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だるさと眠気に抗いながら夕飯をとる。今夜は保管していた残り物に少し手を加えただけの簡単料理だ。本当は鮭のちゃんちゃん焼きやら芋の煮っころがしやら作るつもりだったのに、思わしくない体調のせいで断念。私の異変に気付いたこんのすけが、何度も何度も体の具合を気遣ってきた。
「だーいじょうぶ大丈夫、寝たら治るって」
小さな狐を心配させたくなくて軽い返事ばかりしていたが、正直、体のあちこちが重くて重くてしょうがない。温泉を張った浴槽に浸かるとほんのり楽になったものの、風呂から出れば頭がぼーっとする。
すぐにでも布団に横になりたかった。三秒で眠れる自信もあった。でも、これからこんのすけに大事な話をしないといけない。
「こんちゃん、ちょっと話があるんだけど」
座布団に正座し、小さな狐と向かい合う。早く聞きたそうな様子の彼へ、「私、時間遡行軍と戦うことになった」と包み隠さず伝えれば、相棒はまずくわっと目を見開き、硬直した。そうして何度か口を震わせ、「主様、それは」とぎこちなく声を出す。
そこで私は、本日斉藤さんと交わしたやり取りをかいつまんで話し、今後の予定もざっくりと説明した。ついでに今私がヘロヘロになっている理由も。
「……なんということに」
こんのすけは硬い表情のまま力なく呟いて、がっくりと項垂れる。かと思えば勢い良く顔を上げ、矢継ぎ早に舌を回した。
「危険過ぎます」「出陣は刀剣男士の任務のはず」「どうか刀剣男士へ御下命を」
と、この子ってば顕著なまでに反対姿勢。あいつらに出陣要請するよう強く言われたけど──やっぱり私は「約束」を反故にしたくなくて。もうちょっと神様たちに休んでいてほしくて。
そしてほんのちょっぴり、神様たちを頼りたくない気持ちもあって。
「大丈夫だってこんちゃん。今日政府が作った訓練用の敵と戦ってみたけど、私も結構やれたんだよ。秘められた才能の開花ってやつ? すごいでしょー」
作為的に明るく振る舞い、小さな狐の反発心や不安を和らげようと試みる。が、我が相棒は険しい面持ちで黙りこくっていた。
「もー、こんちゃん、大丈夫なんだってば。出陣するのは一番弱い敵しかいない合戦上らしいし、回数も少ないし、しんどい時は休んでいいみたいだから。ね?」
大丈夫、大丈夫、といくら繰り返せど、こんのすけの表情は晴れない。彼は眉間に深い皺を刻み、「ですが、やはり刀剣男士に」と反論してくる。
こんのすけが気を揉むのも分かるし、私の身を案じてくれる気持ちも嬉しい。けれど、今更引き返せはしないし、引き返す気もなかった。
──だが。
「うん、うん。負担が大き過ぎて『あーこれできないなー』って思ったら、こんちゃんと刀剣男士に相談するよ。で、どうにもならなかった時はスッパリ止める」
さすがに私も馬鹿ではない。限界を超えた活動をすれば自分の首が締まるだけでなく、周りにも迷惑を掛けてしまう。そこは理解しているつもりだ。出陣継続が難しくなったり、とんでもない問題点が見つかったりすれば、きちんと周囲のお知恵を借りるさ。で、もしも為す術がなかったら……打ち切るしかないよねえ。斉藤さんや上役には申し訳ないけど。
「さりとて──」
「大丈夫。ぜーんぶ自分で抱え込んだりしないって。あのね、私が『約束』をした子たちがさ、『約束なんてもういい』『自分たちが戦う』って言ってくれたら、その時点でちゃんと話し合うから。敵と戦ってもらえるようにお願いするから」
雇い主の目的と私の職務を考えると、刀剣男士との相互扶助はやはり避けては通れぬ道だ。あちらから協力の申し出があれば、断る理由はない。
黒髪の子、明るい灰色の髪の子、そして、青い髪の子。私はあの三口の神様に、「戦に出さない」「干渉しない」といった言質を与えた。この先、それらが取り消される日が来たのなら……私も己の役割に沿い、「審神者」としての使命を果たそう。
ちっぽけなプライドやくだらないしこりなんかは、胸の奥に綺麗に隠して。
「だから、あの『約束』がなくなるまでは頑張らせてくれない?」
時間遡行軍の征伐。本来はエキスパートに任せるのが最良なのだろう。しかし、へっぽこ審神者の私にだって、敵が倒せるのだ。微々たる力にしろ貢献できるのは嬉しいし、自分にできる事は大切にしたい。
「役立たずがせっかく役に立てるんだよ。政府のお偉いさんにいいトコ見せつけとかなきゃ」
今回、時の政府が神様ではなく「人間(わたし)」に要望を出してきたのは、私の力を見込んでっていうのもあるんじゃなかろうか。あいつらの抱える事情が一番の要因だとは思うけど、政府のお偉方も不可能なことを「やれ」とは言わんでしょうよ。こんな私でも期待されてる、とか考えちゃうと、やる気が出てくるんだよねえ。精一杯働きまっせ。できる限りで。
「大丈夫、大丈夫。絶対無茶はしない。しんどいのとかめんどくさいのとか、私が嫌いなの知ってるでしょ? 早死する気もないし」
可愛らしい前足を握って笑う。私の意志が堅固である事を察したのか、小さな狐はやがて「分かりました」と諦めの太息をついた。まだ不満はありそうだけれど、とりあえずは納得してくれたらしい。
「戦地には私もお供致します。矮小なる管狐の身であれど、必ず主様をお守りいたします故」
「え、ほんとに? ありがとう。頼もしいよ! でも、危ないかもしれないからここでお留守番の方が……」
「何を仰いますか! こればかりは譲れませぬ。このこんのすけ、主様が嫌と言おうと否と言おうと付いて行きます」
鬼も引いてしまいそうな形相で詰め寄られては断れない。出陣の件を独り決めした罪悪感もある。内心、「こんちゃんが怪我するのは嫌だからお留守番してて欲しいな」と思いつつも頷くしかなかった。いや、時間を置いてもう一回留守番を勧めてみよう。この子に怪我はさせたくない。
「……大事なことなのに勝手に決めちゃってごめん。こんちゃんが居てくれるとすごく心強いよ。ありがとう。一緒に頑張ろうね」
謝ってお礼を言えば、「差し出がましいやもしれませんが、できれば一言ご相談頂きとうございました」と目を眇めるこんのすけ。
あー、怒ってたんだなあ。そうだよなあ、大事なことだもんなあ。あの場に私と斉藤さんしかいなかったとはいえ、悪いことをした。でも斉藤さんの圧力に勝てなかったんだよー! ちくしょう。
「ごめんごめん、そうする」
気が咎めて再度謝罪するも、小さな狐はじとーっとこちらを見つめるだけ。こ、これは疑われておる!
「えー!? ちゃんとするってばー! 信じてよこんちゃん」
がばっとこんのすけに組み付き、敷いていた布団になだれ込む。「怒んないでー」「ごめんねー」とぎゅっと抱き締めれば、腕の中の毛玉は「わ、分かりました! 分かりました!」ともがいた。ふふん、勝ち星掴んだり。
「へへへ、仲直りー」
ごろんと仰向けになって、胸の上にいる小さな狐の頬をぐりぐり撫でる。始めは顰めっ面をしていたこんのすけだったけれど、揉みくちゃにするうち、次第に笑顔になっていった。もう、なんて可愛いのこの子。
「あ、神様には内緒にしといてよ。私が戦うようになったっての」
寝転んだまま、不意に思い出したそれを口にする。
私の出陣についてだが、御殿におわす神様たちへ自分から言うつもりはない。こんのすけづてで伝わるのも嫌だ。
「何故です?」
「余計な気を遣わせたくないんだよね。……色々」
こちら側から告げることで、変な刺激にならないか気がかりだった。
できればあいつらの反抗心を買いたくない。裏がないかと探られたくもない。もし「恩を売るために戦うのか」とか、「頑張る自分を見せつけたいのか」とか言われて鼻で笑われたりでもすれば、たぶん、私は怒ってしまう。うん、想像しただけですっごくむかつく。我慢できればいいんだけど、下手すれば態度に出しちゃいそう。
考え過ぎかもしれないが、「は? なんでわざわざ言ってくるの? 嫌味?」「刀剣男士の代わりに戦うアピール?」なんて、奇天烈な勘違いをされてしまったら──おお、やだやだ。
「色々、ですか」
「うん。色々」
とにかく、付喪神の神経を逆なでしてしまわないよう注意しないと。自分が嫌な思いをしないよう自己防衛しないと。
「色々ね、難しいもんなの。というわけで、ぜーったい言っちゃだめだからね?」
こっちからは言わないのが吉。せめて向こうが聞いてきてくれれば……や、自然にバレるくらいでもいいんだけどな。
「っ、はい」
小さな狐の、一瞬泳いだ黒い目を見逃さない。さてはこんのすけ、あいつらに言うつもりだったな? むしろ、私の代わりに出陣してくれって直談判しそう。だめだめ、そりゃだめだ。やっとあっちの警戒心が解けつつあるのに、「戦に出ろ」なんてきな臭い話をするのはよろしくない。
「こっちから言うんじゃなくて、そのうち気付かれちゃうくらいが丁度良いんだよ」
「……そうでしょうか」
「うんうん、そうなのです」
物憂げな瞳をしている狐のおでこに、ぽんぽんと手を置く。
私も彼らもゆっくり歩み寄っていけばいい。急がば回れ、果報は寝て待てって言うじゃないか。それでいいのだ。