、お礼もそこそこに帰路についた。晒してしまったこの醜態を、付喪神はニヤニヤ眺めているようで──バツが悪くてしょうがない。
「もう落とすなよ」
 背後から冷やかされ、つい「落とさないよ!」と尖り声をあげてしまう。いかん、慎まなければ。……でも、なんか悔しい! くーっ。
 なんて、一人感情を走らせていたら、窪みか何かに躓いてしまった。危ない危ない、転ばなかったのでセーフ。
「おーい、大丈夫かー?」
 み、見られてた。セーフ判定は取り消し。これはアウト。精神的に。
「だ、だっ大丈夫。大丈夫だし!」
 あああああもう恥ずかしいっ。この失態続き、つまらない嘘をついた罰か? はあ、穴があったら入りたい。

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