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「じゃあね、こんちゃん。行ってくるね」
「はい」
「留守番、大丈夫?」
「お任せください」
「お腹空いたらおやつ食べて。いつもの所にあるよ」
「存じております」
「危ない事はしちゃだめだからね」
「もちろん」
「三時には帰れるから」
「お待ちしております」
「あと──」
「おい、まだあんのかよ!?」
可愛い可愛い管狐との別れを惜しんでいた矢先、横槍を入れられた。以前、神々のおニューな衣装に呪いがかかっているのではないかと疑ってきて、私に検証させるに至らせた刀剣男士だ。
「無粋な。和泉守兼定、水を差さないでくださいますか。主様が私めを想ってのお言葉です」
「にしたって、長いだろ!? 国広でもここまでは……いや、良い勝負、なのか?」
「えっ、そう? 僕はこんなに過保護じゃないよ、兼さん」
長い黒髪の付喪神、短い黒髪の付喪神──新撰組副長、土方歳三が使っていたという刀。この二振りが日中の見張り番……なのは朝一で顔を見たから知っている。が、なぜゲートまでついて来た。いや監視なんだろうけど、何もここまでべったりしなくても。私が視界に入る場所にいればいいじゃん。
短い黒髪の子はともかく、こっちの神様はお見送りをしてくれるほど友好的ではないと思うし……んー、解せぬ。
「でも、心配な気持ちは分かるなあ。あなたにとって、こんのすけは大切な存在なんですよね」
感じの良い刀剣男士に話を振られ、一瞬怯む。冴えたブルーの利発そうな瞳がこちらを見ていた。
「ん、まあね」
そんなことを言われるとは、と面食らったが、ううむ……この子はなかなか見識があるじゃないの。そうさ、こんのすけは私にとってかけがえのない存在なんだよ。ご近所があったら自慢して回りたいくらい良い子で、大好きなのだ。
「こんちゃんは超大事」
にやにやしながら足元に目線を下ろすと、小さな狐がにこっと笑う。
「恐悦至極にございます。……主様、そろそろお時間では」
行儀良く一礼したのち、私の後ろを見据えるこんのすけ。眩い光が裏手に閃いた。
「あ、ほんとだね」
ちらりとを見返れば、楕円形の白い光が大口を開けるようにして佇んでいる。初めの頃はいちいち感服していたけれど、今は特に何も。はあ、慣れってすごい。
「それじゃ、こんちゃ──」
「おーい! おんし、ちっくと待ってくれんかー! そら、山姥切も早う」
張り上げられた声によって、こんのすけへのさよならが中断された。なんだなんだと、場にいる全員がそちらに顔を向ける。
御殿の玄関からドタバタと飛び出してきた二つの影。先頭を走る刀剣男士が後ろのもう一振りを引きずっているようだ。がっちり捕らえられた腕と、それを掴んでいる力強い手が見えた。
「良かった、間に合うたぜよ!」
「おい、陸奥守……俺は」
白い歯をこぼして笑う神様と、後方で顰めっ面をしている神様。
「なんですか、陸奥守吉行。山姥切国広まで。我が主は今まさに御立ちになろうとしていたところ。用があるのであれば、手短に」
デキるビジネスマン、いやデキる管狐のこんのすけが注意を促す。私への気遣い、花丸。この子が会社員だったらそうとう上司のウケ良いだろうな。素晴らしい。
「分かっちゅう分かっちゅう。この前もろうた花子なんじゃがな、あれをもう一つくれんかと思うて」
花子……お、そうか。
「ああ、ダンシングフラワー?」
「おー! そうじゃそうじゃ。頼めるか?」
にぱっとスマイルを炸裂させた彼の背中越しで、もう一振りの付喪神がじーっと私を注視している。所々薄汚れた白い布。そこから覗く双眸は、目の覚めるようなエメラルドグリーンだった。その精彩、真正面から見てみたい。
「んー……うん。いいよ。もう一つね」
美しい色に気を取られつつしばし考え、オッケーを出す。ダンシングフラワーなら実家にあと一体あったはずだ。弟に確認して譲ってもらおう。もし拒否されたら百均に行ってみるか。大きい店舗にならたぶん売ってるだろう。
「よっしゃあ! やったのお!」
べしっ!
方言のキツイ神様にひと叩きされ、白い布を被っている刀剣男士の背が音を立てた。先ほどまで彼の腕を捕まえていた手は、布のはためく背部へと回されている。
べしっ、ぽんぽん、べしっ、べしっ──。
あれ? まだビシバシするんだ。ちょいと激し過ぎやしません?
「や、やめろ……っ」
「なーんじゃ、もっと喜べ山姥切!」
ほお。雰囲気的に、ダンシングフラワーを欲しがってるのは後ろの付喪神なのかな。「いや、俺は……」ってまごついてるけど、「いらない」とは言わないもんねえ。
「……見るな。写しなんか見たって、あんたに何の特もないぞ」
対照的な二振りをしげしげ観察していた私に気付いたのか、白い布を纏う刀剣男士が強張った声を放つ。そして、前髪辺りに垂れている布をぐっと引っ張った。フードだと思っていたが、よくよく見れば一枚の布らしい。彼の顔半分はすっぽり覆われ、締まった唇だけがそこに居た。
「花子お? だんしんぐふらわあ?」
人間版、いや神様版てるてる坊主な付喪神のサイドでは、黒い長髪の刀剣男士が怪訝そうに片眉を上げている。
「ええっ、兼さん知らないの? 自動で揺れる花のからくりだよ。未来の最新機器なんだって」
……!? さ、最新機器? 違う。違う違う。どこでそんな尾ひれが付いちゃったの!
「いや、ちが」
「この人間の時代にある、珍しい機械ぜよ」
慌てて訂正しようとした私の声は、快活な土佐弁に埋もれてしまった。
「和泉守は興味なかったき、見にも来んかったやろうが」
いじけたようなトーンで言い、不満げな顔をした彼だったが、数秒もしないうちに陽気さを取り戻す。
「ほいじゃ、よろしくな!」
私に視線を移して、にぱっと笑う付喪神。底なしの明るさが無性に眩しい。
思わず「うん」と言いかけ、口を噤む。そうだ、「いい」って言ったけど今日は実家に帰らないんだった。
「あっごめん、今日は無理。家には来月帰るからその時でいい?」
そう告げると、神様たちは頭の上に疑問符を漂わせたような面持ちになる。
「それは、かまんが──」
歯切れの悪い返事。自分の発言が何かおかしかったか気になり始めたところで、長い黒髪の刀剣男士が胡乱な目つきで睨めつけてきた。
「じゃあ今日はどこに行くんだ」
硬く、投げつけるような物言いに緊張感が這い寄ってくる。これは明らかな探り、いや尋問だ。
「ちょっと政府にね。野暮用」
さすがに「出陣の打ち合わせをしてくるよー。あ、私のね」とは言えず、ぼやかした答えをサクッと述べた。彼らの顔はまだ冴えない。むしろ、「政府」という単語が出るなり、周囲の空気がずしっと重くなる。
妙に不安になってきた。悪事を働きに出向くのではないのに。……私が「政府」に出かけることは、神様たちにとって良くない事案になるのだろうか。
「何を怪しんでいるのです。よもや、この御方が時の政府と結託して刀剣男士を害そうとするのでは、などと邪推しておいでで?」
堂々と進み出てきた小さな狐が、凛とした口調で鋭く放つ。
「愚の骨頂。我が主はご自身の担当官に会いに行かれるだけですよ。さあ、主様、疑り深い刀は気にせずどうぞご出発ください」
「あー……うん」
ははあ、そういうことか。
こんのすけの弁を耳にし、一人納得する。
前々から知ってはいたが、ここの付喪神は審神者のみならず時の政府へも不信感を抱いており、彼らは私が政府に行くと聞いて、悪い憶測をしてしまったのだろう。現に、小さな狐がああ言っても、神様たちの表情は渋かったり厳しかったりのままだ。
「なーんにも気にすることないって。仕事の話をするだけだから。それにねえ、政府の人もあんたたちをどうこうしようと考えてないと思うよ。『こき使え』とか指示されたことないし、『ゆっくりやってけばいい』って言われてるし」
事実を交え、率直に意見を伝える。いい加減、政府も味方なんだと解って欲しい。
「信用できねえな」
冷たい眼差しを私へ当てる、長い黒髪の刀剣男士。
にべもなく吐き捨てられ、この分からず屋め、と若干むっとしてしまった。また、なんとかして政府不信も解決しないとな、と思い立つ。
「んー、じゃあ私、約束取り付けてくる。私もひどいことしないから政府も変なことしないでって。あんたたちの意に沿わないことはしないように、言質取ってくるよ」
私は斉藤さんや就職先(時の政府)をそれなりに信じているので、約定をもぎ取る自信というか、やれる見込みがあった。裏の読めない担当官でも血は通っている。きっと「無理」とは言わないだろうし、私の力になってくれるはずだ。
「ああ?」
真っ白な光を満たしているゲートを背にして宣言すれば、眉を顰めていた付喪神は驚いたように目を見開いた。むむ、手応えあり。これはきっちりしっかりやり遂げないとね。
二つに増えた今日の任務。一つは消えた子についての情報収集、もう一つは斉藤さん(時の政府)に刀剣男士の安全保障を確約してもらうこと。
──よし、やるぞ。
と、気合を入れた瞬間、着信音がけたたましく鳴り響いた。あわあわと取り出した携帯の画面には斉藤さんの文字。そして時刻は一時四十分。
「あー、斉藤さん! やばい遅刻だ! はいはい行きます、行きますよー! じゃーね、そういう感じで行ってくるね!」
とにかく早くゲートをくぐらなきゃ。
電子音に急かされ踵を返す。瞠目したまま立ち竦んでいる神様たちと、深くお辞儀をしたこんのすけを瞼の裏に焼き付け、鳴りっぱなしの携帯を片手に白い光へジャンプした。