87
こんのすけとの大事な話が一区切りつき、強い睡魔に襲われる。今の私にとって、ふかふか布団のおやすみマジックは効果抜群。そのまま寝落ちしても良かったが、荷物の整理だけはしておきたくて。
「ふわー……ねむい」
止まらないあくび。目尻に滲んだ涙が生温い。早く夢の国に行きたいけれど、これだけはやっておかなければ。
眠気と戦いながらバッグに手を入れる。中は混雑しており、ぐちゃぐちゃだ。地面にぶちまけた物、大雑把に放り込んだもんなあ。
「主様、今宵はもうお眠りになられて、明日にすればよいのでは」
「んー? ううん、今やっとくよ。後回しにしちゃうと余計面倒だし、朝はゆっくりしたいしねー」
しばしばする瞼を懸命に開け、バッグの中身を一つずつ元の場所に戻していく。財布と通帳は箪笥の二段目に、リップクリームとペンは机の小物入れに、着替えは洗濯籠に──。
ぽいっ。……ん、ちょっと手前だったか。外れてはないのでまあいいだろう。
「ああ、そのように投げられては」
「いいのいいの」
「籠からはみ出しておりますが」
「いいのいいの」
小さな狐は几帳面だ。竹籠の縁にだらしなく垂れた服に目を留め、整頓したそうにしている。許せこんのすけ。床に落ちたわけじゃないんだから。セーフセーフ。
「あー、終わったあ」
眠いしだるいしめんどくさいしで少々適当な入れ方になったが、あらかた片付いた。これで気兼ねなく枕に頭を預けられる。今夜は快眠間違いなし。
「……あれ?」
「よし、やっと眠れる」と一息ついた刹那、心に何かが引っかかる。
なんだろう。大事なものを忘れているような。
……何を?
突発的に生まれたもやもやは消えることなく、胸の中心に胡坐をかいて居座った。それは間もなく嫌な予感へと変わり、私をひどくざわつかせる。
何かがない。どことなく足りない。忘れ物をしているような気がする。
でも、実家を出る前に持ち物チェックはちゃんとしてたよね。財布もあったし、通帳もペンもハンカチもあったし……ダンシングフラワーか? や、あれは付喪神にあげたからなくて当たり前だ。じゃあ何がないんだろう。んん?
もう一度バッグを大きく開け、内ポケットを含め隅々まで確認。どこにも目ぼしい物はなく、ないかもしれない物も頭に浮かばず、唸りながら脳みそを絞る。
財布は仕舞った。漬物は食べた。数冊の通帳をまとめて入れていたポーチも──。
「あっ!」
叫ぶのと、ピンときたのと、立ち上がるのとが同時に起こる。
「どうかなされましたか?」
気にかけてくれたこんのすけに返事もせず、私は焦燥感に追われるがまま、箪笥の二段目を勢い良く開けた。そうして奥の方に押し込んであるメッシュのポーチを手に取り、あるものを探す。
「嘘、ない。えっない!」
冗談でしょ。
さーっと血の気が引いていく。瞼は重いが眠気がどうこうどころじゃない。
「ない、ない……え、やば」
何度見ても、何度手探りをしても、そこにあるはずの物はなく。
「銀行印、銀行印どこ!?」
外泊中、旅費の振込みついでにちょっとばかり口座をいじった。その際使用した銀行印は、通帳と一緒にポーチに入れておいたのに。
金融機関の利用には必須の、大事な大事なそれ。愕然として辺りを見渡したが、どこにも見当たらない。
私の持つ貴重品のうちの一つは、和柄の印鑑ケースごと行方知れずになってしまったようだ。