06
離れの大掃除が終わったのは、時計が五時を回った頃。外がだいぶ暗くなったので、こんのすけに教えてもらいながら燭台に蝋を取り付け火を灯す。オレンジ色の明かりは暖かくて、ほそぼそと揺れる姿は可愛らしかった。
うん、でもねえこんのすけさん。……いや、元凶は政府か。どうして火打ち石を使わせるの? これも「景観上の都合」なの? 心めげそうなんだけど。着火ライターとは言わないから、せめてマッチ。マッチちょうだい! 携帯とかプラスチック製の調味料入れが良くて、なんでマッチがだめなの? 私の文明レベルがどんどん下がってゆくううううう。
離れの土間、どんよりげっそりしながら、竹筒に息を吹き込む。え、何をしてるかって? 竈の火を育ててるんですよ。はっ、笑うがいいさ。ここに弟がいたら大笑いされてただろうな。はあ。
フーッ、フーッ……。
「その調子です」
「どーもね。……これでホントにご飯炊けるの?」
「ええ」
炉の中でパチパチと燃える炎。燻る煙に、木の焦げる匂い。少し離れて竈を覗くこんのすけに、作業を止めて胡乱な眼差しを向けてしまう。
「火の勢いが弱まってしまいます」
「ほいほい」
正直、半ばヤケ気味だが、こうしないと夕飯にありつけそうにないので仕方あるまい。やるしかないのだ。面倒だけど。
やがてうねりを上げて大きくなった炎を見て、こんのすけが一つ頷く。も、もういいの? もうやめていいの? フーフーするの地味に疲れるんだよね。
「幾らか薪を追加してください。火吹竹はもうよいでしょう」
「やったー!」
支給品である薪をカコン、カコンと炉にくべて、これまた支給品の火吹竹を適当な場所に置く。やっとフーフーから解放された。おー、ほっぺがヒリヒリしてる。
「鍋が噴いたら少し薪を取り出し、弱火に。四半刻ほどすれば炊き上がります」
「しはんどき?」
「……三十分ほど、にございます」
「へー。あんまり時間かからないんだね。一時間とか、二時間とかかかるかと思った」
三十分くらいであれば、炊飯器とそう変わらない。ボタンひとつで米が炊けるわけではないけれど、竈炊飯も慣れたらなんとかなるかなー。面倒だけど。
でさあ、鍋が噴くってどういうことよ。溢れるの? 鍋が何か噴射するの? ふきこぼしみたいなもん? ……ま、こんのすけが教えてくれるか。
「今のうちに副菜の膳立てをなさってはいかがでしょうか」
「あ、そうだね。おかず何にしようかなー。こんのすけは食べたいものある?」
パッと献立が思いつかなかったので、こんのすけに振ってみる。返事はない。くそう、無視か、無視なのか。
チラリと目をやれば、……ん? なにやら目がまん丸になってるじゃん。驚いているのか、恐怖に瞠目しているのか──別に毒なんて盛ったりしないんだけど。それとも、喉にご飯詰め込んで窒息死させられるとでも思ってる? こんのすけも案外お馬鹿さんだなあ。被害妄想強すぎ。
「こんのすけー?」
名を呼べば、ビクリと体を震わせる小さな狐。
「いえ……いえ。私めは、要りませぬ」
大きく開いた瞳を移ろわせ、ぶんぶん首を横に振る様は、動揺を表していた。
「え、食べないの? ご飯多めに炊いちゃってるんだけど。もしかして、『管狐』って食べ物ダメ系?」
「いえ、そのような訳では──」
「食べても大丈夫なの?」
「摂食はできますが──」
「じゃあ食べなよ」
「いえ、ですが」
あからさまに狼狽えるこんのすけ。何度も瞬きをし、視線をきょろきょろさせ、顔を上げたり下げたりしている。冷淡そうなこの狐も、まごまごすることもあるんだねえ。
はあ、何をそんなに取り乱しているのだろう。食べたいものあるか聞いて、食事を促しただけなのに。わっかんないなー。
「要らないの?」
もしや、人の食事はNGでドッグフードならぬフォックスフードじゃないといけないとか? あー、さすがにフォックスフードなんて作れないっていうか見たことも聞いたこともないんですけど。
首を傾げてみせると、しどろもどろになっていたこんのすけはしばらく黙りこくり、やがて口を開いた。黒い瞳に決意と、そして冷たさを抱いて。
「要りませぬ」
はっきりと、言った。突き放すように。
そこには、明確な拒絶がまま見られる。
「そっか、分かった」
私は咎めない。しつこく誘ったりもしない。
こんのすけは人間不信で、きっと私のこと、嫌いだから。ちょっと淋しくても、強引なことはしない方がいい。
「余ったご飯は明日の朝食べようかな。早起きしてまた竈でお米炊くの面倒だし」
「……でしたら、米櫃をお使いください。今の季節であれば、一日ほどは保つでしょう」
「こめびつ。知らないなあ。また使い方教えてね」
「……ええ」
なんだか微妙な空気になったが、気にする素振りを見せずに私はせっせと調理を続けるのであった。