雪解け - なんとはなしに

08


 夕食後、政府からの支給品であるその他生活用品を葛籠から全て取り出し、整理整頓を行った。
 文机に筆立てや文房具を、桐箪笥に下着や衣類を、台所に調味料や調理器具を。分類し辛いものは、とりあえず適当な場所に置いておく。押入れがなかったのが残念だ。布団だって仕舞えやしない。
 心配していた充電器について斉藤さんに聞いてみると、支給品の中にある小型の装置を代用しろとのことだった。金未来チックな金属の箱に携帯を入れてみると、まあ不思議、充電マークが画面に現れる。原理はさっぱりだが、ちゃんと充電できてるようなのでよしとした。
 ご飯も食べた、着替えも確保した、時は夜更けになりつつある。「さあ、そろそろ風呂に入ろう」、と意気込んだところで、嫌な予感に襲われた。
 ──まさか、風呂を焚かなければならない、なんてことはないよね? 竈のように。
 勘弁してくれと思いつつ、土間に鎮座するこんのすけに問う。すると、思ってもみなかった答えが返ってきた。私の疑惧は杞憂に終わったのだ。
 なんと、この土地。温泉が湧いているらしい。ひゃっほーい!
 もー、こんのすけ、そういうことはもっと早くに教えといてよー。掃除の時とか、なんにも言ってなかったじゃん。いや、蛇口のない風呂場だなあとは思ってたんだけどさあ。
 一気にテンションが上がり、勇ましく風呂場へ向かう。使い方を教えてもらうため、こんのすけにも同行してもらった。若干嫌そうだったけど。そんなに家に上がるのが嫌か。
 木の香りが充満している風呂場に入ると、こんのすけが「ふむ」と呟いた。
「枯れていた湯も、浄化によって息を吹き返したようです。湯口の板を押し上げてください」
「これ? ……よっ、と。うわっ!」
 指し示されたようにすれば、ドドドドドと勢いよく、湯気とともにお湯が流れ出てきた。なるほど、この板が蛇口代わりか。
「ひゃー、すごい。ほんとに温泉だ!」
 湯口から溢れる乳白色のお湯に手先を突っ込み、熱さと爽快さを堪能する。
 木製の浴槽は小さめで、十分ほどあれば湯が満ちるだろう。その間に体を洗っていればよい。
「温泉とかめっちゃ嬉しいー。さー、入ろ入ろ。こんのすけも入る?」
 気分上々、にっかり笑顔で振り向くが、こんのすけは「いえ、私は」と視線を逸らす。ええ、分かってた、分かってたよ。
「いいの? でも、毛、汚れてない? 土間に座りっぱなしだし」
「……毛づくろいをしておりますので」
「毛づくろい? あはは、動物っぽいね」
「式神」なんて現実離れした存在のくせに、「毛づくろい」とは。ちょっとおかしくて、笑ってしまった。
「あ、ごめんごめん。馬鹿にしたわけじゃないから。今の面白かった」
 軽く謝ると、小さな狐は黒い瞳を瞬かせる。戸惑っているのだろうか。
「せっかくの温泉なのに、ホントに私だけ入っちゃっていいの?」
「っええ」
 上ずった声に動揺を見出すが、敢えてそこはつつかない。つついたって、こんのすけは心の闇を打ち明けてはくれないだろう。困らせるだけだ。
「そっか。もったいないなー。じゃ、独り占めしちゃおーっと」
 努めて気にせず、ルンルン気分で服に手をかける。お風呂道具も持ってきたことだし、早速入浴だー! にごり湯、にごり湯。はー、まさか温泉にありつけるとは思ってなかった。
「! し、失礼致します」
「ん?」
 後ろを向いた時には、既にこんのすけの姿は風呂場から消えていた。はあ、素早いもんだ。そんなに私と居るのが嫌なのか。……それとも、私が服を脱ごうとして焦ったとか? うわ、可愛いー。「こんのすけ」って男性名だから、一応男……いや雄なのかな? うーん、今度聞いてみよう。
 服を脱ぎ捨て、竹でできた脱衣籠に入れる。桶で湯を掬い、頭からザバっとかぶれば、なんとも言えぬ心地よさに吐息が漏れた。
 髪と体を洗い終える頃には、いい塩梅に浴槽にお湯が溜まっていて、ゆっくりを体を沈ませればそこは極楽浄土。木香も芳しい。
「うはあー……」
 体中の筋肉が弛緩し、湯を揺蕩う。もともとお風呂は好きだが、温泉はもっと好きだ。
 湯船に体を預け、しばらく何も考えずにぼうっと時を過ごす。これこそ、幸福。充足。安寧。
 満足ゆくまで熱い湯を満喫し、のぼせる一歩手前でお風呂を上がったもんだから、ちょっと立ち眩んで壁に頭をぶつけてしまった。むむ、不覚である。

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