雪解け - なんとはなしに

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 本丸全体の浄化をしたのち、私が取り掛かったのは──畑仕事である。
 いや、なんというか、刀の修繕とか本丸御殿の掃除とか色々したい仕事はあったんだけど、悲しいことに今の状況を考えてできそうなのがそれしかなかったっていうか、うん。
 だって、あの子達私を殺す気ムンムンだしさあ、ちょっと目が合っただけで刀向けてくるしさあ、近付けないじゃん? しょうがないしょうがない。
 離れ二つ分ほどの面積がある大きな畑。土は渇き、枯れた雑草だらけで、こんな土壌に育つものがあるのかいささか不安である。だが、こんのすけが「浄化によって本来の肥沃な土に戻るでしょう」と言っていたので、それを信じてちょいと農耕してみることにしたのだ。実を言うと、ガーデニングとか農作業とか好きなんだよね。田舎のおばあちゃんの影響で。
 まずは畑の整地をすべく、ひたすら鍬を振るう。最近運動してなかったので腕が痛いが、休み休みで少しずつ進めていった。しかしこの広さ、一日では終わりそうもない。ま、明日から手持ち無沙汰にならなくていいや。しばらく畑仕事に打ち込もうっと。……斉藤さん、怒るかな? 審神者辞めて農家に転職しろとか言わないよね?
 鍬や鎌、長靴、シャベルなどの農具は四次元葛籠から調達した。ほんと、あの葛籠便利。ていうか、農具も支給品なのね。政府の基準が分かんないなあ。食料は自給自足しろって?
 初春の日差しのもと、黙々と作業を続ける。鍬を振るなど、何年ぶりだろう。なんだかお百姓さんになった気分だ。中学生の頃まではよくおばあちゃんの畑仕事手伝ってたよなあ。
 こんのすけは畑の脇で静かにちょこんと座っている。現場監督? 手伝ってもらうにも、こんのすけは小さい狐だから無理無理。手だって肉球で、農具なんて持てないだろう。せいぜい雑草取りくらい? 
 ……はっ、狐と畑仕事とか超ファンタジー。超ディズニー。あ、憧れるかも。……いや、人間嫌いのこんのすけにそんな雑用させるのは、うーん、神経逆撫でしちゃう? いただけないなあ。
 くだらないことを考えたり、無心になったりしながらも、畑打ちの手は止めない。
 ああ、今も今とて監視されてます。黒髪の子と交代したみたいで、青い髪の男の子が一人、ね。険しい顔でじーっと熱い視線を送ってくれてるわ。んもー、私が何したっていうんだ。いやまあトラウマ持ちだから仕方ないのかもしれないけどさ。
 もちろん、私を嫌うあの子達に襲撃されるのを防ぐため、畑周囲にも大きく結界を張りました。いのちだいじに。もう一度言おう、いのちだいじに。
 小一時間ほど力仕事を続け、私の心身は悲鳴をあげた。
 腕限界! 手のひら痛い! 軍手越しでも痛い! くっ、耕耘機どこー! ヤンマーのでもホンダのでもいいから、耕耘機くれ政府ー!
 私は現代っ子でひ弱である。体力もない。
「もー、むり。きゅ、休憩……」
 鍬を畑に打ち刺して、よろよろとこんのすけの側に向かう。私に今一番必要なのは、誰がなんと言おうと休憩だ。そして耕耘機。
「こ、こんのすけ。ちょっと疲れた。休憩、休憩」
 ぜえはあと息を上げて告げれば、小さな狐は黒い瞳をパチパチさせて挙動不審に陥った。なんなの、くたびれた私はそんなに滑稽か。ええ?
 心の中でむっとするが、突っかかる気力はない。水、水はどこだ。井戸に行かなければ。
 重い足を引きずり、水を求めて井戸まで歩く。水筒も用意しといたらよかったな、と思った。水を飲むのにいちいち井戸で水汲みとか、実に不便である。
 さあ井戸に到着。ただ、水にありつくには釣瓶を引かなければならない。使い過ぎた腕をぷるぷるさせて、どっこらしょと汲み上げる。ぐおおおおお腕が、腕がああああああああ! ……釣瓶が憎い。蛇口が恋しい。
 柄杓に水を掬い、口を付ける。あーおいしい。冷たくて気持ち良い。生き返るー。
 清らかな井戸水を二杯ほど一気に飲み干し、残った水で顔を洗う。汗ばんだ肌がきゅっと引き締まった気がした。
「ふいー」
 深呼吸を一つして、その場に座り込む。水気が漂っているせいか、井戸の側は涼しい。うん、ここで少し休憩しよう。
 本当は寝転びたいくらいだったのだが、さすがに剥き出しの地面に背をつけたくはなかった。芝生なり青草なりが生えていたなら、すぐにでも横になっていただろう。
 浄化は成功したみたいだけど、草、ちゃんと生えてくるのかねえ。せっかく空と空気が綺麗になったのに、大地だけが荒れっぱなしなのは悲しい。池の水も湧くといいなー。枯れ木も元に戻るのかな。池の周りの木は幹からして桜っぽいけど、畑の向こうのあれはなんの木? 果物のなる木だったら嬉しい。
 周りの風景をぼんやり眺めていると、こちらに向かって枯れ草の絨毯を歩む小さな狐の姿が視界に入った。何か用でもあるのかな。
「何、どうしたの? なんかあった?」
 ちいさなあんよでトテトテと近付いてきたこんのすけに声をかける。小さな狐は一定の距離を空けて歩みを止め、歌舞伎役者のような装飾のされた面(つら)を私へ向けた。黒い瞳は私を見ているようで、見ていない。──視線が合ってないもん。
「……いえ、特には。覇気のない顔をされているので、ご気分が優れないのかと」
 えっ、私そんなにヤバい顔してる? 確かに疲れてるけど、いや休んだらまだいけるよ。
「あー、ちょっと疲れただけ。休んだら治るよ。大丈夫」
「そうですか。あまりご無理はなさらぬよう……」
 言葉だけをみれば心配されている風だが、それは違うな、と感じる。
 無感情な声音。意味を持たぬ言辞。「心配」なんぞしていない。上辺だけだ。この狐は芝居が下手だなあ。大根役者だ。や、本人も分かってやってるのかもしれないけど、おっかしいの。
「ふはっ、うんうん、大丈夫大丈夫」
 怒りも不満もわかず、つい、可笑しくて笑ってしまった。
 するとこんのすけは面食らったのか、戸惑っているのか、あからさまに視線を彷徨わせる。私がどうして笑ったのか、分からないのだろう。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
「んっ、ふっふっふっふ……」
 この狐は、中々どうして分かりやすい。私がこんのすけの態度を面白いと感じるのは、彼(式神に性別があればだが)が冷静を装いきれていないからだろう。
「何か、可笑しゅうございますか」
 遠慮がちに問われ、にっかりと微笑む。
「んー? べっつにー。こんのすけって面白いね」
 一人くつくつと笑えば、小さな狐は聞き取れぬ何かをまごまご言って、黙り込んでしまった。
 人とは違う獣顔は、ぱっと見何を考えているのか察しがたい。声色も淡々としていて感情が読み取りづらく、やけに丁寧な言葉遣いもあってか、昨日は冷たい印象を大きく受けていた。今はそうでもないけれど。
「管狐」とかいう奇怪なモノなのに、姿形が狐のくせに、人間臭いなあ。
 そんな感想を勝手に抱いて、私はひとしきり笑うのであった。

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