10
肌寒さに、目が覚める。手足が、首元が、冷たい。
もぞりと身じろいで、床の近さに驚いた。「なんで畳が──」と思ったところで、これまでの記憶が脳を巡る。
就職。仕事。住み込み。本丸。武家屋敷。審神者──……。様々な単語が映像とともに駆けずり回り、状況を思い起こさせた。
そうだ。ここは昨日付で職場となった本丸。私の家ではない。私は実家の寝慣れたベッドではなく、真新しい和柄の敷布団で睡眠をとっていたのだ。
まだぼうっとしているまま、体を起こしてみる。背中が少々痛い。畳、硬かったからなあ。
今、何時? 手探りで携帯を見つけ、画面をつければ時刻は朝の五時だった。こんな早起き、久しぶりである。二度寝してしまおうか。障子の外もまだ暗そうだ。もし寝過ごしても朝ごはんは抜けば──。
「おはようございます」
不意に聞こえた声に、体が硬直する。
「うわ、だ、誰!?」
「……こんのすけにございますが」
こんのすけ。こんのすけ。……ああ、「こんのすけ」か。
記憶の引き出しからサポート役である式神狐を取り出して、一人納得する。聞き覚えのない声だったから、一瞬不審者か幽霊かと思ってびっくりした。
「あー、そっか、こんのすけだ。ごめん寝ぼけてた。おはよ」
体を起こして薄闇に目を凝らせば、土間の中央に小さなシルエット。結局、ほんとに一晩土間で過ごしたんだなあ。なんの我慢大会なんだか。心配通り越して呆れちゃうよ。まあ、それだけ私の事嫌いなんだろうけど。
白けたような、一言物申したいような複雑な気持ちになったが、自身の大きなあくびで掻き消される。やっぱりまだ眠い。これはもう一度布団と仲良くした方が……。
しなだれるように身を倒し、重い瞼を閉じると、ドッ、ドッ、と心臓の音が主張を始める。
ん? ──おお、私、生きてる。生きてるじゃん。
唐突に、そんな実感が生まれた。
「死んでない。生きてる」
自分の存在を確かめるようにやわやわと指を動かし、呟く。
あの男の子たちは、昨夜私を仕留めに来たのだろうか。血塗れの刀を握り締め、闇夜に紛れて来襲していないのだろうか。
「こんのすけ。昨日、あの子達来なかった? 私を殺しに」
率直に問えば、「いいえ」と短い返事。
「交代交代で見張りを立ててはおりましたが、離れに接近するようなことはございませんでした」
「……そっか」
夜中も見張られていたことには不愉快さを覚えるが、とりあえず、バカスコ闇討ちされてなくてよかった。……待てよ? 寝てる間にサクッと殺られちゃえばすーっ……と死ねるんじゃ? 安らかに。それはちょっといいかも──っていやいやいやだめだめだめまだ死にたくないし! 痛いのはヤだけども!
「はー、寝起き最悪」
ぐっすり眠れはしたが、起きしなからこれでは気が滅入ってしまう。一日の始まりだってのに。
げんなりしたせいか、目が冴えてしまった。もう起きよう。
「ううー」
唸りながら布団をたたみ、夜明け前のうっすらとした光を頼りに着替えを済ます。蝋燭に火を付けようか迷ったが、どうせ直に日の出となるのでやめておいた。もっと明るくなるまでの間は、パソコン起動させて画面の液晶を明かり代わりにしよう。
文机に出しっぱなしの近未来型ノートパソコン。手探りで電源を入れれば、そこだけ四角にくっきりと光が浮かぶ。純和室にはそぐわぬ光景だ。嫌いではないけれど。
「あ、そうだ」
ゆくりなく、こんのすけに礼を述べねば、と思いついた。
あの狐は昨夜の私のお願いを──弱く情けないお願いをきいてくれていたようだから。それが夜通しかどうかは分からないし、知るすべもないが、細かいことはいい。私の寝ている間にあの男の子たちの動向を見、朝私が起きた時に近くにいてくれただけで十分だ。
「ありがとう」
夜明けの薄闇に向かって謝意を表する。しばし待てども、こんのすけからの返答はない。聞こえない振りをしているのか、あえて無視しているのか、本当に聞こえていないのか。
……ふう。ま、いっか。
気を取り直し、いささか早いが特にやることもないので、朝食でもとっておこうと昨日の残り物に手を付ける。こんのすけを誘ってみたが、やはり返事は「否」。連れないものである。
鬱々しい朝ではあったが、冷めた白米と冷めた味噌汁は、存外美味しいものだった。