09
心臓が破裂したかと思うくらいにびっくりした私は、顔を隠して丸まった。脳がついていけておらず、「どえらい事が起きた! とりあえず防御!」と、本能的に自分の身を守ろうとしたのだろう。その間の記憶は曖昧である。
ひとしきり体を縮こまらせ、心が鎮まると共に戻ってきた五感。周りへ意識を向けられるようになってきた頃には妙に騒がしいし、起き上がってみると襖が二、三枚吹っ飛ばされてるし、付喪神に囲まれてるし。何があったの? って感じだ。叫んだ後に刀剣男士たちがどんな動きをしたのか、見当もつかない。
「大丈夫か?」
「落ち着いた?」
「気分悪くない?」
あちこちから気にかけられ、ドキドキの残余を片付けながら「うん」と頷く。前にも横にも後ろにも神様がおり、別の意味でヒヤッとした。彼らが私の悲鳴(っていう可愛らしいもんじゃないけど)を聞いて集まったのかと思うと、胸が騒ぐ。みんながみんな心配して駆けつけたわけではないのだろうが──。
嬉しいのにもやりと蔓延ったのは、底知れぬ怯え。距離の近さが身に染み、そこはかとなく怖くなる。
「失礼のないようにと言っただろう」
体調を尋ねてくる刀剣男士たちへ、複雑な気持ちを隠し「平気だよ」と何度も言う中、打ち据えるような怒声が聞こえた。煤色の髪の神様が声の主らしい。彼の足元には私にあんなことやこんなことをした狐っぽい神様がいて、目を丸くしたり、顔を赤くしたり、青くしたり……百面相をしている。「やべえ事をした」という認識はあるのかもしれない。
「こっちへ来い」
怒鳴ってはいないが、その声色は荒涼とした凍土のようで。凄まじい剣幕だ。騒動の起因となった刀剣男士は、煤色の髪の神様に連行されていった。ケモミミの如き髪の房がしゅんと垂れて見える。肩を落とした後ろ姿に哀愁が漂っているのは気のせいだろうか。
「油揚げで大変なめに遭ったねえ。ま、あんたに怪我がなくて良かったよ。小狐丸も反省してるみたいだし、許してやって」
「ああ、うん」
付喪神たちは今回の事件についておおよそ存じており、どうやら場に居合わせた二振りが何が起きたかを教えたようだ。だけども、齟齬が生じている。
「小狐丸に押し倒されたんだって?」
「油揚げと間違われて襲われたって本当ですか?」
「噛みつかれそうになったら叫んじまうよな」
「ええっと、君は油揚げだったんだね」
「兄者、そうではない。体臭が油揚げの人間だ」
違う。違う違う違う。押し倒されたとか襲われたとか似て非なるものはまだしも、私が油揚げやら体臭が油揚げやら、なんじゃそりゃ!
伝言ゲームがうまくいってない。なので、事実に反する箇所は訂正しておいた。あと、大半の刀剣男士が「恐怖や怒りで絶叫した」と捉えてたから、「空前絶後の案件にびっくりして叫んでしまっただけ」とお伝えする。……うん、あの時、怖いともムカつくとも思わなかったもんね。とにかく「舐められた」ってことに驚いて、頭が情報整理できなくて、「ぎゃー!」。
神様でぎゅうぎゅう詰めの室内。私の補足を聞いた神々は、次第にざわつきを治めていった。
「なんだ、そうだったのか。時間遡行軍でも出たのかと思ったぜ」
「すごく驚いたんだね」
「何にしたって無事で良かったよ」
「災難だったなあ。ご苦労さん」
気を遣われたり、労われたり、優しく親しげな彼らにむず痒くなる。「屋根はあるか? 天井を飛ばしそうな叫び声だったからな」と、茶化してくる刀剣男士もいた。
平穏な雰囲気に包まれているというのに、ほんのちょっと息苦しい。この空気に溶け込めていない「自分」への、半端ない異物感。溺れてしまいそうだ。
心の中にパズルがあって、誰かがピースを嵌め込もうとしている。綺麗に収まるわけがない。形が合ってないんだから。
釈然としなかった。「くだらないことで大声をあげるな」「お前がどうなろうと知ったものか」そう蔑まれた方が自然にとれる。それはそれで腹立つし、嫌ではあるんだけど……うーん。
交錯する思念と感情に葛藤するも、取るに足らない脳内のゴミは片付きそうもない。気を取り直して作業に戻れば、団子になっていた付喪神が散っていく。私を案じてか、小さな子たちや槍と薙刀の神様は傍に居てくれようとした。「もう大丈夫だから」と言って、それぞれの持ち場に帰ってもらったのだが。
縁側では日に照らされた卓上時計が独りで時を数えている。私は縁側と部屋の境目、敷居の隣に座り、時間をみながら刀剣男士の追加注文に応じていった。ひと通り家具配置を終え、足りない物がでてきたのだろう。あげられる物あげられない物様々だったが、それも段々減ってきた。
一つ気になったのは、座布団を欲しがっていた神様のこと。待ち合わせ場所にずっと待機していた彼は、いざ四次元葛籠を開けると、「俺は後でいいぞ」と笑い御殿へ引っ込んだ。それっきり、会えてない。私はまだあの付喪神に「座り心地の良い座布団」を献上できてないのである。そのうち来る……よね? 言い出しっぺだし。
「お掃除、終わりました!」
三日月を瞳に棲まわせている刀剣男士を目で探し始めてすぐ、お掃除部隊が賑やかに走ってきた。みんな誇らしげな顔をしている。
「おっ、早い。お疲れ様、ありがとう」
「へへへー。人妻はいないけど、頑張ったんだぞ! もっと褒めろー!」
「あはは、えらい!」
初の任務を見事迅速に遂行してくれた彼らを褒めれば、照れたり、得意げになったりでなんとも可愛らしい。どちらかというと子供は好きなので、つい甘やかしたくなってしまう。
彼らは渡していた掃除用具を返そうとしてきたが、よければこれからもそっちで使ってほしいとお願いする。埃っぽくなってしまわないよう、掃除を習慣化してみないかを勧めてみると、快諾してくれた。今後、御殿の環境は清潔に保たれそうだ。
冬の晴れた日、影の伸び始めた午後。家具や小物の発注はなくなり、三時半を回ると手の空いた神様たちがぞろぞろと集合しだした。私のところに。で、他愛のない話に巻き込まれる。いつも離れで何をしているのか、どんな過ごし方をしているのか、畑仕事はしんどくないか、戦闘は辛くないかを訊かれ、雑談といえば雑談だったけど、神々は私のことを知りたがっていた。
「ほう、縫製の次は編み物を?」
「うん。冬になったし、こんちゃんが寒くないように腹巻きとか編みたいなーって」
「いいなあ。俺にも何か作ってくれよ」
「えー、無理無理。私初心者だよ。大きいのは難易度高くない? こんちゃんので精一杯」
いつの間にやらまったりとした交流会になってしまっている。家具搬入は終了とみていいのかな。話に長々付き合うのもあれだし、お役御免であっちに戻ろう。今日は引き上げ、不足物品があればまた後日。あの神様用の座布団は、誰かに託しておくか。
と、時期を見計らっておいとましようとしていたのであるが──。
「あっ、良かったあ。まだいた!」
ぱたぱた足音を立てて部屋へ飛び込んできた刀剣男士。フリルのあしらわれたスカートが可憐に揺れている。青くぱっちりとした眼に金の髪を持つ、お姫様のような子だ。
「どうしたの? 何か要る?」
艷やかな髪を靡かせ走り寄ってくる彼へ、四次元葛籠に手をかけながら聞く。物の請求かと思ったが、そうではなかった。
「ね、ボクたちの部屋を見に来てよ」