雪解け - なんとはなしに

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 医務室予定地での一齣(ひとこま)ののち、赤紅色の髪の子に付き添われて彼ら兄弟の部屋へ戻る。私を壁に縛り付けていた男前な刀剣男士はまだやる事があるらしく、薬箪笥で手狭になったそこに一振り残留。「またな」という別れの挨拶はさっぱりとしていて、だけど、素っ気なくはなかった。あの神様、爽やかに笑ってたから。
「あ、戻ってきた」
「おーそーいーぞー!」
「またお越しくださって、嬉しいです」
 二間続きの大部屋に入るなり、小さな子たちがどわーっと群がってくる。ううむ、人懐こい。愛らしい。でも、子供扱いしたり、猫可愛がりしたりはいかん。肝に銘じておかないと。
「次はこっちば見てほしかー」
「えーっ、先にそっち?」
「こら、順番でいいだろ」
 短刀の付喪神たちは喜びはしゃぎ、ここが、あそこが、と私を連れ歩いてくれた。しかし、二回目だったため何がどこに置かれているかはもう大体分かっている。室内をさっと一巡した後は、談笑も程々にして部屋を発った。
「いつでも遊びに来てね」
「お前なら歓迎するぜ」
 誰かに言われ、小さな子たちの後方に佇んでいるお兄さんへ目配せをする。「あなたの弟さんがこう言ってますけど、いいんですかー? だめなら禁じてくださいよー」そんなお尋ね文を乗せて。
 苦い顔されるかなあと思っていたのに、水色の髪の彼はわりとすんなり頷いた。びっくりしちゃうよねえ。あんまり悩んだ感じもなく首を縦に振るんだもん。「えっいいの!? まじで?」って、口から「マジで砲」を発射しそうになったよ。
 図らずも頂いてしまった再訪許可。さあどうしよう。入り浸る気はないし、適度な距離を越えたくもない。とはいえ、この子たちと話をするのは嫌いじゃないのだ。楽しくもある。……ううむ、日を空けてお誘いがあったら上がらせてもらおうかな。短期滞在でね。
「じゃあな」
「また今度ー」
「お待ちしております!」
 活力漲る盛大なさよなら。「バイバイ」の手を振って廊下に出ると、大太刀の刀剣男士──明るい灰色の髪の子とばったり出くわす。いつぞや会ったことのある赤髪の子も側に居た。一声かけて横を通過しようかと考えた矢先、大太刀のあの子が小さく手招きをしてきて。
「何、どうしたの?」
 可愛いなあと思いながら近くに行って尋ねれば、「俺たちの部屋にも来て」とのこと。離れに帰ろうとしていたのに、あれよあれよという間に第二のお部屋訪問となってしまった。
 ……り、良心が痛んで断るに断れなかったんだよー! 「他の刀の部屋には行くのに、俺たちの部屋には来てくれないの」ってなったら、ねえ? いやそれだとキリがないのも分かってるんだけど、うっ……よ、四時半まで。四時半までなら!
 悶々として自身と戦い、足を引きずる。幅の広い廊下にでた。両脇にずらりと襖障子が──和室が並んでいて、寮みたいだ。至る所に神、神、神。
「じゃーん」
 明るい灰色の髪の子によってある部屋の戸が開けられる。八畳の和室だ。中央に座卓、手前に行灯、奥には背丈の低い箪笥が二つと、高い箪笥が一つあった。
「なんや、ほんまに連れてきたんやなあ」
 四人で囲めそうな座卓の傍らで、眼鏡をかけた神様がごろーんと寝転がっている。彼は私を仰ぎ見、枕代わりにしている片腕を気怠げに交換した。追い返されはしなかったけど、おいでませーって感じでもないよね。長居は無用、かな? ざっと見て、少しだけ話をしたら帰宅しよう。
 そう決めて中を拝見する。仰向けの付喪神さんが進路を塞いでいるので、うろうろはせず入り口から眺め回した。踏まないように避けて歩けばいいのかもしれないが、ちょっと近寄り難い。
「あたた……」
 目線を転々とさせ間取りをじっくり見ていると、眼鏡の神様が横向きになって首をさすりだした。
「ずっと寝てるからだろ」
 にこやかだった明るい灰色の髪の子はむ、と唇を結び、畳の上の刀剣男士を睨めつける。
 ほお、「ずっと」とな。この付喪神、そんなに長く横になってるのか。寝っぱなしで体が痛くなるのは分かるよ。首こり、肩こり、しんどいよね。……んん、神様が首こり? へえー。
「愛染ー、頭の下に敷けそうな物取ってきてやあ」
「自分で取って来い」
「あー、冷たいわー」
 赤髪の子に秒で拒否られ、大袈裟にがくっと項垂れる眼鏡の神様。彼はごろりと寝返りをうち、再び腹を天井に向けた。その弾みで眼鏡がずれるも、直されはしない。畳に伸ばされた手足は投げやりで、無気力を体現したかのような大の字になっている。
 拗ね気味に下ろされている瞼がぴくりと震えた。傾きかけたレンズの後ろで半分開く、若草色の瞳。ぼんやりと宙に浮いた視線はふよふよさすらい、私へと漂着する。半開きの目がぱっちりとあいた。
「ああ、あんたがおったわ。その可笑しな葛籠もあることやし、枕か何か出してくれまへん?」
 おー、そうくるか。いやまあ、この神様からしたら好都合だよね。便利グッズを持った利用できそうな奴(わたし)がすぐそこにいるんだから。
「うん、いいよー」
 いいように使われるとしても、さほどイラッとはしなかった。無理難題を吹っ掛けられてはおらず、横柄に命令されてもない。支給品の範囲内ならなんでも提供してやるさ。
「枕でいいの? クッションは?」
 眠ることのない刀剣男士。けれど、こうやって体を横たえ、ごろごろしたりはするようだ。頭と首を支える枕がいいか、肩や背中も預けられる大きめのクッションがいいか──どうだろう。いっそ、ごろ寝マットとかどうよ。低反発で肌触りが良い……うわあ、それ、私が欲しいかも。
 四次元葛籠を置いて蓋をスポッと外す。刀たちを見れば、三振り揃ってきょとんとしていた。
「くっしょん?」
 大太刀の神様が小首を捻って復唱する。日本刀の付喪神とあって、カタカナや横文字は苦手なのだろうか。でもこの子たち、バリバリの洋装なのにな。うーん、謎だ。
「知らない? クッションはね、座布団よりふかふかしてて、枕にしたり背中に当てたりできるやつ。大きいのとか小さいのとか、色々あるよ」
 身振り手振りで説明してみるが、イメージがわかないらしい。明るい灰色の髪の子も、眼鏡の神様も、赤髪の子も、みんな ぽかーんとしたままだった。
「一回出してみよっか」
 口で伝えるより、実物を見てもらった方が手っ取り早い。サンプルっぽく一つ出して、どうするか聞こう。もしも眼鏡の神様が「いらない」って言ったら、他の刀剣男士に勧めてみるか、私が使うかかな。
「『ふかふかしてる』なんぞ言うて、実は物騒な物と違いますか?」
「そんなわけないよ。ふかふかだし安全。私もあっちで──実家で使ってたし」
 疑惑の眼をぶった切る。信じてもらえずネチネチつつかれるかと思ったけど、彼は意外にも「ほな、頼んます」とへらりと微笑んだ。
 ふかふかのクッション。柔らかくて滑らかな生地の、できるだけ良いもの。
 念じながら葛籠を逆さまにし、軽く振る。ぼすっ、と音を立てて畳に落ちたのは、柄のないブラウン一色のクッションだった。正方形で、縦横が五十から六十センチほど。結構大きめだ。
 ……うわ、やわらかっ。
 葛籠から手を離し、クッションを握ってみた。手のひらがブラウンに沈んでゆく。ふわふわのふかふか。タグはないけど、カバーは麻? サラッとしてて気持ちいい。こんなクッションでお昼寝できたら幸せだろうなあ。
「それが『くっしょん』?」
 物珍しげな目になる明るい灰色の髪の子。
「そうだよー」
 私の手元をしげしげと見ているその子の隣を通り、畳に寝転ぶ神様の頭上へクッションをセットする。
「はい、どうぞ」
 いざクッション贈呈。首を反らして私を見上げる刀剣男士は、斜めになった眼鏡を掛け直した。次いで、緩徐な動きでクッションを取り、「おーおー、柔いわ」と言いながら頭の下へ敷く。ブラウンのそれを上へやったり、下へやったり、何回か位置の調整をして、肩から上をクッションに埋めた彼がニンマリと笑った。
「『くっしょん』……座布団より厚みがあるのに、硬くはない。ほんま、『ふかふか』ですなあ」
 おう、温泉に浸かってるみたいに目え瞑っちゃって。ご満悦でよろしいこった。
「これでいい? 枕じゃなくて」
「うん。『くっしょん』、ええですわー」
 気に入ってくれたなら良かった。……なんというか、クッションにもたれてだらだらしている姿が様になっている。これ、人じゃなくて「神様」だよね?
 天晴(あっぱれ)なだらけっぷりに感心しつつ、回れ右。葛籠を回収しようとしたのだが、明るい灰色の髪の子と赤髪の子が私に瞳を凝らしていて。
「……クッション、いる?」
 聞くと、大太刀の子はぱあっと破顔した。「いいの?」って、いいに決まってるじゃん可愛いなあ。欲しいならあげるよ。支給品だし、お財布へのダメージゼロ。
 張り切った私はさっそく同じクッションを二つ取り出す。悪魔的な魅力を持つその塊を二振りへ渡すと、明るい灰色の髪の子は「大事にする」と胸に抱き締め、赤髪の子は「オレは別に要らなかった」と耳を朱色に染めた。
「おおきに」
 幸福に緩む、だらしない面持ちの神様。
「ありがとう」
 おひさまが霞んでしまいそうな笑顔を溢す神様。
「……ありがとな」
 僅かに眉根を寄せながらも、頬や耳を赤くしている神様。
 部屋とクッションと付喪神。三者三様に喜ぶ彼らを見て、こういうのは悪くはないな、と、思ってしまう私であった。

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