118
なりふり構わず説得にかかっていたが、庭に散布している刀剣男士がわらわらと集まってきたため、敢え無く撤退。
あの神様は最後の最後まで首を縦に振らなかった。口止めは不成功に終わったのだ。ああ、先が思いやられる。
他の付喪神に言っちゃうかな。言っちゃいそうだよね。質問攻めされたらどうしよう。変な深読みされたらどうしよう。関係悪化や面倒事は避けたいんだけど……。
行ったり来たりしている嫌な想像が私を苦しめた。手洗い中も、水分補給中も、更衣中も──気が重いったらありゃしない。
この変局をどう切り抜けるか、布団に横たわってこんのすけへ相談する。しかし、眠気と倦怠感が緩やかに膨張してゆき──気付けば私はそれらに屈服していた。手放した意識は戻らない。いわゆる寝落ちである。
何の夢も見ない昏々とした眠り。覚醒はさっぱり爽快で、清々しかった。体はおろか心までもがすっきりしている。
「うー……ぐずぐず悩んでもしょうがないかあ」
早まらなくていいよね。暴露しそうな素振りを見せてたけど、あの神様が実際にべらべら喋りまわるかなんて分かんないんだから。彼、実は良い悪いのラインをビシっと弁えてるんじゃない? うん、あると思う。囃し好きのいじり上手、でも分別はちゃーんとあって、他者が本気で嫌がる事はしない人……いるいる。学生の時も社会人になってからも、身近に一人はそんな人間がいた。
それに、もし彼が他の子にリークしたとして、それほどごたつかないかもしれないじゃん。好意と約束は別物、って感じで。案外淡白に、「え、敵と戦ってんの? ふーん、俺たちは出なくていいんでしょ」「約束は約束だから一人でがんばれ」って反応かも。もしくは、友好そうな刀剣男士何振りかが事情聴取してくるくらいだよね。なんとかなるか。
「こんちゃん、なんか大丈夫な気がしてきた」
休眠によって小奇麗になった内面は、謎のプラス思考をぐんぐんと成長させていった。
だって、あそこまで頼んだんだもん。あれ懇願だよ懇願。少しくらいは届いたんじゃないの? 届いててもいいよね?
「……主様?」
不思議そうにしているこんのすけの額を撫でる。微量の憂慮はあったが、私の腹は据わっていた。
「守る」と言った私を彼らは信じてくれた。ならば私も信じよう。あの神様の良心を、物分かりの良さを。
──まあ、そんな私の一縷の望みは、遠からず砕け散ることになるのであるが。粉々に。
*
「おやまあ……なかなかに豪勢な」
私お手製の服を着た小さな狐が、呆けたような声を出す。
力の回復のためのお昼寝から起床し、井戸へ水汲みに行こうと戸を開けた私が目にしたのは、結界に群がる付喪神(集団)だった。
橙の空に夕焼け雲。本丸を照らすのは、濃いオレンジ色の落陽。
「おお、出てきたぞ。小さき人の子よ、戦に出たというのは真なのか!」
人だかり、否、神だかりにぎょっとしていた私へ、体格の良い刀剣男士がよく通る声を飛ばしてくる。いつぞや「何を望むか」と問うてきた、武蔵坊弁慶の薙刀だ。
ピシピシッ、ガンガラガラガラ……。
私の中の信じる心が音を立てて崩れていった。ダイヤモンドほどの硬度はなくとも、鉄筋コンクリートくらいには固かったのに。粉砕、玉砕、木っ端微塵である。
あの神様は良心もクソもなく、大々的に言いふらしまくったようだ。おお、ご先祖様よ。私の一筋の希望は闇に葬られました。信じる心は瓦礫と化しました。あいつ、許さん。いつかシバく。や、うーん、約束してもらえてなかったし、口止めし損なってたけどさあ……これはないよ!
縁側、軒下、池の周り、ゲートまでの道──ぎっしりみっちり詰まった神様。私の出陣は彼らの耳に入っているんだろうなあ。何振り居るの今。十、二十、……四十そこそこ? うわあ。
寄り集まった刀剣男士を呆然と遠望していると、私の出陣を見破った、そしてそれをばら撒いたであろう付喪神と視線が交わった。彼はこてんと首を横に倒し、にこっと口元を緩めてみせる。とても悪い顔だ。
あんっの野郎……盛大にやりやがって。しかも悪びれない!
愚痴を溢しそうになるも、方言のキツイ神様がベタッと結界に張り付いたことで気が逸れた。彼の居る方角の空気や皮膚がゾゾゾとさざめいている。鳥肌が立ちそうになるこの感じは好きじゃない。だから、あんまり結界に触って欲しくないんだよねえ。
「おーい! おんし、聞いちゅうが!?」
不可視の壁にビタッと密着する神の口が大きく動いた。怒号のような叫声は私に金縛りをかける。
──凄い剣幕。
屈託なく土産のおねだりをした彼は、ダンシングフラワーにはしゃいでいた彼は、どこに行ってしまったのか。あの人懐こさ、明朗さが見る影もない。
「返事しとおせ!」
咆哮に圧され、衝動的に身震いする。麻痺していた頭と体が稼働し、金縛りが解けた。
これは──作戦タイムをとらねばならん。
「はい! 聞いてる! ちょっと待って!」
私は先刻開けたばかりの戸を一気に閉める。切迫していたせいで粗暴になってしまい、荒々しい音が出た。
返答も待たずにこんなことをして、無作法だという自覚はあったが、それでもこの会議は必要なのだ。混迷している自分のためにも。
「主様、お加減が優れませんか?」
「ううん、そんなことないよ。驚き過ぎて胸がバクバクしてるけど」
年季の入った板戸の向こうでは、声質の違う大呼がわあわあと交錯している。
暴動? 刀剣一揆? ああああああ、弱った。どうしよこれ。
「にっかり青江が他言するであろうことは予見しておりましたが、これ程の騒動になるとは……」
神様があんなにわんさか集まるとは思っていなかったのか、はたまた喧騒に圧倒されたのか、こんのすけは心ここに在らずといった具合で口籠る。
そうだね、私も我が目を疑いました。はー、こんな事になるなんてなあ。あの神様が吹聴したとしても、話しかけに来るのはせいぜい数口くらいかなーって、軽く考えてたよ。ノーテンキだった。大馬鹿だ。
「だね……もー、ほんと」
「『面倒臭い』、でございますか?」
私の性格を心得ている管狐は、私が言わんとしていた言葉をピタリと的中させた。
「はは、そう。当たり。めーんどくさーい」
大人数を相手にするのも、根掘り葉掘り審訊されるのも、逐一釈明するのも、色めき立つ彼らを気にかけるのも、ひどく億劫。本件には関与しないでくれ。甚だ煩わしい。手出し無用で高みの見物をしてくれればいいのになー。
「こんちゃん、どうしたらいいと思う?」
土間にずるずるとへたり込み、お尻は浮かせて蹲る。途方に暮れた私を慰めるかのように、こんのすけがそっと寄り添ってくれた。
「にっかり青江は洗いざらい話してしまっているでしょう。何もかも知られた以上、然るべく詳説なされた方が良いかと」
「えー、でも、私あの神様に全部話してるじゃん。みんなに伝わってるんじゃないの? 足りない?」
「いいえ。私が思うに、皆、主様の口から直にお伺いしたいのではないかと」
「あー……」
そうか、又聞きで済ませられないのか。聞きたいことも人それぞれ、神それぞれだよね。分からんでもないけど、……んんんんんめんどくさい。
「ここは一旦、私が出ましょうか」
呻く私を案じ、こんのすけがありがたい提案をしてくれる。けれど、それに甘えるのはさすがに気が引けた。一昔前の私であれば逃げに逃げてそうしていたかもしれないが、現在はゆっくりでも、些細なことでも向き合っていきたい。小物な私でもちょびっとは進歩しているのだ。……きっと。
「や、いいよ。ちゃんと話に行く。遅かれ早かれこうなりそうだったもん」
遅かれ早かれっていうか即バレだったけどね! へっ。
「主様……」
やだよー、だるいよー、めんどいよー。
駄々をこねたい気持ちと戦い、私は立ち上がった。
「こんちゃん、ついてきてくれる?」
「はい。是非に」
破顔して首肯する相棒は、どこまでも頼もしい。
「よし、じゃあ行こっか」
バチッと両頬を叩き、やる気スイッチをオン。尻込みしそうな己を捨てて、未だに騒々しい外へと足を運んだ。