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あとちょっとだった。私が最初に家具を出していた部屋まで、もう一本道になっていた。廊下を進み部屋を抜け、靴さえ履けば脱出できるはずだった。
でもさあ、通りすがった和室に狐が一匹、ぽつんとお座りしてたらどうする? で、刀剣男士は一振りもいないの。
……悔しいけど停車しちゃうよね。
*
ぴんと立つ耳、ふさふさのふっくらとした尻尾。一瞬、こんのすけかと錯覚してしまったけれど、行灯に照らされた毛色や肉付きは少し異なっていた。
我が相棒の被毛は黄色みが強いが、その狐はベージュに近い色をしていて、顔や体に朱の紋様がない。代わりに白い麻呂眉がある。眼はこんのすけより一回り小さく、しゅっとした体は実にスマート。首には勾玉の首飾りがあった。ラピスラズリのような玉が連なる、濃い赤の勾玉──お守りの一種だろうか。
いや、そんなことよりも。
……狐。狐が座って私を見上げてる。目が合ってる。絶対目が合ってる。
ついついガン見すれば、狐はぱくぱくと口を開け閉めし始めた。
「あ、う……こ、こんばんは」
ぎくしゃくとした挨拶。分かりやすく狼狽えるなあ。警戒されてるでしょこれ。けどこの子、逃げないね。ていうか喋った。ほんとに喋った。や、「亀吉と違ってお供の狐は口を利く」ってこんのすけから聞いてたし、付喪神と話してるとこを遠くで何度か見てるから、この狐が人語を話せるってのは知ってたんだけど──。
「こ、こんばんは……」
うひゃあ、ファーストコンタクト。念願叶ったり。
興奮を抑えて返事をし、私と狐の初会話は一旦それで終わった。が、さよならはしない。狐もそこに座ったままである。
ああ、話しかけたい。話しかけよう。いいよね? も、もうちょい、二言三言だけ。うわあ緊張する。
「一人で何やってるの?」
言って、誤りに気付く。「一人じゃなかった一匹だ」と。どうも私も動揺しているらしい。否、狐への欲求で昂ぶっているのだ。秒で触りたい。
「ええと、そのう──」
立派な耳がしゅんと下がる。犬が怖がる仕草みたいに。
狐はしばしもごもごしていたが、次第にぽろぽろ話しだした。その語り口は独特なイントネーションで、耳に残る音だった。こんのすけと同じ狐であってもこんなに声が違うとは、まさしく別人──別狐。
聞くところによると、「狐と『なきぎつね』という付喪神はこの部屋のレイアウトを一任された。『なきぎつね』は他の神様たちに意見を貰いに行っていて、狐は留守番しながらどんな家具を置くか知恵を絞っていた」とのこと。
「ここは何の部屋?」
刀剣男士の私室ゾーンから離れたここは、どういった部屋になるのだろう。
「ええと……談話室、でしょうか。皆が寄り集まって寛げるような、憩いの場を設けようということになりまして」
出会った直後は気を動転させていた狐も、私に慣れてきたのかまあまあスムーズに物を言うようになった。まだおどおどはしてるけど。
「へえー、談話室」
私室の割り振りに、医務室、談話室……神様も色々考えてるんだなあ。
しみじみと思い、室内を満遍なく見回す。寒々しいほどにがらんとしていた。小型の行灯しかない。追加の家具は部屋の構想を決めて請求してくるのだろうか。
「時に審神者どの」
おっ、話しかけられた。嬉しい。
「ん?」
部屋を見るのをやめ、狐と目線を合わせるためにしゃがみ込む。邪魔になった葛籠はその辺に置いた。怖がらせたくはなかったので距離は変えない。はー、ほんとはぎゅーんと近寄りたいです。抱っこ、もふもふ……。
「憩いの場を作るべく、審神者どのはどのような物があれば良いと思われますか?」
「え? うーん……」
訊ねられて唸る。
憩いの場。寛ぐなら座ったり横になったりできるといいよね。「談話室」かー……一般的な居間やリビングはどうなってるっけ。
「……あっ」
実家、祖父祖母の家、私が借りていたマンション、どこかで見たモデルハウス──思いつく限りの間取りを出し、とある家具を閃いた。
「こたつ。こたつなんかどう?」
和室にこたつ、いいじゃん。季節感もある。名案だ。座布団敷いて火鉢を囲むっていうのもアリだけど、こたつの方が快適だよね。冬は始まったばっかりだし。
「こ──『こたつ』、とはなんでしょう」
左へ僅かに首を傾げる狐。はい、かーわいい。……じゃなくて、「こたつ」も知らないのかー。人間らしい暮らしをしてないなら仕方ないのかな。前の審神者はこたつも座布団も配備してなかったんだね。なんなんだろ。
「こたつは暖房器具だよ。机に布団がついてて、中にヒーターがあって、暖かいよー。みんなでまったりするには最高」
「机に布団? ひいたあ……?」
麻呂眉を額に寄せて不可解そうに呻く狐へ、「こたつ」が何たるかを説明してみるも、彼(彼女?)の頭上にふよふよ浮かぶはてなマークは解消されない。「机がこうあったら内側のここにヒーターがあって、上の板が外れるからそこに布団を挟み込んで……」と、多彩なジェスチャーも使ったが伝わらなかった。
「あ、試しに出してみようか」
百聞は一見に如かず。これ以上口で説明するのは難しいので、現物をご覧になっていただこう。んー、こたつは支給品扱いになるかな? お願い。そうでありますように。
「絨毯もあるといいよね?」
「あ、あの、ええ、はい……なんと申しましたらよいか。わたくしにはよく分からぬもので」
「そっか、じゃあ任せて」
かわゆい狐のためならやる気も出る。意気軒昂と行灯を部屋の隅に押しやり、狐にもどいてもらった。スペース確保。
「よーし」
まずは絨毯だ。大きさどうしようかな。うーん、適当でいっか。部屋に収まりゃいいよね。絨毯絨毯、ふわふわの冬用で、丈夫なやつ──。
開けた葛籠を逆さに振りながら念じると、鼠色した絨毯がふぁさっと畳に舞い降りた。長方形のそれは思ったよりも大きく、縦が部屋の広さのギリギリだった。
「……ちょい大きかったかな? でもまあ、収まったし!」
お試しだもん。気にしない気にしない。絨毯がこの形ならこたつも長方形だよね。
「これ、絨毯。こたつの下に敷くんだよ」
「はっ、はい」
吃る狐は耳の先をぴこぴこさせている。いちいち可愛いなー。その耳、指でぽすっと挟みたい。
「次、こたつね。出てこなかったらごめん」
出ますように、出ますように。ううん、出ろ!
祈って命じて葛籠を一振り。想像するのはビッグサイズのこたつである。四人、六人と言わず八人も十人も座れるような、おっきいこたつ。布団と机がセットされた状態で出てきて欲しいな。組み立て式はめんどいからヤだ。工具もないし。……んん? あ、やば、コンセントどうしよ。ここ電力ないじゃん! やっば!
手抜かりに気付くも遅かった。「やっば!」と思った時には、ばっちりこたつが登場していた。しかも私の願い通り、こたつ布団が綺麗に掛かった完璧なるお姿で。