雪解け - なんとはなしに

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 銀行印が手元に戻り、晴れ晴れとした気分で畑仕事に取り掛かる。先日作物の植え付けを行ったばかりなので、当分は草引きや水遣りだけだ。
 実りの季節を終え、すっかり寂れてしまった畑。現在収穫できるものといえば、隅の方に残ったレタスくらい。瑞々しい葉はサラダの材料によく使うため重宝しているけれど、そのうちなくなってしまうだろう。まあ、四次元葛籠にたくさんストックしてあるから冬になっても食卓に支障はないか。
 秋色に染まった山々を遠くに見ながらじょうろを振るい、畝の一列一列をざっくり回って雑草を引いていく。その際、葉を食う虫がいれば黙って駆除。可哀想だが、綺麗な野菜を作るには必要不可欠なのだ。ぽつぽつ穴が空く程度なら許せても、枯れてしまうまで食い荒らされるのは避けたい。夏前に小松菜を全滅させたことがあったんだよねえ。虫害で。
 過去の失敗を内省しつつ、あくせくと働く。作業量が少なかったため、いつもよりずっと早く畑の世話が終わった。こんのすけとおしゃべりしながらダラダラと働くのも好きだけど、ちゃちゃっと済ませるのも時間の節約ができたみたいでなんか嬉しい。うーん、我ながらかなり手際が良くなってるなあ。農業スキルばっかり上がっちゃってるよ。
 お昼までまだ余裕があるし、ついでに花の手入れもしておこうかなー。神様避けっぱなしも卒業しないとだもんなー。こんのすけが居なくても普通に活動できるようになりたいよねー。
 と、やる気を滲ませ庭に繰り出したところまでは良かったのだが──。
「こんにちは」
「また会いましたね」
「ここに居たんですか」
 メーデー、メーデー、問題発生。随所で同一人物に──いや同一付喪神に遭遇してしまいます。今朝、銀行印を返してくれた煤色の髪の神様です。
 最初は偶然かと思いましたが、それにしては頻度が多い。待ち伏せの可能性も否定できないのではないでしょうか。毎度毎度話しかけられて無視もできない状況です。対処法求む。
 しかも、ただ挨拶のみをしてくるだけならともかく……。
「水遣りですか? じょうろが空になったら俺が水を汲んできますよ」
「俺でよければ持ちましょうか。肥料は重いでしょう?」
「草引きくらいであれば俺にもできますが」
 などなど。
 その神様は、じょうろに水を汲もうとしたり、水遣りを代わろうかと言ってきたり……何かにつけて私の仕事を奪おうとしてきた。
 終いには「家臣の手打ち」やら「寺社の焼き討ち」やら物騒な言葉が出始めて、反応に困る困る。アメリカンジョークならぬ付喪神ジョークですか? ごめん私には理解できなかった。
 水遣りも水汲みも施肥も、助っ人が要るほどの重労働ではない。「自分でできるから」ってやんわりお断りをすれば、彼は大人しく引き下がってくれる。でも、しばらくしたらまたひょっこり現れ、手伝いたそうに? 自己主張してきて。
 それを何度か繰り返し、八回を越えそうなところでギブアップ。ちなみにこの八回ね、四十分以内の出来事。五分に一回の割合ですよ。プチストーカー? いやいや神様相手にいくらなんでも無礼か。
 仕組まれたように重なる出会い、反復する応酬。私はついに痺れを切らし、はっきりきっぱり拒むことにした。
「今まで全部自分でやってきたから、これからもやれる事は自分でやりたいなあ。気持ちだけ受け取っとくよ。色々気にかけてくれてありがとね。放っといてくれて大丈夫だよ」
 と、ちょっと強めに伝えたら。
「……出過ぎましたか」
 なんて、なんとなくしょぼくれちゃってさあ(勘違いかもしれないけど)。私のせいで傷付いてしまったのか、私が傷付けてしまったのかと、罪悪感がもわもわ吹き出たよ。
「いやいや出過ぎたとかそんなんじゃなくてね、自分の事は自分でやりたいんだって。大した作業じゃないし、野菜も花も好きだし? 日課で趣味なんだよ。私の楽しみ。癒やし」
 お澄まし顔でこーんなフォローをして、「私にできないことがあったらお願いするかもしれないからさ、その時はよろしくね」とか気を遣って、ようやく煤色の髪の神様は承知してくれた。
「そうですか……分かりました。いつでも声をかけてください。俺にできることなら何でもこなしますよ。家臣の手打ち、寺社の焼き討ち、ご随意にどうぞ」
 うん、だからね、そんな不穏なお願いはしません。
 いやあの、それ本気で言ってるの? やっぱり冗談? 決め台詞? んんー、口調がやや皮肉っぽくもあるような、でも涼しく笑ってるような……掴めないなあ。
 彼の真意は定かではないが、「俺にできることなら何でもこなしますよ」という文言にはちょっとだけ心が傾きかけた。敵と戦ってくれるかも、仕事仲間になってくれるかも、って。けど、私が待っているのはこの神様じゃない。不可侵の約束を消せるのはあの子たちだけだ。
「ごめんねせっかく手伝おうとしてくれたのに」
「いえ、気にしなくていいですよ」
 煤色の髪の刀剣男士は、軽く頭を下げた後、姿勢正しく回れ右をして御殿に帰っていった。離れていく後姿を目で追っていた私の胸中は微妙そのもので、しばし、じょうろを握ったままぼうっと考え事をしてしまう。
 銀行印を拾い、私に返してくれた神様。印鑑ケースが壊れないよう優しく投げ、私の体調を心配してくれ、言葉遣いも丁寧で、悪態もつかず──そんな彼を、朝の時点では良い付喪神だと思っていた。しかし、今は僅かに怪しさを感じている。
 突然接触を増やし、甲斐甲斐しく助力を申し出てくるとは、これ如何に。
 単にガーデニングが好きで、植物を育てたい欲求に駆られていたとか? それとも、──親切にして私を取り込んでしまおうとか? 懐に入って油断させたところをズバーッとか? ……ないとは言い切れないよね。
 ねじ曲がった考察を止めて脳天気になるのなら、「純粋に厚意を表してくれた」って見解でどうだろう。にしても、なんでこんな急に。昨日の今日でこの変わり様……腑に落ちないな。今朝のあれが初めてに近いコンタクトだったはず。
 そりゃ距離が縮まるのは悪いことじゃないよ。とはいえ、いきなり過ぎやしないか? 逆に不自然で警戒してしまう。
 そう、不自然。不自然だと思ったのだ。友好的にしろ間合いの詰め方に違和感があって、だから一歩、引いてしまった。
 好かれるようなことをした覚えはない。気に入られるように振る舞った覚えもない。互いを深く知る仲でもない。関わった時間も長くない。
 ──何度考えてみても、やはり奇怪で引っかかる。あの刀剣男士、悪い神様ではないと信じたいが……もう少し観察が必要だ。完全に信頼できるまで、冷たくはせず、馴れ馴れしくもせず、適度な距離を保っておこう。今気を許して寝首をかかれたくはないし、また前みたいな態度を取られたら。
 ……次は本当に、立ち直れなくなる。

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