雪解け - なんとはなしに

07


 はい、殺伐とした新居での初料理、記念すべきメニューは……どーん!
 ツヤツヤの白ご飯、白味噌を使った甘めの味噌汁、山女魚の塩焼き、ほうれん草のおひたし、里芋の煮付け。
 ……どう? すごくない? 初めての竈でこれだけ作れるって、私、すごくない? もたもたはしたけど。
「上等だよね。私、頑張った」
 全品できるまで二時間弱。いつもの二、三倍苦労しましたよ! ……まあ、慣れればもっと調理時間短縮できると思うけどさあ。竈の何が大変かって、やっぱり火加減だ火加減。薪を入れたり出したりして、ほっぺが痛くなるまでフーフーして、辛かったなあ。
 料理を盛った陶器の皿をちゃぶ台に並べ、熱々のお茶を湯飲みに注ぐ。あー、お腹が鳴った。うん、昼抜いてるからね、掃除でエネルギー消費したからね。すいてますとも、お腹。
「ご飯、ほんとのほんとに要らない?」
「……はい」
 土間で佇んでいるこんのすけに声をかけるが、やっぱり返事は「否」である。
「そっか。お腹すきすぎて餓死したりはしないよね?」
「式神ですので、飢え死に等は致しません」
「ふーん。食べられるのに、食べる必要はないんだ。式神ってすごい。じゃあ、ちょっと申し訳ないけど、いただきまーす」
 こんのすけには悪いが、当人(当狐?)が要らないというのだから仕方がない。
 手を合わせて軽くお辞儀をし、夕飯に手を付ける。もうね、美味しいったらなんの。つい食べるスピードを上げ、よく噛まずに飲み込んでしまった。
「んー、おいひー」
 至福。至福である。労働の後の飯はうまいというが、まさに美味い。もう「おいしい」以外言えない。
「んぐ、おいしー」
 一口食べるごと、馬鹿みたいに言葉が溢れた。ここに家族が居たら、絶対笑われるだろう。特に弟に。
「山女魚やばっ。脂やばっ」
 塩焼きにした山女魚は噛むと脂がじゅわんと滲み、だけどしつこくなくて、どんどんご飯が進む。二尾にしておいたのだが、ううむ、もう一尾焼いておいてもよかったかもしれない。もっと食べたいかも。
 食材は全部政府の支給品で、葛籠から取り出したものだ。どれも瑞々しくて新鮮であり、料理するのがもったいないくらいだった。キャビアやフォアグラ、霜降り和牛にイベリコ豚なんかの高級食材も、望めば支給されるのだろうか。……今度やってみよう。うひひ。
 夕飯に舌鼓を打ちながら、人間不信の小さな狐をちらりと見やる。
「こんのすけも上がったら? 土間、寒くない?」
 三月の初め、浅春の候。夜はまだ肌寒い。土気に晒され、風通しの良い土間であれば尚更だ。別に取って食いやしないのだから、畳に上がればいいのに。そんな所じゃおちおち寛げないだろう。
「……いえ、私はここで」
 こんのすけは離れの中に入りはしても、土間から先には決して上がらない。どういうつもりなのかは知らないが、頑なである。頑固狐め。やせ我慢して風邪引いても知らないぞ。あれ、「式神」って風邪引いたりする?
「そこで一晩寝るの?」
「眠りはしません」
「えっ、式神って寝ないの!?」
「……眠れない事はありませんが、特に必要ではないので」
 はー。食べなくてもいい、寝なくてもいい……すっごいな。不眠不休で働けるじゃん。どうですか日本のブラック企業の社長さん方、ここに優良物件がいますよ。二十四時間戦えますよ。
「へー、式神ってすごいねえ」
 幾度目かも分からない私の「式神ってすごい」を、こんのすけは聞き飽きているかもしれない。白と黄色の可愛らしい耳がぴくぴくと微かに動いている。
「まあでも、体はちゃんと休めてよ。私にはこんのすけしかいないんだから、無理して動けなくなられちゃ困る」
 殺気立った刀剣男士たちと、こんのすけと、私。悲しいことに本丸の住民はこれだけで、今の時点で私が当てにできるのはこんのすけのみなのだ。斉藤さんは相談に乗ってくれるけど、本丸(ここ)にはおらず、そして直接的な介入はしてくれない。
「こんのすけ」という存在は、私の中で白に近いグレー判定なので、完全なる味方として信用できるかは微妙なところ。だが、少なくともこれまでに危害を加えられるような事はなかった。
 私の審神者業務の独り立ちなどまだまだ先の事であり、当面はどうしてもこんのすけを頼らざるをえないだろう。そこに友好関係がなくとも。そこに温情がなくとも。
「……」
 返事がないが、気にしてもしょうがないので続けてしゃべる。
「明日は敷地全体の浄化をしようと思ってるんだけど、他にやった方がいいこととかある?」
「……可能であれば、刀剣男士たちの手入れなども。重傷の刀もおります故」
 刀剣男士。その単語を聞いた瞬間、あれほど美味しかったご飯の味がなくなった。
「あー……刀の修繕、だっけ。そうだね、ボロボロのまんまは可哀想だし、斉藤さんにも早めにやれって言われてるもんね」
 仕事内容の一つである刀剣男士の手入れ。政府発行のマニュアルにやり方は書いてあったが、実際にはどうすればよいのか分からない。そこはこんのすけに指南してもらうつもりなので、多分、できるとは思うんだけど。
 ──問題がひとつ。
「うーん、でもねえ」
 溜息も、ひとつ。
「まだそれは無理な気がする。できるんならしたいけど、私、あの子たちに歓迎されてないっていうか、命狙われてるし? 『直してあげるよー』とか言っても信じてもらえなさそう。むしろ近づいたら殺られそう」
「──それは」
 口ごもるこんのすけ。ほお、図星か。図星なのか。フォローできないくらい大正解なのか。
「やらなきゃいけないのは分かってる。それも私の仕事なんでしょ。でも、もう少し様子見させてもらえない? さすがに始まってすぐ死ぬようなことにはなりたくないんだよねえ」
 私だって馬鹿ではない。無責任になるつもりもない。「審神者」として働くと決め、雇用された以上はきちんと仕事を熟そうと思っている。高いお給料もらうんだから、そりゃ当たり前だ。
 けれども、みすみす危険を冒すようなことはしたくなかった。なんの対策も立てずにあの男の子たちに近付けば、たちまち斬り殺されてしまうだろう。それは絶対に嫌だ。私、まだ二十代だもん。早死したくはない。
 そもそも、あの子たちに一切危害を加えてない私が、どうして殺される必要があるの。解せん。殺すなら前の審神者(ひと)にしといてよね。
「私もだけど、たぶん向こうも色々考えてるんじゃないかな。『新しい人間はどんな奴なのか』『追い出すにはどうしたらいいのか』とか。……まあ、まずはお互いがお互いの存在に慣れなきゃいけないと思うんだ。話はそこから、かな?」
 尚も黙しているこんのすけに、私の考えを伝える。
「二、三日か一週間か──向こうの態度に変化があったら、あの子たちにお手入れさせてもらえないか持ち掛けてみようと思ってる。それで上手くいったら、あとはトントン拍子でなんとかなんないかな? なればいいんだけどなあ」
 もぐもぐと咀嚼しつつ、楽観的になってみた。うん、なんとかなったらいいんだけどね、ホント。
「……ええ。そのようになさればよろしいかと」
 お、返事きた。本当に賛同してくれてるのか、投げやりなのか、どっちなんだろ。
 ツッコもうかどうか逡巡したその時、こんのすけがボソリと声を上げた。
「私も、彼らが易易と心を許すとは思いません故」
 私の脳裏に、鋭い刀の切っ先や、憎しみに溢れた眼光がフラッシュバックする。
 並々ならぬ憎悪。研ぎ澄まされた殺意。どれも本物で、すぐさま融かすことなどできないもの。
「……はあ、だよねー」
 ああ、気が重い。
 苛みながら夕食を続けたせいで、美味しさが半減してしまった。こんのすけも口を噤んでいるし、悩み事はつきないし、もう雰囲気どよんどよん。
「前途多難、だなあ」
 誰に言うでもなく発した声が、六畳間にしんと消えていった。

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