雪解け - なんとはなしに

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 あちらさんは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。縁側に、軒下に、庭に、大勢の刀剣男士が出てきていて、大歓声が沸き起こる。走り寄った桃色の髪のあの子を、付喪神たちは暖かく迎えてくれていた。
「この神気……懐かしいぜ。折れてなかったんだな、秋田」
「秋田が戻った!」
「本当に『あの』秋田藤四郎なのか……?」
「あーっ、秋田!?」
「こりゃあめでたい驚きだ」
 喜びに満ちた音の洪水は聞き心地がいい。あの子が「本物」なのか訝しむ神様も僅かにいたみたいだったが、何かを察したのか、硬い表情はすぐに和らいでいた。笑顔になりゆくその様を見て、私も肩の力が抜ける。
 よかった。私の家──すなわち「人間の住処」から現れた仲間を彼らが受け入れてくれるかどうか、少々心配だったのだ。「人間の手先だ」やら、「俺たちの知ってる刀じゃない」やら、「別の個体を送り込んできた」やら、そんな事を言われてしまわないかなって。けど、あの子を警戒したり、冷酷に追い返したりする刀剣男士はいない。あんなに代わる代わる抱き締められてるんだもん。拒絶なんかされてないはず。きっと上手く、仲良くやっていけるよね。今私が見ている限りでは。
「秋田!」
 切羽詰まった叫びと共に、一振りの付喪神が縁側をひらりと下りた。詰め襟の上着、紅緋のサッシュ、右肩に羽織られたマント……軍服のような装いの彼は、水色の髪の神様だ。
 ──お兄さん。
 靴も履かずに人混みへ……いや、神混みへ飛び込んだ彼は、捕まえるようにあの子を抱擁した。庭の騒々しさが収まり、みんな声を潜めて兄弟を見守っている。私もそのうちの一人。
 ああ、よかったなあ。ほんとによかった。
 強く抱き合う兄と弟に見入り、感動の再会を密やかに喜ぶ。心の中では何人もの私がスタンディングオベーションをしていた。ここにこんのすけがいれば、手を取り合ってはしゃいでいたかもしれない。
「良かったねえ。良かったねえ」
 頷きながら声にしたのは、彼らに決して届かない祝福。あの子が戻った後の反応を窺っていたが、特に問題なさそうなので離れに引っ込むことにする。引き戸を閉める間際、この光景をもうちょっと眺めていたかったな、と、少し名残惜しくなってしまった。
 おかしいの。居るべき場所に帰しただけなのに、寂しさを覚えるなんて。これは彼が良い子だったせいだな。
 ……さあ、あっちはあっち、こっちはこっち。私は私のやることをしよう。お風呂に入って服を洗って、池に長靴を救出しに──あっ、斉藤さんへの報告が先だ。
 複雑な心模様から目を逸らすように頭を切り換える。上がり框の端に転がる携帯を取り、耳へ当てた。
「おめでとうございます。体調はいかがですか」
 出し抜けに祝ってきた担当官。説明どころか「もしもし」すら言ってないのになんでだ。もしかして、ずーっと電話越しに音を拾ってた?
「えっ? ありがとうございます。体は大丈夫です。斉藤さん、あの──」
「ふふ、聞こえていましたよ。あらましは分かっています」
 おー……や、やっぱり聞こえてたのか。なんか恥ずかしいなあ。
「そうだったんですね。おおよそご存じでしょうけど、さっきの刀はぴかぴかに治って、可愛い男の子が出てきました。手入れ、ちゃんとできたと思います。……たぶん」
 外で盛り上がっている付喪神たちの喜ぶ声をBGMに、手入れから今に至るまでの粗筋をざっと伝える。私の話が終わると、斉藤さんは「お疲れ様でした」と労ってくれた。その後受けたのは、以下の報せ。
「仔細不詳ですが、秋田藤四郎は先の審神者によって『消された』のではなく、何らかの負荷をかけられ仮死状態になっていたようです。彼が瀕死ながらも息を吹き返したのは、あなたがたまたま池に注いだ力をたっぷりと吸ったからでしょうね」
 今年の三月も本丸の浄化で土地全体に力を流していたけれど、その時は量が足りていなかったのではないか、とのことだ。……なるほど、今回は池に絞ってガンガン送ってたからなあ。
「かの刀剣男士の身に何があったのかを知ることができたら、ぜひ教えてください。私も興味がありますので」
 会話の途中にそう言われ、はてなマークが頭に浮かぶ。「前の審神者を問い質せばいいじゃん。あれっ、そこ把握してなかったの?」と。よくよく尋ねれば、どうも先の審神者は口を割っていないようだった。また、彼は時の政府に拘束されて以来、永く黙秘を貫いているらしい。
「どうでしたか、秋田藤四郎は」
 前の審神者の人物像やあの子が何をされたのかを考えていると、担当官に別の話題を振られた。おそらく、前任者について深く触れて欲しくなかったのだろう。好奇心もあり詮索してみたかったが、藪蛇になってもいけないので、電話の向こうの男の意を汲む。
「可愛い子でしたよ。素直そうで、良い子そうで……人間嫌いには見えませんでした」
 ふわふわとした桃色の髪、薄い青と桜の二色を収めた瞳、あどけない顔立ち、天使のような微笑み。
 小さな付喪神と過ごした刻を回想しつつ返事をすれば、斉藤さんはくすくす笑った。
「引き入れてしまえばよかったのに」
 何気なく言い放たれ、ドキッとする。この男は、これまた返答に困ることを。
「あはは。いやー、いいですよ。治したばっかりですしねえ」
 人への遺恨を初見で剥き出しにしなかった刀剣男士。私はあの子を好ましく感じていた。彼をむざむざ手放したのは、ほんの少し悔やまれるのかもしれない。でも、私側の子とそうでない子が出来上がり、それがもとで諍いなんぞが生じたら嫌だ。あの子を抱き込んで他の刀の顰蹙を買いたくもない。お兄さんも怒るだろう。やはり、今はこれで良かったんだと思う。
「──すみません、別件が入りました。通話を終了してもよろしいですか」
「あ、はい、大丈夫です。斉藤さん、お忙しいのにありがとうございました」
「いえいえ、お礼など。……では、失礼します」
 きわどい発言をさらりと躱したところで斉藤さんに急用ができ、手短な挨拶ののち電話が切られる。一息つくとお腹が空いてきた。
「えっ、もうお昼?」
 横目で時計を見ると十二時を過ぎていて、腹の虫がぐうと鳴く。エネルギー補給をしなければ。ああ、まずは風呂と着替えか。
 自分の汚らしさに気が滅入りそうになったが、庭を充たす晴れやかな声がそれを食い止めた。耳に押し入るお祭り騒ぎに気分がるんるんしてくる。
 消されたはずの神様が生きていた。
 今にも折れてしまいそうだったけれど治せた。
 目覚めたあの子は私に刃を向けなかった。
「ありがとう」と言ってくれた。
 彼の兄弟が……刀剣男士が全員そろった。
 あの子の復活をみんな喜んでいる。
 ──良い事だらけじゃないのさ。
「っしゃ」
 口元をにやつかせ、土間で一人ガッツポーズをする私。
 欠けている子は誰もいない。なんて素晴らしいんだ。仲間や家族はみんな一緒じゃないと。はあ、家族っていいよねえ。
 ……みんな元気かな。お母さんとお父さん、何してるのかな。弟は我儘言ってないかな。おじいちゃんたち、無理してないかな。
 大好きな家族の顔が脳裏をよぎる。御殿の賑わいを聞いているうちに、実家の両親や弟、田舎の祖父祖母に会いたくなってきた。来月には家族総出の旅行があるので、それを楽しみに頑張ろう。

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