雪解け - なんとはなしに

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「もう暮れ始めているけど、今日は良い天気だったねえ」
「そうだな。よく晴れていた。真昼には亀吉が日光浴をしていたぞ。池の縁で」
「へえ、日光浴。僕もすればよかったなあ」
「兄者……刀の俺たちが陽を浴びても意味は……」
「意味なんてどうでもいいじゃない。暖かくて、きっと気持ち良かっただろうね」
「それは──そうかもしれないが」
「あはは」
 ……平和、まったり、ほのぼの。漆塗りの黒い机に隣り合って座り、和やかに歓談している二振りの刀剣男士。
「ねえ、君は好き? 日光浴」
「──え、ああ、うん。好きかな。太陽の光ってあったかくてぽかぽかするし」
「うんうん、だよね」
 やにわに話を振られ、交ざらざるを得ない私。
「……日光浴、するのか?」
「んー、最近はしてないけど、春と秋はいっぱいしたよ」
「ありゃ、夏は?」
「夏はだめ。暑くて暑くてもう──逆に日陰に逃げ込んでた」
「人は暑さに弱いんだな」
「みんながみんなじゃなくて、個人差はあると思うけどね。暑いの平気な人もいれば苦手な人もいるし」
「ふうん、面白いなあ。君はどうなの? 暑さは苦手?」
「えー? 暑さ? うーん、苦手ってわけじゃ……」
「では得意なのか」
「いや得意でもないっていうか……人並み?」
「人並み」
「人並み」
 付喪神はぴったりハモり、日常会話を継続させる。
 ……さて。今現在私はこの神様たちの部屋にお邪魔しており、机を挟んで彼らと対面しているのだが、こうなるに至った経緯は。

 *

「ああ、居た居た。ねえ、ちょっと見てくれないかな」
 兄貴肌の付喪神との対話を終え、帰り道に戻った私を、物腰柔らかな刀剣男士が呼び止める。何を、どこを、どう見るのか。細かな説明はなく、詳細が分からないまま、私は別室に招き入れられた。そこには他の神様が一振り居り、畳に敷いた座布団を小難しい顔で凝視していた。
 寮のように並ぶ和室の中の一部屋、ここは彼ら二振りに割り当てられているらしい。
「置き方、これで合ってる?」
「どちらの面を上にすればよいのだ?」
 刀剣男士たちは座布団の位置や表裏を聞いてきた。なんでも、えっちらおっちら家具配置をしてはみたが、最後の最後で座布団の扱いに悩み、私に教えを求めたんだと。
 んなもん、自分が座る場所に好きなように置けばいいのに。座布団の上下? ないんじゃないの、そんなの。
 そう思いつつ、一応ポケットにある携帯で調べてみれば、なんと──座布団にも前後と裏表があった。
 びっくりだ。普段何気に使ってるけど知らなかった。離れ(うち)の座布団も見てみなければ。これまでテキトーな使い方になっちゃってたかも。ごめん、座布団ちゃん。
「えーっと、縫い目がない辺を前にして、真ん中に房がある面が表だって」
「んー、縫い目がない辺が前……」
「なるほど、真ん中に房がある面が表……」
 顔や体の形貌が似ている二振りと共に、座布団を正しい向きに直す。光沢のある長方形の机には、薄緑色と薄黄色の座布団が二個ずつセットされてあった。部屋には二振りしかいなかったが、机は四人用。来客を想定してのことだろうか。刀剣男士は大所帯だし。
「んー……完璧だね」
 微調整を重ね、レイアウトが仕上がる。マナーに則った敷き方ができたと思うと、なんだか清々しい。洗濯物が綺麗にたためた時みたいに爽快だ。
 さあ、私の務めも済んだことだし戻ろう。
 と、畳に置かせてもらっていた四次元葛籠を脇に抱えようとしたのだけれど。
「じゃあ、座ってみてよ」
「え」
「ん?」
 口元を温和に綻ばせている付喪神が、戸惑う私をじいっと見つめる。彼の眼は甘そうな蜂蜜色をしていた。
「……なんで?」
「どういう風に座ればいいのかな、ってね」
「えー? 普通に座るだけだよ。やってみたら? できるできる」
 座布団の置き方の次は座り方か。それこそ自由じゃん。正座でも胡座でも体育座りでも──。
「人の営みについて知識がないわけじゃあないけど、僕も弟も使ったことがないからねえ。僕らがここに顕現された頃にはもうほどんとの家具がだめになっていたし、壊れてない実物を見るのも今日が初めてなんだ。そうだよね、えっと──」
「膝丸だ、兄者」
「ああ、うん、そうそう」
 にこにこしている刀剣男士と、凛々しい真顔の刀剣男士。面差しも類似しており、「弟」、「兄者」と呼び合うくらいであるから、彼らは兄弟なのだろう。兄が弟の名前を覚えてないっぽい? のは不思議だけど。
 兄と顔を見合わせていた弟がこちらを向いた。淡い緑の毛髪はアシンメトリーな髪型になっており、印象に残る。瞳は「兄者」と一緒の蜂蜜色。
「我ら、源氏の重宝。平安京で見た茵(しとね)ならば知っているのだが、座布団は……」
 へ、平安京……!? この神様たちも平安生まれ? 座布団欲しがってたマイペースな刀剣男士がそうだったよね? はあー。
「あ……そっか」
 文化の違い。なら、しょうがないか。座布団触った時になんともなかったし、座っても大丈夫かな。刃物とか罠とか、仕込まれてない……よね、たぶん。
「だから、ね? 実演をお願いしたいなあ」
 おっとりと促され、「わかった」と頷く。付喪神に見守られる中、最も近くにあった薄黄色の座布団へ膝を付けた。腰を下ろして正座になると、程よい弾力が脛を包む。
「へえ、そんな感じかあ」
「うん、こんな感じです」
 ほうほうと顎に手をやる付喪神へ、彼を真似た応答を送る。座布団に座ってみただけであるが、えらく感動しているようだ。隣にいる弟さんも、私と座布団の接着面を丹念に見下ろしていた。
「どれどれ、僕たちも座ってみようよ」
「あ、ああ」
 私の真向かいにお兄さんが、その横、私から見て左斜めに弟さんが座る。一台の机に、二柱の神と一人の人間が着座した絵が出来上がった。タイトルは「異種間のつどい」。
「こうしていると、人になったみたいだね」
「兄者、俺たちは付喪神なれど、肉体は人に近いぞ」
「そうは言っても、座布団に座ったことはなかっただろう? こうやってさ」
「む……」
「あはは、一家団欒も夢じゃないかもねえ」
 机の向こうで繰り広げられる話は、聞いていて新鮮だった。「神」なる刀剣男士は外形こそ人に似通っており、本当は自分と同種の人間なのではないかと、時折思うこともあった。けれど──やはり彼らは人外だ。「人になったみたい」だって。面白い。
 つい聞き耳を立ててしまい、退席のタイミングを完全に逃す。それが良くなかった。
「どう? 僕ら、人間に見えるかい?」
 ぽやっとした声を投げられ、じわじわと、じわじわと、私はトークに引きずり込まれた。神の話、人の話、部屋の話、天気の話──そうして、冒頭に戻る。

 *

「今度は日光浴の方法を教えて欲しいなあ。んー……実地指導で」
「実地? えー、やだよ、今寒いもん。もう十二月じゃん」
「君は寒さにも弱いのか」
「や、弱くは……少し寒いぐらいならいいけどさあ、寒いのも暑いのも耐えられるのに限度があるでしょ。過ごしづらい」
「人間は面倒だねえ」
「あー……それはたまに思う」
「人である君がか?」
「うん。人だからこそ、思うのかな。色々」
「色々って?」
「ええー? 色々は色々だよ」
 切れ目のないお喋り。咲いてしまった話の花は、いつ萎れるのだろう。
 延びに延びる私と兄弟刀のやり取りだったが、終結は稲光の如く来訪した。
「花子おー!」
 御殿中の障子紙を突き破りそうなほどの大声に、神も私も口を噤んだ。

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