雪解け - なんとはなしに

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 時の政府にスカウトされて、未来人のもと「審神者」とかいう怪しげな職に就いた私。
「本丸」とかいう切り取られた空間で半軟禁生活をしている私。
 職場の仲間と上手くやっていけていない私。
 決して恵まれているとは言い難いけど、うん、まあ、なんとか音を上げずにやっていってます。体は健康そのもの。お給料もしっかり頂いちゃってるので、今後もヘコタレずに邁進していく所存です。
 ……。
 ……。
 なんて、堅苦しくて虚しい一人遊びは止めにして。
 三月の初めに着任し、あれから一ヶ月、二ヶ月と飛ぶように時間が過ぎた。
 これまでの私の取り組みと成果は、こんな感じ。
 一、畑の整備。春蒔き野菜がすくすくと育ってます。
 二、池の整備。初任給で購入した錦鯉が数匹泳いでいます。今の私の癒やし。
 三、庭の整備。離れと畑の周りに四季の花々を植えてみました。紫陽花の開花が楽しみです。
 四、離れの修復。資材と私の力を使って(謎原理)、ひび割れた土壁や破れた障子を直しました。
 ……うん。本来の審神者の仕事に全く関係ないことばっかりだ。分かってる、自分でも痛いくらいに分かってるから、お願い責めないで。斉藤さんにも政府の皆様方にも申し訳なく思ってますから! あんなに高い給料もらっといて結局農作業とガーデニングしかやってないの? って、自分でもつくづく思ってますから!
 いやだってねえ、現状がねえ、思わしくないんだよほんとに。非常に。予想以上に。
 はいまずは補助役の管狐「こんのすけ」ちゃん。
 人間嫌いのこの子はね、ほんのちょっぽしは態度が軟化しましたよ。最近目が合うようになって、たまに世間話もするし。壁はまだまだあるけど。溝もまだまだあるけど。あとは時間の問題だろうか。もしくは何かキッカケがあれば──……とにかく、こっちはまあ大丈夫。仕事に大きな支障なし。
 問題は。大問題は。
 歴史修正主義者との戦いに大きな役割を持つ、付喪神「刀剣男士」。こいつらがねー、もっぱら悩みの種です。もう匙投げたい。
 あいつら、出会ってまるまる三ヶ月くらい経とうというのに、全ッ然心許してくれないんだって。近寄らせてくれないっていうか近寄ろうとしたら斬り掛かられました。あの時は心臓止まったなあ。本気で「死ぬ」と思った。「殺られた」と思った。結界のおかげで無傷だったけど。
「怪我治そうか?」「傷治させてくれない?」と離れたところから声をかけても、ひと睨みされるか「出て行け」と怒鳴られるかで、んもーお手上げ。私、どうしたらいいの。物で釣ってみる? 刀の好物って何だ。思い付かない。
 あれ? 刀剣男士って私の仲間じゃなかったっけ? ……はあ、うん、前の審神者さんのせいだってのは心得てるよ。人間不信だからしょうがないんだよね。
 でも、「私」はなんにもしてないじゃん。傷つけたわけでも、何かを強制したわけでもないのに、なんでここまで嫌われて、避けられて、攻撃されなきゃいけないわけ? むかつく。
 目が合っただけで刀を抜かれなくなっただけマシなのかなー。うーん、腑に落ちないというかなんというか、もやもや。
 本丸御殿の掃除と修復、刀の修繕が一向にできそうもないのが困り事だ。いつになってもノルマ達成できないし、業績も上がらない。減給にでもなったらどうしてくれるんだ。これからの月給とボーナス見越して十二月に豪華な家族旅行計画してるんだぞこの野郎。
 ちなみに、この前こんのすけに聞いた刀剣男士に関する情報は以下の通り。
 本丸に現存する全刀剣は八十四口。
 ……多くない? いや書類に「現在確認されている刀剣男士がほぼ揃っている」とはあったけど。これでさあ、約七十(付喪神)対一(人間)とかになったら(なってそうだけど)泣くしかないよね。尻尾巻いて逃げるよ。
 それぞれ種別すると、短刀十九口、脇差八口、打刀二十三口、太刀二十二口、大太刀五口、槍三口、薙刀二口、剣一口。
 で、総数のうち八十一口が重傷、一口が中傷、二口が軽傷。
 ……ええと、いまいちイメージはつかなかったけど、とりあえずひどい状況なのは察した。政府からの事前資料にはこんなこと書いてなかったぞ? 「負傷している複数の刀剣男士が居る」としか書いてなかったぞ? もうどういうこと。「複数」じゃないよね、「殆ど」「大半」だよね。
 動き回れる子が三人(三口?)だけで、残りは意識がなかったり身動きとれなかったりって、どんだけなんだ。私の監視がだいたい同じ男の子なのには、そういう訳があったんだなあ。頼むから早く治させて。
 あの子達もあの子達でよく我慢できるよなあ。自分も仲間も痛くて辛いのに、人間が嫌いだからって治療させないとか逆に鬼畜じゃない? 私のこと利用すればいいのに。治させるだけ治させてさ。
 と、まあ、なにはともあれ、まだまだ当分やるべきことができそうもありません。斉藤さん(政府)も仕方がないと容認してくれていることだし、仕方ないよね。早く治してあげたいんだけどな。
 だって実際に斬ってかかられてるんだもん。襲われてるんだもん。結界があるとはいえ最悪殺されるかもしれないのに、接触なんかできない。いのちだいじに。
 あー……しかし、手詰まりだなー。どうするかなー……。
「考え事ですか」
「んっ」
 不意に聞こえた声に、顔を上げる。今までのあらましを回想したり、色々と考えたりしていたせいで、思考の海に沈んでしまっていたようだ。数十分ほど時が進んでしまっている。
「あー、うん、まーね」
 少し離れた所に座るこんのすけをひと目見て、視線を真っ直ぐに戻す。
 私、縁側で一休みしてたんだっけ。畑仕事が一段落したから。はあ、ぼうっとしてるうちにいつの間にか考え込んじゃってたんだなあ。
 ふわり、と、五月の薫風が頬を撫でた。青々とした芝生。辺りは若葉の緑でいっぱいであり、あちらこちらに蒲公英などの野花がいじらしく顔を見せている。朱い太鼓橋の掛かる池の水面には陽光が煌めいていて、時折錦鯉が跳ね水音が鳴った。日に日に青みを増す空には、蝶や鳥が舞っている。
 なんと、麗しい風景だことか。
 ここへ来た当初の荒れようが嘘のようだ。
 惜しむべくは、池を囲むように立つ桜の木。あれらは今年の春、咲かなかった。蕾もつけず、新芽も出さず、丸裸でただ立っている姿は痛ましい。
 こんのすけは、「浄化はできているはずだから、きっと来年は咲くだろう」と、そう言った。次の春、花見ができることを切に祈る。
「向こうに雲が出てきたね」
 ぼんやりと眺めていた空の遠くに、厚そうな雲影が見える。黒みがかっているので、雨雲かもしれない。
「……ええ。おそらく乱雲でしょう。数刻もすれば雨が降るかと」
「お。じゃあ、洗濯物取り込まなきゃ」
 こんのすけの天気予報は大抵当たる。式神の力なのか聞いてみたが、そうではなくて単に空を読むのが得意なだけらしい。助かってます。インターネットには本丸地方の天気予報なんてないんだもん。
「んーっ」
 両手を上げて大きく伸び、縁側からひらりと降りる。池を挟んだ向こう側には、切り傷まみれの中学生か高校生くらいの男の子。あれ、神様なんだよ。人間にしか見えないのに。
 監視は大体三人(三口?)でローテーションされていて、今日は黒髪の子が見張り当番のようだ。なんだっけ、魚の名前の──だめだやっぱ覚えられないなー。よく見るのはこの子と、青い髪を結った男の子の二人。明るい灰色の髪の小さい子は足に大怪我をしているみたいなので、あまりお目にかからない。
「毎日毎日ご苦労だよね。怪我してしんどいんだから、休んでればいいのに」
「時間遡行軍より受けた傷は自然に癒えるものでは有りませぬ。休息を取れば良いという話では……」
「あー、そうだったそうだった。お手入れしないといけないんだっけ? さっさと治させてくれたらいいんだけどなあ」
 全く、力の持ち腐れである。彼らも彼らでいつまで痩せ我慢を続ける気でいるのか。複雑な事情があるにしろ、ちょっと呆れてしまうわ。ある意味忍耐強いよね。私だったら治すだけ治してもらって、あとは完全無視決め込むけどな。
「ま、しょうがないよ。気長にいこう」
 弛みなく向けられている警戒心を孕んだ眼光を一瞥し、物干し竿のもとへ歩き出す。雨の降らないうちに、大気が湿らないうちに、洗濯物をしまってしまわなければ。ここには乾燥機などないのだから。
 ふと足元の狐を見やれば、しかと視線が交わる。クリクリしたどんぐり眼は愛らしい。笑顔をニコリと贈ると、こんのすけは口をもごもごとさせた。これ最近よく見るけど、どういう仕草? 照れているのか、気まずさを覚えているのか、それとも「こいつ笑いやがった気持ち悪い」と思ってるのか──動物博士じゃないから分かんないわ。政府のお偉方、動物博士でも派遣してくれないかな。
 気持よく乾いた衣類を籠に放り込みながら、空を仰ぐ。緩やかな風に乗って、遠くの雨雲がじわりじわりと躙り寄ってきていた。微かに漂う湿っぽい匂いに感じるは、雨の気配。
 ──もうすぐ、梅雨がやってくる。

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