03
先月末の嵐で荒れていた畑もようやく土壌が安定した。冬になれば野良仕事に手間がかからなくなるかというと、そうでもない。気温が下がるにつれ寒さと霜への対策が必要になる。株元に土を寄せ、葉の結束をしたが、ビニールトンネルの設置や不織布のべたがけはできなかった。……単なる予算不足だ。悲しい。
お金さえ潤えば、お試しで簡易ビニールハウスを組み立ててみたい。まあ、斉藤さんに「景観が……」って止められてるから無理なんだけど。季節の縛りが緩んだらオールシーズン色んな野菜が作れるのになあ。暴雨にも強風にも耐えられるようになるし、鳥に実をつつかれることもなくなるし、便利じゃないの。
「──ふう。終わり」
畑の隅で立ち上がる。草むしりはすぐに終わった。春夏秋に伸びていた雑草は枯れ、新芽もあまり出てこない。夏場と異なりそこは助かる。四月から九月あたりまでは草引き地獄だった。こんのすけがいたから頑張れたものの、思い出すだけでげんなりする。
でっかい畑に私一人。相棒のいないそこは、いつもより広く感じる。軍手の汚れをはたき、気の向くままに首を反らすと、薄い水色の空が視界いっぱいになった。
御殿の方からはしゃぎ声や話し声が聞こえる。静かなのは私の周りだけ。神様たちの音を遠くに水遣りもささっと済ませ、土いじりが一段落した。今度は花の世話だ。
「どちらへいらっしゃるのですか?」
「ついて行ってもいーい?」
「農具をお持ち致します」
手箕、草削り、じょうろの三点セットを携えて庭に繰り出そうとすると、私が境界線を出る気配を嗅ぎ取ったのか、小さい子たちがわらわら集まってきちゃって──包囲された。朝のぎくしゃくした様子はなく、みんな朗らか。浅紫の眼のあの子もサッパリしており、「できることがあるなら言ってくれ」と温厚に笑っていた。
この子たちが怒ってなさそうで(上辺だけでも)良かったんだけど、やれ「手伝う」やら、やれ「花の名前を教えてほしい」やら……全く作業が進まない。少々困った私を察したのか、玄関前にいたお兄さんが召集をかけてくれた。
従順に去る子、ゆっくり去る子、反発しながら去る子、色々だったが、最終的に全員お兄さんの所へ戻っていく。本当はもっと相手をしてあげられたらいいんだけど、やっぱりお兄さんに遠慮があるというか、このまま打ち解けてもいいのか分からないというか──なんて言ったらいいのかな。とにかく喉に小骨が刺さっているような違和感があって、距離を縮め過ぎてしまうことに抵抗があった。あの子たちは可愛いんだけど、あの子たちの好意には申し訳ないけど、今はまだ、一歩引かせていて欲しい。
短刀の付喪神がいなくなり、ひっそりとガーデニング。空気を読んでか、大人の形体をした神々も積極的に声をかけてはこず、私はせっせと趣味に励んだ。水仙、スノーフレーク、福寿草、アネモネ──十一月に植え付けた花々のもとを順繰り回り、誰かとすれ違えば挨拶する。「おはよう」「晴れたね」など、一言二言交わすぐらいだが、中には話したそうに、構われたそうにしている刀剣男士もいて。私が足を止めさえすれば、親睦を深める良い機会を設けられたのだろう。そう分かっていて避ける私は、なんなのだ。
挨拶や立ち話までなら問題ない。それ以上となると受け入れ難くなってしまう。本当に、なんなんだ私は。
拒否したいなら、遠ざけたいなら、なぜ小さな子たちと楽しく話をした? 桃色の髪の子に情を持って接した? 距離をとりたいのであれば、最低限の関わりにしないと。一時の感情に流されず、明確な壁を知らしめ、そう、決まり事なんかを作ればいい。「ベタベタする気はないけど仕事は手伝って」「私には話しかけないで」と、淡々と吐けばいい。
……馬鹿じゃないの。そんなことしちゃだめなのに。できっこないのに。したくもないのに。
荒ぶった思考が生んだ極端な暴論を蹴って、ヤケ糞になりそうな自分を押し留める。人へ心を開きつつある彼らに、歩み寄ってきてくれている彼らに応えられない自分が嫌になり、孤独に落ち込んだ。理想的な言動をとれぬ己への苛立ちや、嫌悪もあった。
「刀剣男士」は私(審神者)の仕事仲間。支え合って業務を熟し、雇い主に貢献しないといけない。「歴史を守る」という大義ある職だ。友好の礎は大事である。道徳に則っても、彼らには優しくすべきなのだ。だって、ワケアリのトラウマ持ちなんだから。
頭で考えるのは簡単だった。けれど、心は置いてけぼり。されたことを忘れられず、過去の苦い出来事に引きずられたままの私は、あの日から嫌な奴になってしまった。
──矛盾している。自分から近付くのはいいのに、相手から溝を埋められるのは嫌なんて。なんと身勝手なことか。いっそ透明人間になりたい。路傍の石のような、神様たちにとってどうでもいい存在に。
傾けたじょうろは空になっていて、落ちそうで落ちない雫が先端にぶら下がっている。
「毎日ご苦労だなあ」
水滴に映る歪な世界をぼんやり眺めていたら、柔らかな声が耳朶を打った。弾かれたように首を捻ると、紺の和服に身を包んだ神がいた。