06
「座椅子を六台いいかな」
「座卓と文机を頼みたい」
「長持、衣桁を」
「硯と筆、墨に和紙……書見台もあると嬉しいね」
「こらお前たち、一気に言うと困ってしまうだろう!」
「ボクもいいですか?」
「行灯ー!」
悠長な付喪神にもやもやを抜き取られ、やや脱力していた私であったが、放心している暇などなかった。縁側に集結していた神々は、マイペースな神様に乗じて物品請求をしたかったようだ。
「ちょ、覚えらんない! 順番、順番」
あっちからこっちから声がして、ひっきりなしの要求にわたわたしてしまう。聖徳太子でもない私は注文を一度に受けられず、一振りずつの対応に持ち込んだ。耳が四つ六つあれば──や、人間じゃなくなってしまうのはいかん。
あれが欲しい、これが欲しい……座布団だけをお届けするはずだったのに、蓋を開けてみれば大規模な家具搬入になるなんて。まあでも、これを機に他の家具も置けたらいいなって思ってたから、結果オーライなのかな。こっちからお勧めする面倒が省けたし。
せっかく立派なお屋敷に住んでるんだもん。殺風景だと寂しいじゃないか。広い空間ももったいない。神様たちの生活レベルが上がるといいなー。
「審神者様、箒と雑巾を五つほどお願いできますか」
「いいよー。箒はさっきのと同じ奴でいい?」
「はい」
「わかった。雑巾雑巾、箒……はい、どーぞ」
家具のリクエストに混ざって掃除用具のオーダーが入る。小さな子たちを主とした一部の刀剣男士は、いささか埃っぽい御殿の清掃をしてくれていた。ここは夏の大掃除の後、手付かずだったので、家具の配置前に綺麗にしてみてはどうかと意見してみたのである。彼らは快く了解してくれ、お掃除部隊が結成された。
「ありがとうございます」
「ううん、こっちこそお掃除ありがとね」
「いえ、お任せください!」
ぺこりとお辞儀をし、箒と雑巾を抱え走っていったボブヘアーの神様。颯爽と翻る短めのマントの内側には、凝った柄が入っていた。
「何かあったら言ってねー」
廊下に消えゆく後ろ姿へ声を張る。忙しない足音と共に、「分かりました」という返事が響いた。
ところで、私は今、付喪神の住処に上がり込んでいる。大きな家具を出すのに狭い縁側では危ないため、御殿にお邪魔させてもらったのだが、「人間」を拒む刀剣男士は誰もいなかった。それどころか、「おまんが怪我でもしたら大事じゃ。はよう上がれ」と、超ウェルカム。ほんと、変わったよね。
「次、いいかな?」
「はーい」
付喪神たちは行儀良く並んでおり、お次は沖田総司の刀だった。青みがかった黒髪をポニーテールにした刀剣男士と、マニキュアで爪を赤く彩っている刀剣男士。この二振りは鏡や鏡台、櫛が欲しかったみたい。
「わっ、いろんなのが出てきちゃった」
鏡は一枚ずつ、鏡台は一台ずつ出てきたのに、櫛だけは大漁……いや、大量で。長さや大きさ、形、歯の数が異なる櫛が、畳に散乱している。
「うーん、まあいいか。好きなの取ってよ」
深く考えず、むしろ「好みの物を選べるから良かった」くらいの気持ちで言うと、二振りは畳に目を走らせた。そうして、どれにするかを悩みだす。しばらくののち、各自櫛を一つ手に取った。
「それでいいの?」
「うん。僕は髪が多いから、これがちょうど良さそう」
「俺はこっちにした」
「へえ。なんか、清光っぽい」
「それも安定っぽい」
神様たちはタイプの違う櫛を見せあいこし、小さく笑う。うーん、和やか。仲が良いなあ。こういうの、ほっこりするよね。
「ありがとう」
愛想良く微笑むポニーテールの刀剣男士。対して、赤目の子はお礼もなくどこかツンとしている。けれど去り際に、耳を澄ましていないと聞き取れないような声をぽつりと頭上から落としてきた。
「あのさ」
「ん?」
「──俺がもっと、可愛くなったら」
「うん」
「……」
「……何?」
「やっぱ、やーめた。なんでもない」
「え」
赤目に赤いマニキュアの神様がくるりと体を反転させる。言いかけて止めちゃうなんて、気になるじゃないか。「可愛くなったら」何? 違う色のマニキュアもちょうだい、とか。それにしては口ぶりが軽くない。
続きを聞かせてくれと乞おうにも、すたすた歩く彼は既に退室してしまっていた。その後ろをポニーテールの刀剣男士が苦笑しながら追い、何やら私一人だけ置いてけぼりを食らったような感じがする。
「審神者殿、拙僧も所望したい物があるのだが、よいだろうか」
「あ、うん。いいよ」
山伏みたいな格好の大男は、兄弟で使うという和箪笥をお願いしてきた。筋トレ用品も頼まれたんだけど、ダンベルもバーベルもパワーリストも葛籠から取り出せず、申し訳ないが今日は諦めてもらった。
「日々の出来事を書き記せるような帳面と、小筆をくれないか。大包平の──ある刀剣男士の毎日を綴りたい」
「はーい」
「全身が映るでっかい鏡! 衣装の乱れがないか確認できるようにしとかねえとな。あ、みっちゃんの分も」
「はいはーい。二つね」
「……だ、『だんしんぐふらわあ』は」
「ごめん、それうちに──私の実家にあるから帰らないとない。来週かな」
「数珠の汚れを拭く、柔らかい布を頂けますか」
「わかったー」
一つ済ませばまた一つ、頼まれ事は延々と続く。四次元葛籠が大活躍だ。小物は手掴み、大きな物は葛籠を逆さに振って外へ出し、神様たちへ供給する。箪笥や机など、葛籠を越えるサイズの家具もするりと出てくるので面白い。奇っ怪でもあるけど。
大人の姿の刀剣男士、子供の姿の刀剣男士、あいなかの姿の刀剣男士。みんな代わる代わる依頼の品を伝えてきて、私はそれらを処理していった。多かったご注文は机や座布団、棚、箪笥、行灯といった使用頻度の高い家具だ。寝たり食べたりしないから布団や食器は不要らしい。けれど、「そうなったらお願いするよ」と金ピカ鎧の付喪神に言われた。現在、彼らは不眠不食でも平気な体をしているが、私のように食事をして睡眠をとるような……「人の暮らし」をする日が来るのだろうか。
なんてことを思惟する間も、神様たちの請求は止まらない。
「床の間に飾れる雅な掛軸はないかい?」
「あ、ごめん。そういうのはだめなんだって。支給品外」
「……そう、なのか。それは残念だ」
「ごめんね」
「いや、かまわないさ」
そう言いつつも、眉尻を僅かに下げる付喪神。心なしかしょんぼりしているように見える。申し訳ない。陶器や置物、絵などの装飾品は無料で配布されていないため、買うなら私の給料からなのだ。旅行代金を支払ったせいで自由に使えるお金があまりなく、そこは我慢してもらうしかない。すまん。
「時に、きみ。詠むなら情趣に富んだ風流な歌にしてくれ。歌合で笑われてしまうよ」
と、緩いウェーブのかかった竜胆色の髪の刀剣男士は、列の先頭をどく前にそんな言葉を残していった。花浅葱の瞳はじとっとしていて、どうも私は注意らしきものをされているようだった。しかし、心当たりはない。歌? 詠む? 俳句とか? んー、わからん。
「ねえねえ、座布団ちょうだい! 亀吉用の小さいやつ」
「あ、うん」
「あの、この落ちてる櫛貰ってもいいですか?」
「いいよ、欲しいの持ってってー」
「huhuhu……ワタシは何も要りませんよ。並んでみたかっただけデス」
「はあ? 何それ」
時間の経過を忘れ、一列になった神様たちをひたすらに捌いてゆく。
「審神者ー! 人妻を出してくれー!」
「ええー!? 人妻って、物じゃなくて人じゃん」
「頼むー!」
「無理だよ!」
このようなとんでもない要望もあり、当然不可能なので「できない」と言うのだが、ぷくーっと頬を膨らまされてしまった。えらく人妻にご執心なその子は駄々をこね、駆けつけた兄弟に呆れられながら回収されていく。廊下の奥から聞こえた「人妻ー!」という喚き声の悲痛さよ。
いつしか神々の並びも少なくなり、長蛇の列も一旦終りを迎える。私の出した物は一つ残らず彼らが運んだ。「後で私も手伝うよ」と告げるも、「あなたの手を煩わせたくありません」「重いだろうが。俺たちにさせときゃいいんだよ」と、すげなく断られ。
掃除も同様だ。「私も掃除するよー」からの、「いえ、僕たちでできます!」「あんたは座ってな」。あの時とは大違いだよね。包丁修理の日なんか、手入れ部屋の掃除も襖の入れ替えも、ぜーんぶ私一人でしたもん。付喪神は見てるだけで、「なにさ、神様とか。私がやりゃいいんでしょ!」って、黙々と取り組んだんだっけ。
天と地の差を思い知り、もやっとし始めたため回顧をやめる。詰まりそうになった息を吐けば、鈍っていた五感が冴えた。
「おーい、国広、これどこに置くんだ?」
「もう少し左……やっぱり右! あ、左!」
「どっちだよ!」
「あっ、だめです。そこはまだ雑巾がけが終わってませーん!」
なんとまあ騒々しいこと。でも、不愉快ではない。
喧騒に包まれた御殿では、付喪神たちがドタバタとあちらこちらを行ったり来たりしている。家具のレイアウトに掃除にとてんてこ舞いなのだろう。
行き交う神々をぼけーっと眺めていると、刀剣男士が一振り、開けっ放しの襖を越えて私のいる部屋に入ってきた。