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バッグの中、ポーチの中、畳の上、土間、上がり框──離れ内をざっと探してみるも、やはり銀行印の姿はない。焦りだけが募り、体力はじわじわと削られる。
「主様、顔色が悪うございます。捜索は明日に……」
「だめだめ、あれすっごい大事なやつだから。もうちょっとだけ探させて!」
切羽詰まっているせいか、眠気もだるさもそう気にならなくなっていた。感覚が麻痺しているのかもしれない。ただ、そんな事をじっくり考える余裕はなく。
何が何でも銀行印を見つけなければ。んもー、あの子どこに行っちゃったんだろ。去年失くした時はポケットに入ってましたーってオチだったんだけど……あああああ、ないかー。
「あ! 外。ゲートのとこかもしれない」
そうだ、一番思い当たる場所があるじゃないか。ダンシングフラワーを探す時にバッグをぶちまけたあそこだ。銀行印を落としたすると、あの瞬間以外考えられない。だって、家を出る前にはちゃーんとあったもん。うん、絶対あった。
よし、外。外を探索しないと。
「主様! お待ちを……」
「そこだけ探したら寝るからー!」
私を引き止めようとするこんのすけを飛び越し、もつれる足を動かして土間へ降りる。闇に包まれたそこは暗い。もう寝るつもりでいたので、明かりはとっくに消してあった。
「提灯は」
「いい、携帯使うから!」
言い終わらぬうちに携帯のライト機能をON。蝋燭の淡い炎とは異なる、くっきりとした白光が周囲を照らした。
「羽織を」
「半纏着てる!」
「襟巻きは」
「いらない!」
不安げな様子の小さな狐と短いやり取りをしつつ戸口を開ける。冷え冷えとした空気が一気に流れ込んできた。
どこまでも静かな庭。秋の夜長に賑わっていた虫の声は、気温が低くなるにつれいつしか聞こえなくなっていた。透明度を増した空に満天の星が輝いていて、冬の気配を感じずにはいられない。
「さっむー!」
寒い。めちゃくちゃ寒い。いやに興奮しているためか、口から出る声はどれも普段の三割増しになっている。
肩を竦めた歪な姿勢で携帯を構え、えいやと外に駆け出した。久々の全速力で結界ロードを突き進み、ゲート付近に直行。後ろからこんのすけの声が聞こえるので、あの子も付いて来ているのだろう。
「も、最悪」
息が切れる。鼻水が出る。寒くて頬がじんじんする。気分はどん底。
恨み言を溢して走り、目的地に着くなりしゃがみ込む。ここいらは背の低い草が一面に生えており、何かを探すには葉を掻き分けなければならなかった。
葉っぱも土も冷たい。指先がかじかみそうだ。
「あ、主様、ご無理は、なさらぬよう……」
私に追いついた小さな狐が喘ぎ喘ぎ声をかけてくる。獣といえど、長い距離をぶっ通しで駆ければさすがに呼吸が乱れるらしい。
「ん、無理はしないよ。こんちゃんこそ大丈夫?」
「ええ、何のこれしき」
ぴすぴすと鼻を鳴らして息を整えるこんのすけを横目に、足先の草を跳ね除けた。枯れかけてぺちゃんこになった柔らかな葉の下、山茶花の若木の根元──一心不乱に印鑑ケースを探すも、悲しきかな、それらしき物は姿形もなくて。
「私はこちらを見てみます」
「ありがと、お願い」
隣をうろついていた小さな狐が私の後ろに回り込む。彼は反対側を探してくれるようだ。ありがたい。あー、早いとこ出てきてくれたらいいんだけど。おーい、銀行印よ、お願いだからこの辺にあってくれ。
そういった祈りも虚しく、渇望は満たされない。見つけたいのに見つからないもどかしさは胸騒ぎを巻き起こす。やがて、被害妄想がひょこりと顔を覗かせた。
「はあー。どこ行っちゃったんだろ」
誰かに盗られたりしてたらどうしよう。悪用されちゃったら? というか、悪用うんぬんじゃなくて、貴重品だからできれば自分以外の人の手には渡って欲しくない。トラブルなく帰っておいで、印鑑ちゃん。
……もし付喪神が拾ってたとしても、悪いことなんてしないよね? ちゃんと返してくれるよね? 人間(わたし)への当てつけで壊しちゃうとか、ないよね?
ほわーんと脳裏を過ぎるのは、陰惨な光景ばかり。
目の前で真っ二つ、池ポチャ、消し炭、脅しのネタ……あああああああ全部嫌だああああ! 阻止、阻止!
「ううー」
辛気臭い呻き声をあげ、ひんやりとした草の葉を引っ掴む。眠いしだるいし、大事な物は失くすし、寒いし、手は冷たいし、もう、ほんと最悪だ。
──さいっあくだ!