雪解け - なんとはなしに

05


 ひとしきり斉藤さんに文句をぶつけ、不満はまだ燻りつつもようやく掃除に取り掛かった。
 若干お腹がすいていたけど、こんな不潔な場所で食事など気が進まない。昼ご飯は抜こう。その代わり晩ご飯は山盛り食べるぞ。
 まずは掃除だ。できれば夕方までに終わらせたいなあ。
「もー、汚い汚いきたなーいっ」
 よっしゃやるぞと、意気軒昂にお掃除を開始したが、もうね、汚いのなんの。何ヶ月、いや何年ほっといたらこんなに埃が溜まるんだ。
 塵芥を吸わないようギャングの如く顔半分にタオルを巻き付け、黙々とハタキを振るう。掃除は高いところからするもの、っておばあちゃんが言ってた。
 ハタキが終われば、掃き掃除、拭き掃除──掃除機ないから箒でやんなきゃだわ、クイックルワイパーないから雑巾でやんなきゃだわ、水道ないから井戸で水汲み(穢れで汚染されてたから浄化した)しなきゃだわ、不便でかなわん。そして体が痛い。これ明日筋肉痛だ絶対。
 私が掃除をしている間、こんのすけには外の見張りをお願いしてみた。
 というのも、居るからだ、アレが。
 干上がった池を挟んだ向こう側。本丸御殿の縁側に寄りかかり、鋭い眼光でこちらを睨む一人の男の子。離れと数十メートルほど距離はあるが、それでもあの子が殺気立っているのは分かる。常に刀の柄にかかっている手が、「お前なんぞいつでも斬り捨てられるんだからな」と言っているようで物騒だ。
「鯰尾藤四郎です。おそらく、あなたを監視しているのでしょう」
 小さな狐がそう教えてくれたので、「なんだと? ならばこっちもやってやろうじゃないか、ほーれ、監視返しだ! こんのすけお願い!」と、若干キレ気味で見張りを要請したに至る。向こうが接近でもしてきたら、すぐパワー全開で結界強化してやるぞ。
「よーし、ぼちぼち仕上げかな?」
 何時間かかけ、ひと通りは掃除できた。最後に、洗い替えした雑巾で隅から隅まで拭いていこう。あー、ここまで長かったなあ。よく頑張った私。
 日暮れ時なのか、辺りが薄暗くなりつつある。まあ、もともと赤暗い空だったので夕景なのかは定かではないが。少なくとも、時計で四時を過ぎたまでは確認済だ。
 汚くなった水を入れ替えようと外に出て、井戸に向かう。敷地内に井戸は二つあった。ひとつは離れの側に、ひとつは畑の側に。畑と言ってもそこに作物などなく、穢れのせいで不毛の地と成り果てているようだけど。
「見張りご苦労様ー。どう、動きあった?」
「……いえ、何も」
 玄関の前にちょこんと座っているこんのすけ。つぶらな瞳の先には、初対面で「こっちに来たら殺す!」と叫んでいた男の子がいる。うわあ、向こうからこっち見てるねえ……そんな睨まなくていいじゃん。私なんにもしないよ? お掃除してるだけだよ? 怖い。。何あれ殺害の機会でも窺ってる? うわー治安悪いよこの職場ー。
「はあ、物騒だなー。めんどくさい」
 つい、忌々しい視線を向けてしまう。いやだってしょうがないでしょう、この酷遇! あっちにはあっちで事情はあるにしろ、私と前の審神者さんは無関係なのに。んー、割り切るしかないのかなあ。
「どっこいしょー」
 カラカラと滑車を回し、井戸の底へ釣瓶を下ろす。なんとまあ、古めかしいこと。こんなの初体験だ。新鮮ではあるのだが、やはり面倒くさい。水は冷たくて綺麗で、おいしいんだけどね。
「よーいしょっと」
 年寄り臭い掛け声で、重くなった縄を引っ張る。うむ、上手く水が汲めたようだ。
 釣瓶を満たす水は澄んでいて、汚れた雑巾をつけるのがもったないくらい。浄化する前はあんなに濁って臭かったのに。「浄化」ってすごい。
 汲んだばかりの水で汗ばんだ顔をさっと洗い、釣瓶からバケツに移す。西に沈みゆく太陽を見て、今日の作業はこれで終わりにしよう、と思うのであった。

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