01
十二月。イラストのない壁掛けカレンダーが最後の一枚となり、ここ本丸では霜の降りる日が増えた。寒々しい空、じわじわと下がる気温。降雪はないものの、朝晩の冷え込みは激しくなって、熱をくれる火鉢のありがたみをしみじみと感じる。
いつ炬燵を出そうか悩んでいる今日このごろ。銀杏や楓を飾っていた葉もほとんど落ち、庭や山並みの色は一段と地味になった。彩りこそ侘しいが、場景は寂れない。小さな神様たちが行動範囲を広げたため、前より一層賑やかなくらいだ。
桃色の髪の子を初めとした兄弟たち(粟田口派というんだとか)は、今まで御殿に軟禁されていた分を取り戻すかのように表を元気に走り回っている。鬼ごっこやかくれんぼ、草木の観察──遊びに励む彼らを、お兄さんは少し離れた場所でいつも見守っていた。
晴れの雪を見て以降、弟想いの付喪神と私の間に特筆すべき関わりはない。世間話も挨拶もなく、近付きすらしないけれど、目が合えばどちらともなく会釈をする。お兄さんにお供している白っぽい髪の子はこちらに興味があるのか自己紹介をしてくれ、一番始めから付き合いがある黒髪の子も、改めて名を教えてくれた。久しぶりに話したあの子の浮かぬ表情が気になったが、訊ねることはできなかった。聞いていいのかも分からない。
今月に入って子供の姿をした刀剣男士を庭や縁側で多々見かけるようになり、弟ちゃんたちに続いて新たな出会いがあった。羽飾りを付けた子に、自分を卑下する仏頂面の子。前者は明るく、後者は半分不貞腐れ。対照的な二振りだった。どちらも短刀のようで、背は私よりも低く、面影に幼さの残る神様だった。
そうそう、猫の呪いがかかっているという珍妙な付喪神とも遭遇した。たまに「にゃ!」と語尾がつき、その度に恥ずかしそうに、悔しそうに顔を赤らめていた彼。変な人……いや変な神だったけど、あんまり怖くはなかったし、害もなさそうだった。
外に出れば誰かに会い、数多くの神様と知り合う毎日。さすがにもう面識のない付喪神はいないよね、と思ったが、そんなことはないらしい。上杉謙信や石田三成、源義経が所有していたとされる刀──こんのすけによると、私の知らない刀剣男士はまだまだ居るそうだ。
果たして、私が七十を越える神様全てにお目もじできる日は来るのだろうか。といっても、特に会いたい希望があるわけじゃあない。全員と顔合わせができずとも、なんら不都合はないのである。でも、「会いたくない」と拒絶しているつもりはなく、「会えなくても別にいいけど、そのうち会えればいいのかな?」ぐらいの、なんともビミョーな心持ちだった。
七十何口。刀の数だけ刀剣男士が存在し、どんどん活発になってきているとくれば、庭が栄えるのも分かる。雨のない日は大から小まで様々な神様が外を愉しんでいて、遊びやお話、散歩に探検……そんなお誘いも倍増した。雨天であっても縁側から手招きされることもある。
「お散歩しよう!」「何か話そうぜ」「こっちで休んだらどうですか」「庭を案内してくれ」「お前の話が聞きたい」「雨宿りしていけよ」
……なんて、ストレートに来られると回避しづらく、これがもうね、もっぱらの悩みのタネ。今のところ八割程度はなんやかんやと逃げられているが、いつまでもつか。彼らに交わる中で、曖昧な関係にもやもやする自分が、これでいいんだろうかと足踏みする自分がいる。
「刀剣男士も随分柔らかくなり、本来の性分に戻りつつありますね。あの方たちは主様と交歓したいようですが、あなた様は──……」
畑がなんだ、家事がなんだと誘いを躱す私へ、先日こんのすけがこう言った。濁された言葉の先は容易く把捉できる。きっとこの子は気付いているんだ。私が彼らを避けている事、私が悩みを抱えている事を。
だけど、小さな狐はこの醜い淀みを探ろうとしたり、宙ぶらりんの私を責めたりはしない。
「そんなことないよ。神様たちが寄ってくるのって手が離せない時が多くない? 間が悪いよねー」
私の拙い言い訳。それを聞いたこんのすけは、「ふむ、如何にも」と、騙されたフリをしてくれた。そして話の最後に、「あなた様はあなた様の歩みを大切になさってください。何かありましたらいつ何時でもご相談を。私は常に主様を想っております」と、頬ずりしてきて。
お手上げだ。お見通しの上でこれって、ほんと、私に甘い管狐。前々から思っていたが、こんのすけは私に激甘過ぎる。怒らない、非難しない、咎めない。大抵のことは認容するし、素早く助けてくれるし、すぐ褒める。桃色の髪の子を治した日なんか、お尻がくすぐったくなるほどめちゃくちゃに称えられた。……いやあ、私も私であの夜は気分上々だったもんだから、「もっと褒めてよー」とだらだら甘えてしまったんだけど。寝る間際まで存分にちやほやしてもらったなあ。
……まあ、就任して十ヶ月経っても日々退屈しない。対神関係への不安はあるも、仕事の方は順調そのものだ。出陣ペースも保てており、現時点では無敗全勝できていた。無傷で体調も良く、ぶっ倒れもしていない。
「俺が出る」「僕も行く」という申し出は以前より減ったが、それでもちょこちょこはある。敵との戦闘は私とこんのすけの二人だけでやれているので、刀剣男士の助太刀をもらうことなく済んでいた。だが、刀たちにはそれが不服らしい。近頃は「あんたは頑固だな。いい加減折れろ」「なんでだよー!」「俺がぶった切った方が早いだろ」と、不満をぶつけてくる輩も出てきた。これはこれで面倒。
あ、どこで情報を得たのか(こんのすけだろうけど)、敵を倒すとかなり力が消費されることや、力を回復させるために昼寝をしていることを知っている神様がいた。で、「霊力を分けてやる」とか真顔で言い出して、丁重にお断りをしたんだけど……一つ勉強にはなった。「ほお、そんなこともできるのか」と。背に腹は代えられぬような事態が起こった際は、もしかしたら頼らせてもらう──かもしれない。
なんにせよ、仕事も安定、神様たちもまずまず穏やか。表面的にはうまくいっていた。
……良好である。己の心を除いては。