雪解け - なんとはなしに

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 なんとなく思い付くものはあるけれど、よく分からない。
 私が逃げずに付喪神へ臨んだことを喜んでるのかな? それとも刀剣男士が折り合いをつけてくれたことが嬉しいとか?
 涙の出処は不明瞭だが、今しがたまで刀剣男士へ向いていた私の関心は、腕の中の小さな狐へすっかり移っていた。
「あらら、どしたのこんちゃん。よーしよし。おーよしよし、良い子だねえ」
 微かな困惑の後ろに、泣いてるところも可愛いなあと和んでしまう自分がいる。こんのすけは何をやっても、どんな時でもチャーミングだ。
 服にしがみつく四肢、小刻みに震える柔らかな体、潤むつぶらな瞳──あー、かっわいいなあ、もう。
「帰ってお昼寝しよ? 今日の晩ご飯は油揚げのおかず作ろうね。白ご飯もおかわり自由にしてあげる。食後にお饅頭もつけようか。ほら、よーしよしよし」
 大泣きではないものの、この子が涙するなんて滅多にない。だからますます胸にくる。何とかしたいと思う。愛しさが増す。
「ちょっとこんちゃんヨシヨシしてくる。じゃーね」
 大量の神様へ目配せし、慎ましやかに鼻を啜るこんのすけをあやしながら帰途につけば、背後で柔和な声がした。
「こんのすけは大層甘やかされているようだ」
「ひとかたならぬ寵愛を受けているのでしょう。甘やかされているからこそ、あの毛艶、あの毛並みがあるのです」
「違いない。羨ましいのか、小狐丸殿」
「いや、それは……ふむ、三日月殿もでは?」
「はっはっは。なに、俺には長く豊かな髪も、白と黄色の毛皮もないのだがな」
「──おや、そうでしたね」
 品のある笑い声が二重になる。神様たちのほのぼのとした会話を遠くに聞きつつ、私は忍び泣く小さな狐を撫で続けた。
 離れに着いた頃にはこんのすけの涙も収まっており、彼は「お見苦しい様をお見せしてしまいました」ときまり悪そうにする。そんな相棒をお供に寝床へ潜り込むと、眠りは立ち所に到来した。
 布団、毛布、枕。シーツやカバーはどれも洗いたてで、最高の安らぎを与えてくれる。寝具が快適だったこともあり、日暮れまでたっぷり寝れた。寝起きは好調、だるさも眠気も一切ない。燃費が悪いせいで余分に消費した力も、つつがなく補充できたようだ。
 コンディションは元に戻った。だが、目覚めた私を半端ない空腹感が襲っている。睡眠の次なるニーズは食事だった。
 屋内の行灯に火を付け、夕飯を作り始める。その間に、小さな狐へ伝言を一つ頼んだ。消されたあの子についてである。悲しい通知になってしまうけれど、「明日聞いてくる」と言った手前、黙ったままにはできないなと思って。
 本当は私が自分で伝えたかった。しかし、お兄さんの警戒が解けない以上、彼の兄弟に会うのは難しいだろうと止められ、それなら言伝を、とこんのすけに託すことになったのだ。
 煮える鍋を気もそぞろにお玉で掻き混ぜる。メッセンジャーこんのすけの帰りは私の推測よりも遅かった。夕食が出来上がって少ししてからの帰宅である。
 六畳間に漂う、炊きたての白米や汁物の香り。お腹はペコペコで食欲も旺盛だったが、私は食卓に並ぶ料理に手を付けず、小さな子たちや水色の髪の神様の反応をこんのすけへ尋ねた。
「皆、悄然として……言葉もありません」
 悲痛な面持ちで首を振る小さな狐を見て、胸が痛くなる。やはり辛い報せになってしまったか。……そりゃ当たり前だ。兄弟の訃報みたいなものなんだから。
 あの子たちが悲嘆に暮れている様子が、苦悶の表情を浮かべているであろうことが、容易にイメージできる。
 苦しいだろうな。悲しいだろうな。……すごく気の毒だと思う。できることならどうにかしてあげたいのに、為す術がない。やるせなくてたまらない。
 ああ、本当にどうにかならないのかと、どうにかなって欲しいと、私は神でも仏でもない何かへ強く祈った。祈ることしかできなかった。

 *

 一夜明け、陽が落ち、二日、三日と時が経つ。週末はあれよあれよという間にやってきた。
 相棒同伴の木曜は、戦闘中のこんのすけの動き方だとか、緊急時の措置だとか、そんなのも合わせて訓練をした。初めは心許なげにしていた小さな狐だったが、戦いになると勇猛果敢に敵前へ躍り出る。私を庇わんとしてくれたのだ。けれど、その度に斉藤さんの指導が入り、不服そうに後退していた。
 こんのすけはあくまでサポートメイン。索敵や支援、報告──そういった役割を果たせばいいらしい。
 無闇に前へ出られるとヒヤヒヤするので、私としても補助に徹してくれる方がありがたかった。意に沿わないのか、相棒はクスリともせず口数少なくしていたが。
 敵は私の結界へぶつかると消散する。結界さえしっかり強化していれば、身の危険はほとんどない。こんのすけの気持ちは嬉しいけど、無理せず私にぴったりくっついててくれ。
 この場合、あの場合、と、諸々の状況をシミュレートし、リハーサルじみたこともやった。かなり疲れたものの、順調に最終調整を終えることができて安心だ。
 泣いても笑っても、怖気づいても、出陣の日はもうすぐそこ。
 自分に鞭を入れておかないといけないな。初戦を成功させるために。

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