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釈然としないまま夕飯を作り、ささやかな祝宴を開く。酒を飲んでお互いの労をねぎらい、いつになく豪華な食事を頬張った。
私もこんのすけも楽しんでいた。……上辺では。
談笑が途切れた時の何とも言えない静寂。一人と一匹、思惑が波のように蠕動していて、けれど、どちらも口火を切りはしない。
どんなに酒を飲んでも、どんなに好物を食べても、どんなに勝ちを祝しても、心は盛り上がりに欠けていた。
短いことに、白けた「宴」は一時間かそこらで終わる。本当は夜中までどんちゃん騒ぎをするつもりだったのに。かくかくしかじかで腹の底から笑えなかった。もったいない。
食後にぱぱっと日報を作成して政府へ送る。初出陣を終え、戦績が一つ増えた。自分の業務が数字となって目に見え、仄かに嬉しくなる。たった一、されど一。今後もこの数を増やしていこう。
風呂で体を癒やして寝るまでの間、こんのすけが数回外へ出ていた。本人は「偵察です」と言っていたが、さあどうだろう。橋渡しに暗中飛躍しているのかもしれない。
「夜分だというのに、表は少々賑やかでした」
戻ってきた小さな狐は、幾つかの付喪神が庭をうろついていたと言った。それも、境界線の近傍を。
こんのすけ曰く、「主様と話がしたいのでしょうね」とのこと。私がさっと顔色を変えたのは言うまでもない。
も、もう今日はやめてくれ。聞きたいことは明日にしてと、伝えたじゃないか。
「もしくは、主様の動きを窺っているか、主様の御身を気にかけているか……。居ても立ってもいられない刀がいる事は確かですよ。私が御殿へ帰しましたが」
しみじみと話す管狐の腹積もりは捕捉できていないが、彼は良い仕事を一つしてくれていたようだ。感謝。
にしても、「居ても立ってもいられない刀」、ねえ。……ありがたいとは思う。心配してくれるのも、気にかけてもらえるのも。
それでも、この距離の縮まり方に、彼らの態度の移ろいに、ついて行けていない自分がいた。
私の内側で、もう一人の自分が意地悪く耳打ちしてくるのだ。
「『今』でなくて先月ならば、こうはならなかっただろう」と。
「心配する刀も、気にかけてくれる刀もいなかっただろう」と。
「出陣を知っても、『戦地でくたばれ』と、餞の言葉を贈られていただろう」と。
「とんだ手のひら返しだなあ」と。
どれも醜くて、醜くて、ひどくなる前に蓋をした。
──難しいもんだ。自分のことながら。
己に潜む醜悪な怪物を捻じ伏せ、眠気に身を任せる。午睡をしたというのに、やはり破魔の力は燃費が悪い。使い過ぎが怖いな、と、ふと思う。
行灯の火を消すと、私の枕元で丸くなったこんのすけが、「おやすみなさいませ」と優しく囁いた。
明日には平穏な毎日が戻ってきていますように。
温かな布団の中で瞼を下ろし、誰にでもなく祈りを捧げる。
だが、現実はそう上手くいかなかった。
*
「俺、出てもいいけど。あんたドジ踏みそうだし?」
「こら、清光。あ、僕も行くからね」
沖田総司の所持していた刀たち。
「供をしても良いか。なあに、じじいでも足手まといにはならんさ」
「よーし、俺も驚きを探しに行くとするか」
一緒に秋の三日月を観た付喪神と、驚かせ好きな付喪神。
「鈍った腕を鍛え直す。俺も出せ」
「俺は刺す以外能はないんだが、あんたよりはやれると思うぜ」
眉の間と左頬に古傷の走る無骨な刀剣男士と、親しみやすそうな槍の刀剣男士。
「邪魔はしない。側に控えていよう」
「どれ、久方ぶりに暴れようぞ!」
毛色の異なる薙刀が二振り。
「ぼくも部隊に入れてよ。ふふふ、活躍できたらご褒美が欲しいな」
「ここで脱げない分、戦場ではたくさん脱ぎまショウ。見ていてくださいね……huhuhu」
尻叩きをせびってきた神様と、局部をチラ見せしてきた神様。
「戦いは嫌いですが、貴方が傷付くと──」
「お小夜が悲しむでしょうからね」
袈裟を掛けた付喪神たち。
「カッカッカ! 日々、これ修行。筋肉を、もっと筋肉を!」
「……張り切り過ぎだ、兄弟」
山伏みたいな格好の刀剣男士に、薄汚れた白い布を被った刀剣男士。
「写しの霊力でもいいなら手を貸すぜ」
「置物もたまには外に出る。……虫干しだ」
赤紐で緩く留められた胴が腹の前にぶら下がっている神様、ぼそぼそと話す陰気な目元の神様。
──などなど。事あるごとに色々な刀剣男士が「戦に出せ」やら「供をする」やら……もう、たまったもんじゃない。君ら、私があの三人とした約束忘れたの? って聞きたくなるくらいだった。こんのすけが政府に出張していて居ないので、やり過ごすのにすごく骨が折れた。一人だと労力が倍かかる。
早朝から筋トレや走り込みをしている刀剣男士もおり、あちらさんの大半はどうも協働する気満々だ。朝も昼も夕方も、庭に出る度「俺が」「僕が」「私が」と言われ、どこぞのお笑いトリオのネタかい、ってツッコミを入れたくなる。
「守る」宣言後、日が浅いうちに私が出陣なんかしちゃったもんだから、余計な懸念を起こさせてしまったのだろう。いや、ほんと、流れが悪かった。
後ろめたさがあるのか、気を遣っているのか、或いは武器の本分として刀を振るいたくなっただけか。
人嫌いで人間不信の彼らが出陣の意思を示してくれたのは喜ばしい。何よりとても魅力的だった。私一人と神々との戦力は、逆立ちしたって比べ物にならない。斉藤さんにとっても政府にとっても、助勢の申し入れは喜んで飛びつきたいもののはずだ。私も自身を危険に晒さなくて済む。
……けれど、ことごとく断った。
「もー、私の仕事盗ろうとしないで。変な気も遣わなくていいよ。こんちゃんと二人で大丈夫」
そう、一切を。
時に茶化して、時に真剣に、時にしれっと。兎にも角にも一つ残らず断った。
神々は戦場に出ると言ってくれたが、あの「約束」については何も触れてこない。私としてはどうしてもそこが引っ掛かる。
あの約束がある限り、刀剣男士の方からあの約束を停廃してくれない限り、私は彼らの申し出を受けたくはなかった。なあなあにしたくないのだ。後々ややこしいことになるのも嫌だし、筋が通ってないのも嫌だし。
「主様。管狐のこんのすけ、只今帰参致しました」
とっぷりと日が暮れれば、一日出張を終えた私の狐が本丸に戻ってくる。さっそく離れで団欒を始め、私は本日の出来事をこんのすけへ話した。
「……失礼を承知で申しますが、主様も大概頑固にございますなあ」
清聴していた小さな狐が発したのは、いたく心外な文言だった。
「ええーっ! それ、こんちゃんに言われたくないんだけど! こんちゃんさあ、初めの頃覚えてる? ご飯もお風呂もどんだけ誘っても断り続けてたじゃん。『嫌』の一点張りだったじゃん! ひどい時なんかずーっと土間に座ってて、何回呼んでも部屋に上がってこなかったし。あれもめっちゃ頑固だよ」
ええ、ええ、忘れてないぞ。私はちゃーんと記憶してる。
ここへ来たばかりのこと。この小さな狐は私が何にどう誘おうとも頑なに拒んでいて──……まあ、あの時期は刀剣男士同等、人間不信の人間嫌いが入ってたから仕方ないんだろうけど。それでも土間に居っぱなしはどうかと思う。マジで強情だったわ。
「おや、それは」
痛い所を突かれたのか、こんのすけは黒い瞳をぱちくりさせて耳を伏せた。
「へへーん、言い返せる?」
「ううむ……」
ニヤニヤする私と、呻吟する管狐。
やがて、小さな狐は小難しい顔のまま「いつまでお断りなさるおつもりですか」と問うてきた。
「ん? そりゃもちろん、あの約束がなくなるまで、だよ」
「では、そのように仰れば──」
「えっ、やだ。無理。自分からとか図々しくて言えない」
いや、あのね、約束の破棄は神様たちに自発的にして欲しいんだって。私やこんのすけに諭されて渋々、なんてのは絶対良くない。そんなもんで、私からどうこうしようって気はあんまり……うーん、毛頭なかったりする。
「こんちゃん、これあの子たちに言っちゃだめだよ。こういうのはじっくり待たないと。あっちが自然に『約束はもういいかな』って思えるまでね」
「ですが……」
「そーんな心配そうにしないの。最近少しずつ仲良くなれてきてるし、なんとかなるって」
「……はい」
明るい灰色の髪の子、黒髪の子、青い髪の子──初めの三口と交わした約束が消える日は、来るのだろうか。
膝に乗せた小さな狐を撫で、私はひっそりと自問した。