雪解け - なんとはなしに

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 真っ昼間のひとっ風呂もなかなか乙なもの。ご機嫌だったこともあり、つい気持ち良く鼻歌を歌ってしまった。後になって「向こうに聞こえてないよなあ?」と気になったが、まあ大丈夫だろう。ここと御殿は離れているし、入浴中は風呂場を締め切っているので、お間抜けハッピーな鼻歌は漏れてない……はず。
 池の水で汚れた衣類は残り湯で洗った。竹垣で囲まれた裏庭に洗濯物を干せば、日本庭園風のそこに生活感が出る。景観を損なうけれど、これはこれでアリなんじゃないの、って、私は思ってたり。
 ひと仕事終えお昼ご飯。海苔で結んだおにぎり、朝のすまし汁、適当に焼いたウインナーと炒り卵──こんのすけがいないとどうしても手を抜きがちだ。料理し甲斐がないというかなんというか、食べてくれる人(管狐だけど)がいるのといないのとでは、やる気に差が出る。相棒には栄養のある美味しい物を食べてもらいたい。うむ、夕飯は丹精込めて稲荷寿司を作るぞ。
 質素な昼食も悪くはなく、それぞれおいしく胃に収めた。バランスの良い食事が健康を育むのだろうが、時々カップラーメンやジャンクフードも欲しくなる。ああ、チェーン店のハンバーガーが食べたい。
 食後、現代の魅惑的な食べ物へ思いを馳せつつ、運動がてらに裏庭の掃除。梅や松の植えられた私の憩いの場には、笹の葉が散らばっていた。昨日の嵐で竹林から飛んできたのだろう。集めるのに苦労した。白い玉砂利にぺたりとくっついて、掃くに掃けないのだ。もっと乾燥してからやればよかった。とはいえ、散らかった庭を放ってはおけず、「もう」だの「あーっ」だの悪態をつきながら笹の葉乱舞と格闘する。
 四苦八苦しながら箒を動かし、庭が大方綺麗になった頃、声質が幼いというか、高いというか、大の男のものではない音が風に乗って聞こえてきた。悲鳴ではなく、笑い声のような……何やらガヤガヤしている。
 なんだろう、と。箒を置いて土間へ移動。そうっとずらすようにし、引き戸をちょっとだけ開ける。わいわい、きゃあきゃあ──幼気なそれの音量が増した。戸の隙間に片目を当て瞳を凝らすと、池の向こうに子供の、いいや、子供の容姿をした付喪神がわらわら居て。
 視野が狭いせいで見えづらい。黄緑色の髪の子や長い金髪の子、短い黒髪の子、赤い髪の子、他にもいっぱい……みんな元気そうに歩いたり、走ったり、跳んだり、児童らしき振る舞いをしている。自然豊かな秋の庭が、小学校の校庭のよう。うーん、時間的には昼休みだもんなあ、って、関係ないか。
 小さい子(短刀だっけ)がこんな何振りも外に出たの、初めてなんじゃないの? ほおー。
 ほうほうと覗き見る私。数分と立たぬ間に、直線上で誰かが立ち止まった。結界の前でこちらに顔を向けているその子は、大口を開けて「あ!」と声をあげる。
 ……わっ、まずいかも。
 身を引こうとしたが、遅かった。
「人妻じゃない人間だー!」
 叫ぶなりベターッと結界に貼り付く神様。むむ、「人妻」……パッチンどめで前髪を分けている子だろうか? 五センチも開けてないのに、よく私に気付いたなあ。
 んー、どうしよう。
「えっ、どこ!?」
「……あっ、あそこです! 戸口に隙間が!」
「本当だ!」
 うっ、ちょ、待っ、えええええ小さい子が集合し始めちゃったんだけど!
 去るに去れず二の足を踏んでいた私は、引き戸に顔を寄せたままの姿勢で固まってしまった。細いそこへ押し当てている眼球を右へ左へ行き来させれば、一、二い、三、四、五……うわあ、多い。少なくとも十はいそうだ。
 うーん、何事もなかったかのようにスルーを──。
「さーにわー!」
 げっ、呼ばれた。……じゃあ無視するのもなあ。いやでも、出て行ってお兄さんの気に障ってもいけないし。
「審神者ー!」
「さーにーわー!」
 うわああああなにこの審神者コール! 出てこいって? 出てこいっていうの?
「ねえ、審神者さーん!」
 審神者「さん」!?
「審神者様ー!」
 えっ、審神者「様」!?
「おい、そこにいるんだろ」
 あれ? 子供の声にしては低……っていうかみんな結界にくっつき過ぎ!
 小柄な神様たちは壁にへばりついていて、磁石に吸われたクリップか砂鉄のようだった。誰かは両手を、誰かは全身を、誰かはおでこを。ちょうど位置が真正面だからか、私の体の前半分がゾクゾクとしている。産毛を逆立てられるような、虫が這うような、やっぱりこの感覚は嫌だ。
 審神者コールとぞわぞわ感に耐えられなくなり、バッと引き戸から飛び退く。服の上から肌を擦り、纏わりつくそれを払おうとした。が、無意味だった。
「結界には触らないで」と、そう言うだけならいいだろうか。お兄さんも怒らないだろうか。
 考えたところで、戸の隙間より声が入り込む。
「先程はありがとうございました!」
 ──あ。
 あの子だ。
 耳と脳の識別は早かった。これは先刻手入れをした刀剣男士の声である。彼もそこに来てるのだろうか。
 ふらふらと、引き付けられるように長方形の板へ近寄り、数センチ開いたそこから外を覗く。紺の帽子と桃色の頭が見え、我知らず、私は手に力を入れていた。古い敷居と戸が摩擦し、軋みをあげる。
 拓けた視界。すっかり晴れた天の原に雲はなく、子供の姿をした神様たちがお日様の下でわっと笑った。彼らと離れた所には水色の髪の刀剣男士がおり、似たような出で立ちの神様二振りに挟まれている。一振りは黒髪の子だ。私がここへ来た時からの知り合いで、口が悪かった付喪神。
 お兄さんと、黒髪の子と、白っぽい髪の子……軒の陰の三振りは、兄弟を呼び戻そうとも白刃をチラつかせもせず、無言に不動で佇立している。顔は結界に群がる小さな神々の方を向いているので、放置ではないのだろう。子猫の冒険に付き添う親猫みたいだ。
 ……ん? 許してるのか? 冒険を。
 だって今、あの子たちは庭に出ている。結界へ手を付き、私へ話しかけ……それを黙って視ているお兄さん。人間(わたし)との接触はこれまで禁止されていたはずなのに。弟さんを治したことで、お兄さんのガードが若干緩んだのかな。
 お兄さんの動向を探りつつ、何秒もかけて戸を引く。外へ通じる縦長の空間ができ、おずおずと鼻頭を出してみた。水色の髪の神様は微動だにしない。
 首を伸ばすと顔が敷居を越えた。お兄さんは静止している。
 右の肩と腕を出す。……動きなし。
 右足で敷居を跨ぐ。これも動きなし。
 では左足も同じように。……おお、いいのか。
 おっかなびっくり離れの戸口をくぐった私を止めるものはおらず、池の前の刀剣男士が無数の目線を射つけてくる。透明な壁に並んだ面差しは、どれも柔らかだった。

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