雪解け - なんとはなしに

18


「あの声は……」
「陸奥守吉行、だな」
 叫んだ刀が誰なのか、兄弟らは声のみで判ったらしい。確信はないけれど、私にもうっすら思い当たる神様がいた。威勢のよい若い男の声は、坂本龍馬の元愛刀のものではなかろうか。「花子」という言葉も、その付喪神を想起させる。
「花子」とは、私が実家から持ち帰り、お土産として神に捧げたダンシングフラワーの名前だ。名付け親兼、現持ち主は、土佐弁の刀剣男士のはず。関連性がありそうでしょ?
「大事じゃ、こりゃ大事じゃあ! 審神者ー! 審神者はどこにおるがよ!?」
 遠方から轟く大声。刹那、どたどたと足音が立ち始めた。
「ありゃ、お呼びみたいだねえ」
 御殿内で何かが起こっているというのに、「兄者」はのほほーんと笑っている。このマイペースさ、もしや紺色の髪の神様と同類か……?
「なんだ?」
 弟くんが徐に立ち上がる。部屋の入り口まで歩いていった彼は、外の様子を確かめようとしてか、体の半分ほど襖障子を開けた。私を探す声、花子を呼ぶ声、複数の足音が重なり合い、室外は騒然としている。なんだなんだ、どうなってんの。
「審神者ならここにいるぞ」
 張られた声のよく通ること。あの報せはきっと瞬く間に廊下を駆け抜けたに違いない。
 うん、弟くんさ、すごくナチュラルに居場所をバラされたような気がするっていうかバラしたよね? ……ま、まあいいか。土佐弁の刀剣男士は私に用があるみたいだし、私があげたダンシングフラワーが関係してるみたいだし。
 床板を伝うけたたましい鳴動。けれど、多くはない。疾風怒濤に驀進しているのは、どうやら誰か一振りだけで。すごい速度だ。足音がみるみるうちにこちらへ接近している。
 土佐弁の刀剣男士かな?
 思った途端、少しだけ開けられていた襖障子が全開になり、ダン! という悲鳴をあげた。かなり激しい音だったため、体がびくっとしてしまった。
「おいあんた、花子を助けてくれ──!」
 私を発見してすぐ救助の依頼をしてきたのは、薄汚れた布を被った付喪神。土佐弁の神様だと予測していたが、外れだったらしい。うーん、あの刀剣男士だと思ったんだけどな。
「花子がどうしたの?」
 一体全体何事か。ダンシングフラワーに何があったっての? こんなに慌てるくらいだから壊れたとか?
「いいから早く。こっちだ」
 唇を引き結ぶ彼の口辺には緊迫感が漂っていた。並々ならぬ気迫に押され、なすがままに付き従う。付喪神の纏う布がマントのようにはためき、私の視界で舞い遊んだ。どたばた走る私たちを見ている他の神様たちは、驚いた顔や不審そうな顔をしていて。中には「どうしたんだ」と加わってきた付喪神もいた。
 布を被った刀剣男士は全速力なんじゃないかっていうほど、ずだだだだだだーってダッシュしてる。私も必死で追いかけた。こんなにめいいっぱい走るの、久しぶり。あ、足が。息が。体力が。
 廊下を突き進んで、四つ角も曲がらず真っ直ぐ──……んっ、そっちはもと来た道? 明るい灰色の髪の子たちの部屋があった通りだよね。
 寮内を行ったり来たり、住人(神)の要望に応じまくってさあ。なーんか私、寮母さんっぽくない? いや本物に失礼か。本職の寮母さんはもっと大変だよね。
 あ、葛籠置いてきちゃったな。なんかポケットから落ちた気がするな。
 脳に棲む何人かの私がごちゃごちゃ独語を呟いているが、「私」本体は脚の稼動に一生懸命。生まれた雑念は留まることなくどこかへ消える。
「陸奥守、審神者を連れてきたぞ!」
 布を被った刀剣男士が声高に言うと、近くの和室から土佐弁の神様が躍り出てきた。
「おお、ほんまかよ! すまん山姥切、助かった!」
 合流を経て、先頭をゆく付喪神の足が止まる。土佐弁の神様もまた、ただならぬ形相をしていた。
「おんしゃあ、ちっくと花子を見てくれんか。『すいっち』を押しても動かんなってしもうたんじゃ!」
 口速に言って奥に向かう彼。布を被った刀剣男士もそちらへ歩きだし、私や他の付喪神も後に続く。終点は廊下の突き当りにある角部屋だった。
「お邪魔しますー……。あ」
 壁に寄せられている文机、そこに花子は居た。ニコちゃんマークのポップな顔に、ビビットピンクの花びら。今日も陽気な彼女だが、ゆらゆらとはしていない。ふむ、「スイッチを押しても動かない」、ねえ。
「触っても良い?」
「ああ、かまんぜよ」
 許しを得て文机の前に座る。布を被った神様と土佐弁の神様が私の両隣を固めた。二振りとも不安げだ。彼らやその他野次馬らに注目されながら、「花子」を手にとる。
「花子、こつれちゅうか?」
 方言かな、「こつれちゅう」って。「壊れてる」とか、「故障してる」とか? 分かんないけど、声色は心配そう。
「うーん……」
 掌に乗るダンシングフラワー。一見して破損はない。それどころか、お土産として渡した時よりもぴかぴかと艶めいている。磨かれでもしたのだろうか。大事にされてるなあ。
 底部にあるスイッチをオンにする。しかし、花子は無反応。何度かスイッチを切り替えてみても、無駄だった。
「あー、ほんとだ。動かないね」
 事実を事実として言ったまでなのだが、土佐弁の彼はあからさまに表情を強張らせた。
「は、花子お……」
「……くっ」
 私の右で拳を握り締める土佐弁の刀剣男士。私の左で深く俯く布を被った刀剣男士。どちらも沈痛としている。ドラマなんかでよく見る、我が子に不治の病を告知された家族のようだ。
 けど。たぶん、花子は不治の病ではない。これはもしかすると──。
「電池切れかな?」
 私が花子を贈ったのはいつのことだったろう。日付までは思い出せないが、十一月中なのは間違いない。家から持ち出す際に入れておいた新しい電池も、一ヶ月を過ぎればそろそろ尽きるか。この神様、どれくらいの頻度でゆらゆらさせてたのかねえ。
「でんち……」
「ぎれ?」
 二振りがばっと私に顔を向ける。「電池」なんて知らない、といったオーラがありありと浮かんでいた。
 そういや、土佐弁の付喪神にダンシングフラワーが電池で動く事を伝えてたっけ? ……あ、伝えてないや。スイッチのオンオフしか言ってなかった。なら知らなくて当たり前だ。申し訳ない。
「ごめん、電池のこと説明してなかったね。花子のご飯みたいな物かな?」
「ご飯……? 花子は腹が減っちょったんか」
「んー、ただの電池切れならそんな感じ。花子は電池で動いてるから」
「じゃあ花子は、花子は壊れていないのか?」
「どうだろ。それはまだ分かんない。とりあえず交換してみるよ」
 では四次元葛籠からおニューの電池を──、あっ。そうだった。葛籠、兄者と弟さんの所に置いてきてる。はあー、面倒だけど取りに行かなきゃ。また廊下を往復か……。
「葛籠取ってくるね。待っててー」
 微笑む花子を文机に戻して腰を上げると、クールな声が背に当たった。
「その必要はありませんよ」
 膝立ちのまま振り向けば、煤色の髪の刀剣男士が神々の群れを割るようにして立っている。
「葛籠ならここに」
 白い手袋をはめた両手。そこにでーんと乗っているのは、私のマストアイテム、四次元葛籠。わざわざ持ってきてくれたんだ。
「えっ、ありがとう!」
 ナイスタイミング。ナイスアシスト。これは助かった。ドヤ顔なのが少し気になるけど、ありがたいよね。行ったり来たりしなくて済むんだもん。
「いえ、造作もないことです」
 私の後ろへ葛籠を置き、彼は四十五度のきちっとした礼をする。「さすが長谷部」「点数稼ぎー」「自分だけずるい」なんて声がちらほら聞こえた。甘酒の空き瓶を片手にしている神様なんかは、赤ら顔で「いい格好してんじゃねーぞおー」と野次を飛ばす。
 な、なんだそれ。この付喪神はいじられ系優等生なの? 拾った印鑑ケースを返してくれたり、庭仕事の手伝いを買って出ようとしたり、今日は葛籠を届けてくれたりで、善意があるなーとは思うけどさあ。
 周囲のちょっかいを刃のように尖らせた青紫の瞳であしらい、煤色の髪の刀剣男士は見物客の一団へと下がっていった。ううむ、強か。
「電池電池……」
 四次元葛籠に手を差し入れ、「単三電池、乾電池」と心の中で反復させる。指先に触れたのは、金属特有のキンとした冷たさ。
「あった」
 親指ほどの長さの固形物を掴み、引き出す。よし、単三電池ゲットだ。消耗品の支給も嬉しいよね。政府様様。
「そのこんまいのが『でんち』かよ」
「うん。花子のエネルギー」
「……えねるぎい」
 土佐弁の神様と布を被った神様が横から、その他大勢が後ろから覗き込んでくる。初めて見る電池に関心があるらしい。
 うう、そうじろじろされたらやりにくいなあ。私は動物園のパンダじゃないんだぞ。
 そわそわしつつ文机に座り、花子を裏返す。電池カバーにはシールの跡が薄く残っていた。花が香るようにして、懐かしさがふわっとこみ上げる。子供の頃に貼ったお気に入りのシール、どんな柄だったっけ。
「『花子』って、もとはあなたの物なんですよね」
 布を被った付喪神の隣に立つ子が話しかけてきた。黒い長髪の刀剣男士を「かねさん」と呼ぶ神様だ。
「そう──だね」
 巡り廻る古い記憶を揺蕩いながら、カバーを外す。
「どこで手に入れたんですか?」
「お父さんとお母さんに買ってもらったんだよ。小学生の時に。デパートのおもちゃ売り場かな? 揺れるだけなのに見てると楽しくて、どーしても欲しくなって、『絶対欲しい!』って駄々こねて……毎日毎日眺めてたなー」
 埋もれていた想い出が蘇り、無意識のうちに頬が緩んだ。
「っ、あはは。私ってば、弟に盗られないようにさあ、学校行ってる間は鍵付きの抽斗に入れて、寝るのも一緒でね。お風呂場にも持ってってた。まじやり過ぎ」
 想い出が音になる。誰に聞かれたわけでもないのに、零さずにはいられなかった。
 懐かしい。懐かしい。懐かしい。
 神様へのお土産にしちゃった時は忘れてた。私は薄情だなあ。思い入れがないなんて嘘。このダンシングフラワー、小学生の私にとっては宝物だったんだ。
「……わしがもろうて良かったがか?」
 おずおずとした声がする。右にいる土佐弁の刀剣男士は、神妙な顔つきで私を見ていた。
 さっきの話で彼も分かったんだろうな。「花子」が私の宝物だったってこと。それで、気にしてるんだ。
「うん。いいの」
 確かにこの子は私の宝物だった。想い出も消えてない。──でもね。
「あんた、大事にしてくれてるでしょ」
 爪を立てて電池を抜き取り、新たなものを入れる。そうしてスイッチを押すと、花子は右へ左へ揺れ始めた。
「う、動いた!」
「花子っ」
 文机に齧りつかんばかりの二振りは、可笑しいくらいに余裕がなさそうで。
「花子」は今、とっても大切にされている。じゃあ、それでいいじゃない。彼に委ねて大丈夫。
「『花子』をよろしくね」
「お、おう! まかせちょけ!」
 白い歯を見せた土佐弁の神様は嬉しさを満開にさせており、あげて良かったな、と。胸がじんわり温かくなった。

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