雪解け - なんとはなしに

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「だーかーらーね? 政府が、わ、た、し、に出陣してくれって頼んできたから、こういう事になってるんだってば。神様たちにじゃなくて、わーたーしーに! 戦って欲しいって言ってきたの」
 夜も間近な薄暮の庭。
 もう何度目かになる私の説明は、語気の強いものとなっていた。というのも、一振り納得したと思ったらまた次の神様が同じことを聞いてきて、その刀剣男士を説き伏せたと思ったらまた次の神様が……と、キリがない。果てがない。終わらない。出陣に至る経緯をボイスレコーダーにでも録音し、延々と垂れ流してやりたくなる。
 ……何十振りの付喪神と話しただろうか。途中で数えるのを止めてしまったため、あやふやだ。三十はいったと思う。
 あのね、元は少なかったんだよ。心構えをして離れを出た時、刀剣男士の一軍──ううん、一群は、その数を半分ほどに減らしてて。二十いるかいないかだった。
 でも、「ラッキー! 今のうちだー!」って、勇み足で取り調べを受けに行ったらさあ、何故か後から後からどんどん増殖。ふえるワカメも真っ青になるくらい増えた。おかげで今や、軒下も縁側も周りの部屋も、神様でいっぱいだ。神口密度ヤバイだろうな。
 付喪神だらけの庭を見渡し、生まれかけの溜息を飲み込む。こんなに増えやがってとげんなりしてしまう私を許してほしい。一時間弱は耐えたんです。
「ちょっと、もういいでしょ。ほんっとに本っ気で嘘ついてないから。マジだから。この他に言うことないから」
 ついに辟易としてしまい、私は場の刀剣男士に刺々しい視線を刺しまくった。口調も堅く、鋭い。だってさあ、変わり映えのない疑問文を念仏みたいに何回も何回も何回も……しかも「俺たちの代わりに」だの「実状を話せ」だの、んもー勘弁して!
「『まじ』とは、主様のおわす時代の若者言葉でして、『本当に』『本気で』という意味になります。強調として使われることも多いとか」
 あのー、こんちゃん。そこの解説はいいから付喪神どもの手綱を締めてくんない!?
 じろり。目を尖らせて足元の狐を見下ろせば、私の思いが通じたのか、彼はコホンと咳払いして姿勢を正す。
「御方々、その辺になさいませ。私めも真偽の程を時の政府へ確認致しましたが、主様は虚言をついてはおられませぬ」
 そうそれ、それをさあもっと早くに……って、政府に確認取ってたのかこんちゃん。いつだよ。
「ごめん、どいて」
 やっとの応援に心の拠り所を得たところで、そんな声がした。中性的で忙しげなトーン。塀のように並び立つ神々の後ろからだ。
 大人の姿の付喪神を掻き分け、ぴょこんと顔を出してきたのは、明るい灰色の髪の子だった。何やら憂えげな面差しをしている。
 はて、どうしたんだろう。この子も聞き取り調査に来たのかな。
「……斬られてない?」
 え。
「傷は?」
 うっ……。
「ねえ、怪我は?」
 なんで出陣したのかとか、なんで敵と戦ったのかとか、そういうことを一つも問わず、真っ先に私の身体を気にしてくれる大太刀の付喪神。
 ……ど、どうしよう。心配されてる。この前と同様に。
 いや、他にも外傷の有無を聞いてくれた刀剣男士もいたんだけどね、大体が訊ね事の後だったもんで。第一声が「斬られてない?」はこの子だけである。現時点で。
「ないない、元気」
 ガッツポーズを披露すると、大きな刀の小さな神様は眉間の皺を薄くした。いつかのようにほっとした表情になる彼を見て、もっと安心させたくなる。
「無傷の勝利、初めてにしては私も割とやるでしょ? 政府もね、私にそういう力があるのを分かってて頼んできたわけよ。大抜擢ってやつ」
 不出来な力こぶを作っていた両腕を下げ、腰に手を当てる。ふふん、と胸を僅かに反らせば、脇から話に入ってくる付喪神が一振り。
「結構な言い草だけどさあ、あんた、本当に奴らを倒したのかい?」
 女性的な着物に身を包む図体のでかい神様が、その身の丈に届いてしまいそうな長さの刀を抱いて尋ねてきた。最初から最後まで、懐疑的な声音だった。
「うん、倒せたよ。ぶわって消えた」
 交戦した敵は総て覆滅している。討ち逃しはない。
「神気も纏わない人の子が禍つ者を消すとはな。どんな方術を使ったんだ」
 またもや、別の刀剣男士が口出しをしてくる。鶯色の髪の毛に、独特な髪型。すらっとした体型はモデルのようだ。
「術? そんなのない、使えない。結界ガチガチに硬くするだけ。で、ぶつかってきた敵が消える。破魔の力だっけ? そういうのが働くんだって」
「出陣先を聞いてもいいかな。まさか池田屋や江戸城ではないだろうね」
 今度は右、安穏とした低めの声。烏帽子を戴く和装の刀剣男士だ。青丹色の衣服がよく似合っている。
「えーっと……」
 言葉が出てこず宙を睨む。合戦場、時代──脳みそに刻みつけたはずなのに、ど忘れしてしまった。
 ……どこだっけ。
 頭の中の引き出しを開け閉めしている私の傍で、「維新の記憶、函館にございます」と、答えてくれたのはこんのすけ。おお、そうだ、そこだ。戊辰戦争。思い出した。ナイスフォロー。
「あーっ、そう、そこ。ありがとこんちゃん」
「いえ、これしきの事でお礼など」
 謹厚な相棒がお辞儀するや否や、またまた他の神様が左方より口を開く。
「維新の記憶、函館……初期の合戦場ですか」
 腰を越す長さの髪は漆黒。それを高い位置で一つに結んでいる神様。黄昏の光が照らす顔貌は端麗で、眼の縁には朱が引かれてあった。
「強靭な敵が配された領域ではありませんが──」
 彼はやおら声のボリュームを下げ、言い淀む。
「ありませんが」って何。含みがある話し方しないでちゃんと言ってよ。ひょっとしてそこ、ランダムでごっつい敵が出てくるとか、危険度の高い実態が裏にあるとか、そんなんじゃないよね?
 嫌な当て推量にひやりとする私の耳に、重なった二つの声が届く。
「何体くらい倒したんだい?」
「何周したんだ?」
 藤色の長髪に黄金の鎧をつけた付喪神と、黒の黄のツートンカラーな髪色の付喪神である。
 ええーと、この神様たちは亀吉の友達のお兄さんたちだ。微妙に覚えてるぞ。……おっ、なんか藤色の髪の神様が苦虫を噛み潰したような顔でお隣に眼光を放ってる。台詞がダブってマズったと思ったのかな。どっちもちゃんと答えるんで穏便にお願いします。
「親玉も入れて四体。で、一周だよ」
 今日は初陣ということもあり、お試しの一周しかできてないけど……次は二、三周する予定だったりする。
「これからもお前の出陣は続くのか」
 正面で追及してきた、茜色の髪がツンと立っている刀剣男士。なんというか、こう、威厳があるというか風格が滲んでるというか……デーン! って感じ。目鼻立ちはキリッとしていて、太めの眉が男らしい。
「うん。そうだね、今のところは。火曜と木曜の週二回」
 この際だからと曜日と頻度をあっけらかんに告げてみる。後でまた聞かれるのも面倒だもんなあ。……今更だし、私の事はほったらかしにしておいてくれりゃあいいのに。中途半端に構わないでくれ。
 彼らに深入りされたくないのだ。あの約束があるうちは。
「約束してるでしょ。私はあんたたちを戦いに出さない。もともとは『干渉しない』ってのもあったと思うんだけど」
 明るい灰色の髪の子へ目をやると、彼はぼやっとした萌黄の瞳で私を見上げていた。
 辺りがやけに静かになる。そこら中の付喪神が神妙になっていた。私を眺めるもの、近くの仲間と顔を合わせるもの、こんのすけを見つめるもの、中空に目線を彷徨わせるもの──。
 変容した雲行きに、得も言われぬ危機感が湧き出る。細かな事は分からないが、私は失言じみた何かを口にしてしまったようだ。
 ……ああ。いけなかったのは後半のあれか。ありのままを言っただけなのになあ。突き放されたとでも?
「え、何? 心配してくれてる? うっわ、大丈夫大丈夫。へっぽこ審神者の私でもそれなりにやれてるって。無理はしないし無茶もしない。危なくなったらここに戻るし、トラブったら斉藤さんとこんちゃんが助けてくれるし、超万全。敵と戦うようになったから、お給料も上がるんだよー。いいでしょ?」
 場の寒々しさをどこかにやってしまいたくて、さっさとこの話題を終結させたくて、わざとひょうきんに喋り散らす。
「私も雇われの身だからさあ、雇用主の役には立ちたいワケよ。私の働きで敵が少しでも減るんだったら、頑張るしかないよねえ。高い給料貰ってるのにやってるのは趣味を兼ねた農作業って情けなくない? いち社員として貢献したいっていうか?」
 ここで私は後ずさりをスタート。
「あんたたちはまったり休んでてね。これまで散っ々使われてきたじゃん。休暇、休暇。ほんと、私のことはなんっにも気にしなくていいから。気にすることなんかないんだって。私、ただ仕事してるだけなんだもん」
 速いテンポで舌を動かし、ちびちびとバックする。もう一歩、後ろへ。話しだそうとした刀剣男士がいたので、先手を取った。隙を与えぬ声の連射だ。
「仕事してるだけなのにそんな大げさにされたら困っちゃうなあ。あ、わかった。私の給料狙ってる? だめだよ、あげないよーって、違うよね、ははは」
 うんと笑ってまた一歩。
「はあ、いっぱい話してお腹空いた。暗くなったし、夕飯時だ! こんちゃん、晩ご飯の準備しなきゃ。今夜はご馳走だよご馳走。帰ろ帰ろー」
 乾いた草の上に四足で立っている小さな狐を抱き上げれば、彼は「主様」と、物言いたげに私を呼ぶ。引き留めたいのか、心配りなのか。どちらにせよ私はここを離れる。
「ごめん、もう帰るね。まだ何かあったら明日聞いて? もう空きっ腹で我慢できそうにない。じゃーねー」
 神様方とは目を合わせないようにし、ひらひらと手を振った。回れ右をした後は、「急げ急げー!」なんて、子供っぽく演じながら離れまで走る。
 誰も声を掛けてこない。一番星の輝く空で、鴉が淋しく鳴いていた。

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