12
「くすりだんす……って、箪笥?」
「ああ。鐶(かん)の付いた抽斗がたくさんある箪笥だ。薬を保管するのに使う。百味箪笥なら分かるか?」
「えっ、……わ、分かんない」
「くすりだんす」も「ひゃくみだんす」もピンとこない。頭の中の知識の泉に潜水してみるも、それらしい物の情報を見つけることはできなかった。
うちのおじいちゃんやおばあちゃんなら知ってるかもしれないな。まあ、今ここに居ないから聞けないんだけど。
「なんだ。知らないのか」
「んー、うん。でも、箪笥に分類されてるなら出せると思うよ」
「なら、頼む」
「わかった。やってみるね。どこに出したらいい?」
葛籠を持ってきておいて良かった。急な追加請求にもすぐ対応できる。薬箪笥と百味箪笥がどんな物なのかは想像もつかないが、「箪笥」の仲間であれば家具としてカウントされるはずだ。おそらく。……そんな高くないよね? うん十万とかうん百万とか。だ、大丈夫だよね?
ちょっぴり不安になり、抱えている四次元葛籠を少しだけ胸に寄せた。そんな私を怪訝そうに眺め、浅紫の瞳の彼は廊下へ向かって顎をくいっとしゃくる。いちいち子供らしくないなあ。まあ、「子供」といっても神様だもんね。
「この部屋じゃあない。こっちに来てくれ」
低く安定感のある声。儚げな男児の風采をしておきながら、内面は厳ついおじさまのよう。背中にファスナーがあって、ジーッと開けると中から髭面の大男が……なんてことはなかろうな。
「そっち?」
彼は既に歩き始めており、口で確認しながら後続する。と、後ろから待ったが掛かった。
「あーっ、ちょっと薬研! どこに連れてくの?」
金髪の子が問えば、「手入れ部屋の隣だ」と言い。
「何をしにですか?」
黄緑色の髪の子が問えば、「薬箪笥を置きにな」と言い。今まさに部屋を出ようとしていた彼は、ニッと笑って片手を挙げる。
「兄弟、ちっとこの人借りてくぜ」
「ええー!」
室内にブーイングが沸き起こった。だが、私と彼の移動を阻止しようとする子や、一緒に来ようとする子はおらず。薬箪笥設置の妨害はされなかった。野次りつつも、そこはきちんと弁えているのだろう。
「早く戻ってきてねー!」
「まだお見せしたい物があるんです」
明朗に見送ってくれる彼らへ「またね」と手を振り、先をゆく刀剣男士の後を追う。進むうちに見覚えのある道に出た。初めてここを通ったのは刀たちの総手入れをした時、次は離れに眠っていた錆び包丁を修理してもらった時だったか。ということは、今日で三回目。
道中出会う神様らへ軽く挨拶をし、すたすた歩くこと数分。目指していた場所へ着いた。
「空き部屋を一つもらったんだ。さあて、どの辺りにするかな」
浅紫の瞳の子が薬箪笥を置くスペースを決め始める。待つ間暇だったので、お隣の手入れ部屋やその近くの部屋(鍛刀部屋と刀装部屋?)をちょろっと見てみた。蜘蛛の巣もなく、埃っぽくもなく、清潔な空間。お掃除部隊の輝かしい功績だ。
探検気分で辺りを散策していた私だったが、少しして呼び戻される。どこに置くか決定したらしい。六畳の小部屋を訪ねると、短刀の彼が指をさしていた。入り口からみて左奥……ほー、そこにするのか。
「分かった。あそこね」
室内には作業机や長持、空の本棚、何かを挽く器具が所狭しと並んでいる。ぶつからないよう気をつけて歩かねば。……それはそうと、ここはどういう機能の部屋なんだろうか。「薬」箪笥を置くからには、医療や薬剤に関係ありそうだけど。
「ここ、何の部屋?」
「医務室だ」
単純な興味で聞き、返ってきた答えを奇妙に思う。医務室というとあれだ。怪我人の手当をしたり、体調の悪い人が休んだりするところだよね。
「……医務室」
なんで医務室を作るんだろ。手入れ部屋があって、審神者(わたし)もいるのに?
「時間遡行軍から受けた傷は審神者の手入れでしか治せない。だが、転んでできた擦り傷や鍛錬での打ち身なんかは違う。自然に回復するし、治療によっちゃ早く治る。ここんとこ、みんなみっちり手合わせしてるからな。こういう部屋があって損はない」
声にしてはいなかったが、「なぜ、どうして」が顔に出てしまっていたようで、浅紫の瞳の彼が腕組みして理由を教えてくれる。
「あー、そっか」
なるほどなあ。敵と戦ってない今、治らない傷ができることはないけど、日常的にちょっとした怪我をしちゃうかもしれないよね。赤紅色の髪の子はお兄さんにしごかれたって腕を痛がってたし。──でも。
「敵にやられた傷じゃなくても治すよ?」
刀剣男士の手入れは仕事の一つ。治す力が有るのに怪我人を見て見ぬ振りするのも嫌だ。私の審神者パワーでなんとかなるなら、それでいいんじゃないの? いや、何も虫刺されやらニキビやらまで治すってわけではなくて。
「俺は戦場育ちでな。少々医術の心得がある。あんたの手入れは有り難いが、ある程度の処置は自分でもできるようにしておきたい」
毅然と首を横に振った付喪神は、強い意志を秘めた眼で私を見据えている。威圧すら感じる真剣な顔つきに、緊張が高まった。
「審神者に頼りっきりなのも、情けないだろ」
言って、涼やかに一笑する彼。きりりとした目元も笑うと幼く見える。固唾を呑んで動向を探っていた私だったが、なんだか拍子抜けしてしまった。
「ううん、そんなことない。頼ってくれて全然いい。土いじりばっかして給料貰うのも引け目があるんだからね。仕事ちょうだい」
ほっとしたせいで駄弁を弄し、「あちゃー、いらんことを言った」と後悔する。私の心配をよそに、その子は「ははっ」と笑声を立てた。
「あんたはあいつと違い過ぎる。こりゃあ参ったぜ」