雪解け - なんとはなしに

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「村正ああああああああああ!」
 一つではない、複数の声。
 何事かとじょうろをちょびっとずらせば、二方向から刀剣男士が走ってきている姿が見える。
「あーあー。五月蝿いのが来ましたね。二振りも」
 残念そうに嘆く、露出狂疑いの神様。状況確認のためにそろりとじょうろを下ろし、ほっとする。よかった、局部ボロンはされてない。こやつがまだ裾を摘んでいるのは引っかかるが。
「何をしている! 嫌がられているだろうが!」
 煤色の髪の付喪神が噛み付かんばかりの勢いで怒鳴り。
「村正、やめろ! そんな事をするから誤解されるのだ」
 葡萄色の髪の神の付喪神は厳しい語勢で声を張る。
 どちらも腹を立てている様で、両脇から咎められているというのに、当の神様はどこ吹く風でにやりと笑う。
 そして。
「huhuhu」
 ピラッ。
 ──あ、見えた。
 ……。
 ……。
 今のは……うん、心に仕舞っておこう。あの、そう、ナマじゃなくてよかった、とだけ言いたい。
 目にも留まらぬ動きで大きく布地が捲られ、結局神様のおパンツを──いや男(お)パンツを見てしまった私。
 弟以外、それも彼氏でもない男の下着を目撃するなんてなあ。……真っ昼間に、しかも職場で。や、これはそう、相手は人間じゃなくて神様だから、ノーカンだ。ノーカン。いいね? 何もなかった。
 遠い目で現実逃避をする私をよそに、煤色の髪の神様と渋いモミアゲの神様が仰天して息を呑む。次に、どちらもカッと目を見開いた。
「やめろと言っているだろう!」
 煤色の髪の神様が局部開放を生み出す手首を掴むことで、チラ見せ行為は断ち切られる。私の視界から股間を消してくれてありがとう。ノーカン扱いにしろ、目の前にずっとパンツ(生身付き)が展示されているのは敵わん。グッジョブ。
「乱暴はやめてください」
 肩を竦める事案の元凶はおどけた口調で抗議をしていて、それは煤色の髪の神様の神経を逆撫でした。淡い青紫の双眸がギリリと鋭くなり、眉間に深い皺が刻まれる。彼は引き締まった腕をがっちり捕獲したまま、けろりとした様子の刀剣男士をねめつけた。
 さて、私はどうしよう。この場を上手くやり過ごすには、誰に何を言って、どこにフォローを入れるべきか。
 己の身の振り方を考えだした刹那、葡萄色のモミアゲを持つ槍の付喪神が前に進み出てきた。
「村正は悪い奴ではないのです。これはその、ふざけているだけで……」
「本当は──」「根は実直で──」「刀の性能も──」と、もごもご弁護を始めた彼は大柄で、凛々しい目鼻立ちをしている。けれど、ハの字になった太眉のせいか、主人に叱られた大型犬に見えてしまった。
「ふざけるなどとんでもない。ワタシは友好を深めようとしていただけデス」
 言い訳めいた台詞を放つ付喪神を、煤色の髪の神様は容赦なく小突く。……肘鉄か? 痛そうなのに体幹は全く動かず、筋肉はビクともしてない。あれは鎧だ。筋肉の鎧。
 分厚いマッスルに見入っていると、ミステリアスな笑い声が聴覚を揺すぶった。
「huhu……熱視線に焼かれてしまいマス。焼きムラができてはいけません。脱ぎまショウ」
「村正!」
 くわっ! と、両脇の神様が綺麗にハモる。私が「脱がなくていい」と言う前に止めてもらって一安心。露出狂疑いの彼に反省の色はなさそうだ。
 そこから説教やらお小言やらが始まって、局部チラリの刀剣男士は、お縄についた犯罪者よろしく引っ立てられていってしまった。公然わいせつ罪にて退場、といったところだろうか。
 半ば放心してその光景を眺め、どっと疲労感が増す。やっぱり付喪神の相手をするのは疲れる。私の歩み寄り精神が足りないのか、それとも今日の相手がたまたま扱いづらい曲者だったのか……後者であることを願う。私に非は、非は……ないよね?
 もしかして今日、厄日なのかな。信じる信じないはともかく、後でネットのデイリー占いでも見てみるか。はあ。
 ふーっと息を吐き切り顔を上げる。神様方はみんな去ったと思っていたが、去る神あれば来る神あり。本日の監視役の片割れ、どでかい刀を担いだ女装の付喪神が接近してきていた。
「よっ、お疲れさん。朝っぱらから変なのばーっかりに絡まれてたねえ」
「ん? んんー……うーん」
 プチストーカーもどき、不審者、露出狂疑い。うん、まあ、確かに「変なの」ばっかりだ。気持ちとしては肯定したい。だが、さすがに面と向かって「はいそうです」とは言い辛く、また、「そんなことないよ」と陽気に庇うこともできず、うやむやな返しをする。
「ははっ、なんだい、その顔。……ま、嫌わないでやってよ。みんなあんたに構ってほしかっただけなんだ。悪い奴じゃないからさ」
「……へえ」
 生返事をするその裏で、胸の鼓動が早まる。ドクンドクンと突き上げてきているのは、肌の下にある心臓。
 もう昼になるだの、庭仕事は飽きないかだの、他愛のない話を一つ二つし、豪奢な衣装を纏う付喪神は縁側の定位置に帰っていった。彼は変わり種(?)な仲間が起こしたトラブルの後処理をしに来ていたのかもしれない。気配りのできる神様なのだろう。
 池の畔をあとにして、悶々と歩く。先ほどの言葉を頭に反芻させながら。
 ──やっぱり、もやもやした。「あんたに構ってほしかった」って。
 向こうから距離を縮められているような、あちらの好意を匂わせられているような、そんな気がしてならない。
 私は彼らと打ち解けるべく、少しずつ、少しずつ溝を埋めていくつもりでいる。しかし、ここ最近神々は大股で溝を越えてこようとしてきていて、どうしてもペースが乱されるのだ。
 相手は心を持った神様。自分ばかりを主軸にしてはいけない。彼らに合わせて臨機応変に動き、目標の修正をしなければ。
 そう自分に言い聞かせるも、胸の内はすっきりしなかった。曇天と同じ空模様である。

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