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夜と朝の入れ替わりは不変たるもの。地平線に落ちた太陽は必ずまた空へと昇る。携帯のアラームと骨まで震えそうな寒さで起床すれば、一日の始まりだ。
本日火曜は政府のオフィスで訓練がある日。十三時半にはあちらへ行かねばならないため、野良仕事もガーデニングも全部昼までに終わらせる予定である。忙しいぞ。
朝ご飯のお茶漬けを掻き込み、普段よりも早く畑へ赴いた。こんのすけと手分けして雑草を取ったり、水を遣ったり、植えた苗の育ち具合をざっと見たり──いつにも増してしゃかしゃか取り組む。
時が進むにつれ、気温がじわじわ上がってきた。今日は昨日と違って良い天気だ。農作業に思ったより時間が掛からなかったので、花の世話の合間を縫って消えた子を探すことにする。
小さな狐に「ここはどう」「あそこはどう」と問いながら物言わぬ地べたをギロギロ睨み、庭の端を一巡。時間に余裕がない且つ真剣だったため、挨拶してきた付喪神の相手はいささかおざなりになってしまった。申し訳ない。
刀も鞘も、刃の破片さえ見つからず。庭と森とを区切る茂みを越え、山にも少し入ってみたが、無念にも朱い胴鎧の子の姿はなかった。
代わりと言っちゃあなんだけど、右頬に二つ並んだ黒子のある刀剣男士に出会い、びっくらこく。その神様は木立の間で「あー、あー」と、独り大声を出していた。高い音、低い音……様々な音程。「叫ぶ」というより、歌手が己の声を確かめているかのようだった。
「篭手切江です。郷義弘の打ちし脇差……歌って踊れる刀剣男士にございます」
軽く固まってしまった私へこんのすけが紹介してくれ、「歌って踊れる刀剣男士」が爽やかに笑う。
「今していたのは発声練習です。こうやって再び人型を取ることができ、心にゆとりができたので、少し前から始めてみました」
薄い黄緑の瞳が細まる。黒縁メガネの美少年は、白いネクタイの締めてある喉元を押さえた。
一見して、学生服を着た中学生。しかし、肩から腕にかけてを守る防具、ベルトに差した立派な刀が、彼がただの見目良い若者ではないことを表していた。
実に良い顔をしている付喪神へひとまず愛想笑を送り、「アイドル志向の刀剣男士もいるのか」と、心の内で感心する。私の中の「神様」の定義が一段と複雑になった。
西洋東洋、神話においてユニークな神は確かにいるけど……不思議だなあ。
未知との邂逅。「すていじ」目指して「れっすん」を続けるという付喪神のもとを去り、時間も時間だったため家路につく。収穫ゼロだったのが口惜しい。だが、まだ一日目だ。くまなく探索してもいないのに諦めるなんて、そんなのは嫌。
──これからこれから。
自分を励まし、こんのすけとせかせか歩く。道すがら、昨日私を脅してきた刀剣男士がちょいちょいと手招きしてきた。やや警戒すれども、無視はせず(気は乗らないけど)そちらへ立ち寄る。今日は相棒も一緒。なんとかなるだろう。
ひと気のない縁側の端っこに腰掛け、足をだらりと垂らしている彼は、開口一番「あんたはずるいお人やなあ」と言ってきた。明るい灰色の髪の子関連かな、と、それとなく思ったが、いかんせんはっきりとは分からず。
「何が?」
尋ねれば、足を組んで腿に頬杖をつく付喪神。ニヒルに歪んだ唇が、声の伴わぬ苦笑を作っていた。
「蛍を塞ぎ込ませたと思ったら、今度は元気にさせよったもんで。……ほんまにずるいなあ。自分や愛染国俊が何を言うても、ずっと暗い顔やったのに」
ああ、そういうことか。
どちらも覚えはないけれど、しょんぼりさせたのも私、明るくさせたのも私だと彼は断言する。そしてそれを「ずるい」と──自分や仲間がどうやっても立ち直らなかったあの子を、元凶である私が元気にさせてしまったから「ずるい」と。そう言っているのだ。
「や、元気づけるようなことはしてないよ。あんたが言った通り、私がどこかでやらかしてたっぽかったから謝っただけ。それですっきりしたんじゃないかな」
こんのすけが見守ってくれている中、私なりの推論を伝える。
そうそう、地雷はなんだったんだ。あの子には聞けなかったし、この神様にお問い合わせしてみようか。うーん、何が引き金になったのかを知ってるといいんだけど……昨日は把握できてなさそうだったからなあ。問い詰めに来たくらいだもん。
「ねえ、なんであの子しょげてたの。私が何やったか教えてよ」
こそこそっと問うが、彼はニヤリとするばかり。
「あー……。蛍丸、どうも少ーし拗ねとったみたいですわ」
この口振り、絶対真相を掴んでる。もしかすると、彼と明るい灰色の髪の子はあの後合流したのかもしれない。そこで地雷の話をしたのかな。というか、詳細を教えてくれ。
「拗ね? んん? え、私何言って拗ねさせた?」
「ま、今回はそない気にせんといてください」
私の追求ははんなりとした方言でさらりと流される。そうはいくかと突っ込む前に、付喪神が喋りだした。
「これまで──傷付けようと思って蛍丸と接した事、あります?」
声音こそゆるく、口の端はつり上がったままだが、眼鏡の向こうの双眸は鋭い。
なんだその質問。変なこと聞くなあ。私、まだ疑われてる? 苦手だからー嫌いだからーって、仕事仲間(予定)に悪態ついたりなんかしないってーの。意地悪ババアじゃあるまいし。
「ないよ。あの子だけじゃなくて他の神様も」
スパッと言い、「あんたにもね」と付け加える。彼の唇に張り付いていた皮肉めいた笑みが消えた。寝起きに水をかけられたような顔だ。
「……こりゃ、やられましたなあ。やっぱり蛍の考え過ぎやったんか」
ホワッと。または、ヘラっと。微かな驚きを滲ませていた表情は既にそこにはなく、眼鏡をかけた神様は、ふやけた微笑みを湛えていて。
「あーあー、もうええですわ」
彼は音もなく立ち上がる。しなやかな身のこなしだった。
「自分はこれで失礼します。蛍丸に見つかってまーた説教されてもあかんので」
野良猫がふらりと消えてしまうかの如く、その付喪神はどこかへと去ってゆく。
「あんたはあの男とは違うようや。けど、もし蛍丸や他の刀にえげつないことをした時は……後が怖いで」
という言葉を残して。