雪解け - なんとはなしに

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「さて、どうですか。最近は」
 口元に薄っぺらい笑みを貼り付け、一本の糸のように目を細めた斉藤さん。こうなるともはや、瞼が開いているのか閉じているのか分からない。
「そうですね、これといって問題はないです。毎日のんびりさせてもらってます。……審神者としては穀潰しで申し訳ないですけど」
 畑の作物や庭の花の成長は順調。衣食住にも困っていない。だが、相変わらず審神者業の方はさっぱりだ。
「いえいえ、穀潰しなんてとんでもない。あなたはよく働かれておりますよ。問題がないのは良いことです」
 斉藤さんはにこやかなまま、もう一度口を開く。
「では、刀剣男士の様子に何か変わりはありましたか?」
 うっ。来た、奴らの話題。
「刀剣男士」というワードを耳にした瞬間、脈が大きく波打った。
 私とあの本丸を担当しているこの人が付喪神について訊ねてくるのは当然なのだろう。でも、なんていうかあんまり聞かれたくないし、話したくないんだよなあ。現状を隠す気はないにしろ、こんな逃げ腰じゃあだめだよねえ。
「あー……風当たりは弱くなった気がします。前みたいに威嚇されたり、睨まれたりっていうことはなくなったような。まだ何人かはけっこう警戒してそうですけど。水色の髪の──弟さんがたくさんいる神様は特に」
「一期一振ですね。秋田藤四郎の件があるので、彼に関しては少々難しいかもしれません。前任の審神者によって所在不明となった短刀のことを、こんのすけに聞いたのでしょう?」
「……はい」
 今はもういない、朱い胴鎧の子。斉藤さんは知ってたんだ。……まあ、そりゃそうか。斉藤さん、政府には長い間勤めてるらしいから。
 消された神様に、残された神様たち。何度考えても、どちらも可哀想だと思う。私に何かできることがあればいいのに。家族が欠けちゃうのって、やっぱり悲しいもんだよ。きっとすごく辛い。
 暗い気持ちになると同時に、カップを満たす液体に視線が落ちた。透き通ったの琥珀色の紅茶は湯気を立ち昇らせている。
「警戒心の強い刀剣男士はさておき、他はどうですか。何か話はできていますか」
 消された弟さんのことで心を痛めていると、斉藤さんがどこ吹く風で話題を変えた。重い話なのに、「さておき」でコロッと置き去ってしまってよいものなのだろうか。……なんだかなー。
「どうって……うーん、向こうがちょこちょこ話しかけてくるので、時々話すようにはなりましたね。でも、なかなかうまく付き合えなくて」
 戸惑いながらも返答すれば、斉藤さんは膝の上で徐に手を組んだ。
「身構えすぎなのかもしれませんよ。『今の刀剣男士に審神者への殺意はない』と、こんのすけに報告を受けています。以前はあなたの心身保護を優先して『無理に関わらなくてよい』とお伝えしていましたが、もう無理ではないでしょう。これからは積極的に彼らと関わっていってみては?」
 ──『関わる』。あいつらと。
「あ──そう、ですね。はい」
 縮み上がる心臓。冷たくなる頬。途切れた声に、動揺が現れてしまった。
「ふふっ、刀剣男士の話になると顔が若干強張りますね」
 また、鼓動が暴れる。表情を変えたつもりなどなかったというのに、指摘されてしまった。見破られていた。付喪神に対する、私の苦手意識を。
「えっ? いや、そんな」
 嘘の否定をしようとする私を責めるわけでも、叱るわけでもなく、斉藤さんはただ笑っていて。それがひどく、不気味だった。
「……あなたは、少し変わりましたね」
 前に座る男の瞼がうっすらと開いていく。何か企んでいるような、泥沼化した私の内側を看破するような瞳に、居心地が悪くなった。やっぱりこの人は一癖ある。
「変わっ──そうですか?」
「ええ。良く言えば慎重に、悪く言えば疑心暗鬼に。そして、少々捻くれました。出会った頃はもっと素直で、楽天家だったでしょう? それこそ、脳みそにお花畑ができているのかと心配になるくらい」
 飄々と告げられ、一瞬、息が止まる。
 グサッときた。図星だった。斉藤さんの言ったことはどうしようもないほどに当たっていた。
 大勢の神様たちに拒絶され、色濃い敵意を向けられたあの日。
 初めて心が折れた。初めて泣いた。桁外れのショックを受けた。
 そして、付喪神が嫌いになった。
 私はそれまで以上にあいつらを警戒するようになり、あいつらの発言を疑うようになり、あいつらと関わらないようになり──。
 そう、慎重になった。疑心暗鬼ともいえた。普通の会話をしていても、笑顔で近寄られても、「どうせ人間のこと嫌いなんでしょ」と、胸の内で一度は毒づいてしまう。彼らの言葉をそのまま受け取れなくなったのは、常に裏の裏を読もうとしてしまうのは、私の心が歪んでしまった証拠だ。
 ああ、私、他人にまで察知されるほど、変わっちゃったんだなあ。変わっちゃってたんだなあ。
 今になって気付く。いや、忘れていただけか。昔から付き合いのある友人に愚痴った時は、いつもの自分でないと認識できていたのに。自分がおかしいと思えていたのに。あの日から二月が経ち、いつの間にやら変わった自分に慣れてしまっていたのだろう。
 もともと深く考えない性格だったので、少しくらい慎重になってよかったのかもしれない。だが、これは「少し」なんてもんじゃない。おまけにへそ曲がりだ。
 私はこの変化を、自分にとって良いものだとは到底思えなかった。

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