雪解け - なんとはなしに

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 気忙しそうな刀剣男士をそっちのけに、二回目の出陣も滞りなくやり遂げた。
 相も変わらず、神様たちは「戦場に出せ」やら「連れて行け」やら絡んでくるが、「約束」の話はしてこない。だもんで、私も耳を貸さずにお断りばかりしている。何パターンかの謝絶のセリフを面白味もなくリピートするだけだ。こんのすけのジト目が地味に痛い。
 私が時間遡行軍と戦いだしてからというもの、付喪神は私の健康状態をいやに気にし始め、自分たちの体を鍛えるようになった。縁側に整列して腹筋背筋(めっちゃ怖かった)、ダンベルの代用で石灯籠をぶん回し(めっちゃ危なかった)、庭では刀を使っての打ち合い(めっちゃびっくりした)。心臓に悪いなんてもんじゃなく、「それはやめて」「ここではやめて」「あっちでやって」と、私は一部の刀剣男士の危険行動を止めさせることに必死だった。
 その甲斐あってか、石灯籠は筋トレ器具ではなくなり、松の木の枝は懸垂から守られ、花壇周囲での真剣試合はされなくなった。怪我やトラウマが気がかりなので刀での手合わせもして欲しくなかったけれど、そこは鍛錬の一つとして譲れないらしい。傷をつけ合うようなヘマはしないと豪語していただけに、今の所怪我人はいないようだが──やはり心配だ。支給品として木刀を貰えないか、政府に頼むことも視野に入れよう。道場とかあってもいいな。
 キーン、カキーン──……。
 秋の昼下がり。今日もまた、どこからともなく金属音が聞こえてくる。敷地内で誰かと誰かが剣を交えているのだろう。
 鋭く高いそれが鼓膜を打つ度、私は憂鬱な気分になった。
「またやってる。怪我しないといいんだけど」
「殺し合い紛いをさせられてたのに、心の傷は大丈夫なのかな」
「そんな事しても出陣させてはあげられないんだよねえ」
 声にはせずに辛気臭い息のみを吐き出して、私は机に頬杖をつく。すると、土間の方から湿った土のような、濡れたアスファルトのような香りがふわりと漂泊してきた。
 ──ああ、雨の匂いだ。
「雨ですな」
 耳と鼻をひくつかせて顔を上げたのは、胡座の窪みに丸まっていた小さな狐。
「みたいだね。こんちゃんの天気予報が外れるのって珍しいなー」
 顎の下をくすぐれば、こんのすけが気持ち良さそうに目を閉じる。そんな顔で「申し訳ございませぬ」と言われても、謝っているようには見えない。責めているわけではないので、なんら問題ないのだけれど。かわいい。
「洗濯物入れなきゃ。今日は早めに干したから、もう乾いてそう」
 狐を抱いて立とうとしている間に、外でぱらぱらと雨音が鳴り始めた。自然の音楽が刃音に被さり、その響きが淡くなる。
 十一月も残り二日。
 小振りだった秋雨はみるみるうちに雨脚を強め、夏の台風のような、季節外れの大嵐がこの地を襲った。

 *

「うひゃー、下ぐじゅぐじゅ」
「雨は止んでおりますが、ひどい泥濘みです。長靴をお選びになられて良うございましたね」
 朝の日差しを正面に受けながら、離れの外をぐるっと見回す。どこもかしこも水浸し。地面にはでっかい水たまりがいくつも出来上がっていた。
 どろどろの大地とは対照的に、空は異様に明るく晴れ上がっている。夜間の暴雨が嘘のようだ。
「ほんと、長靴で正解。うへえ、水たまりだらけだー。おいでこんちゃん、あっちまで運んであげる」
「いえ、そのような」
「何遠慮してんの。政府に行くまでに泥んこになっちゃうよ。ほら早く」
「ですが」
「ほーれ」
 たじたじしている小さな狐を両手で抱きかかえ、ぽんぽんと背中をさすった。甘えりゃいいのに、こんのすけは今でも抱っこ運搬に気兼ねすることがある。美徳なのか欠点なのか、まあ、付き合いには慣れているので、取り扱いはお茶の子さいさい。
「あ、主様」
「じっとしないと落ちるよー。お守り、つけたまんまで大丈夫? 政府(あっち)で邪魔になんない?」
「ええ、支障はないかと」
「オッケ。はい、出発ー」
 号令をかけて歩きだした私を申し訳なさそうに見上げていた狐だったが、程なく、「ありがとうございます」と言い、恥じらいを含めた笑みを贈ってくれた。百点。
 足を前へ出すごとに長靴が地面にめり込む。ぐにゅっとした感触は楽しいような、気持ち悪いような……童心に返って泥遊びをしたくなりそうだ。
「足元にお気をつけを」
「うん。びっしょびしょだね」
 泥土と水たまりの様子を見るに、昨日の昼から降り続いていた豪雨は、朝方まで続いていたのだろう。水たまりが朝陽を照り返し、至る所が煌めいている。台風一過の景観も悪くない。そこここに散らばる濡れた落ち葉でさえ、美しく思える。
「おはようございます」
 結界に守られた小道をゆく中、槍の付喪神が朝の挨拶をしてくれた。お辞儀付きで。私ごときにそんなことしなくていいのに。
「あ、どうも。おはよー」
 こちらもぺこっと頭を下げて返事をする。堅物そうな槍の神様は結界越しに私の隣へ並び、私のペースに合わせた歩行を開始した。
 なんだなんだ。コミュニケーション続行? 「出陣させろ」はやめてな?
「本日はこんのすけが公用に出るのですか」
「うん、そうだよ」
 こっそり身構えていた私だったが、出されたのは例の件とは別の話だった。
「……戦には」
 と思ったらこれかい!
「ないない。今日は金曜。前も言ったじゃん。外の仕事(出陣)は火、木だけ」
 出陣は火木、こんのすけの出張は月水金。十二月中旬まで辛抱すれば、私の狐の政府出張は終わる。そうしたら、毎日一緒だ。うん、嬉しい。心強い。
「そうですか」
 頑強な体躯の持ち主は、安堵丸出しでへにゃりと笑う。いかめしい顔に愛嬌が染み出て、不覚にもドキッとしてしまった。
「蜻蛉切、頬が緩んでおりますよ。そんなに嬉しゅうございますか。今日が出陣のない金曜であることが」
「こ、こんのすけ……! いえ、自分は、その」
 小さな狐に指摘された神様が、しどろもどろになって肌を赤くしてゆく。……私まで恥ずかしくなってきた。ちょちょ、そんな目でこっちを見るな。助けられないぞ。
「ほう、これはこれは。なんと見事な赤とんぼ」
 あーっ、こんちゃんはおちょくるのをやめなさい!

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