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床板の軋む音がする。耳を澄ましてやっと聞こえる、微かな足音だった。
「審神者どの、鳴狐が戻って参りました」
なきぎつね。この子が供をしている付喪神。
……戻って来ちゃったのかー。
「え、ああ、うん」
ズボッとこたつから出たお供の狐は子供のようににっこりとしている。その喜びに水を差したくはないのだが、私は残念でならなかった。絨毯に肘をついたまま「邪魔者が入った」なんて思ってしまった私を許して欲しい。だ、だって、前々から目を付けてた子(狐)との待ちに待った交流だよ? 刀剣男士が嫌なんじゃなくて、もーちょっと二人で親交を深めたかったっていうか。
「鳴狐、鳴狐ー! 審神者どのがお見えになっておりますよおー」
軽快なステップで廊下へ消えるお供の狐の、そんな声が響く。神様を迎えに行ったのだろう。
ああ口惜しや。あと少しでもふりに持っていけたかもしれないのに。いやでも、名前(?)を呼んで話せるようになったのは大きいよね。今回はノーもふもふで我慢するか。
「さあさあ、早く」
一度は遠くなったお供の狐の声がまた近付いてきて、弱い足音も鮮明になってゆく。
来ちゃうよねえ。来ちゃうよなあ。と、手に汗握れば、刀剣男士がこんばんは。私は腹をくくってなみなみ注がれた諦観を呑んだ。
「審神者どの、ご紹介致しましょう。これなるは鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します。わたくし共々どうぞよしなに」
すらすら綴られる言葉に淀みはなく、お供の狐は機嫌良さげに他己紹介を行った。神様の肩の上で。
ちょっぴり寂しくなる。肩に狐を乗せたその姿を、自分と相棒に重ねてしまって。やっぱりこんのすけが居ないと物足りない。出張なんかせず二十四時間側にいて欲しい。
「こんばんは。お邪魔してます」
うつ伏せに寝ていた私だったが、挨拶ぐらいはきちんとしようと起き上がり、正座になる。こたつを出るなり肌に染み込んだのは冬の寒さ。温まった体温がじんわりと奪われる。
「……」
なきぎつね、という刀の神様は、顔の下半分をお面で覆っていた。鼻筋から顎までの皮膚が隠れ、口と鼻腔にあたる部分には穴が空いている。行灯の火が浮かび上がらせたそれは、獣を象るものだった。
「……」
黒い面の中にある唇は微動だにしない。いささか間が長いんじゃなかろうか。単なる挨拶の返事をするだけなのに、考える時間こんなに要る? シカト? シカトなの?
「ああ、鳴狐は何分無口でありまして、人付き合いも得意ではなく──故に、わたくしめが代わりを務めているのです」
気まずい空気を垂れ流しそうになる前に、お供の狐の解説がきた。
「そ……そうなんだ」
無口。無口か。なら式神みたいに喋れないわけじゃないんだよね? 社交も苦手なあ……ここの神様たち、個性豊か過ぎない? 一振り一振りのキャラ立ちがすごい。
「なきぎつね」なる刀剣男士は声を発さず私を見下ろしており、瞬きを忘れているんじゃないかと思うくらいの凝視だった。なんと強圧的な目力だ。言いたいことでもあるのかな? なんで私がこの部屋に居るのかとか、この机と布団は何なのかとか。
「鳴狐。今しがた審神者どのが通り掛かられ、わたくしにお知恵を貸してくださったのです。この珍妙な机は『こたつ』と云う物。皆の憩いの場にどうかと審神者どのがお出しになられました。足を入れると温かいですよ」
一部始終を説こうか迷うも、ありがたいことにお供の狐が全部話してくれた。私は一匹と一振りをこそっと見守るだけ。
「……」
だんまり屋の付喪神が狐の顎を指先で二、三度掻く。労るような手付きだ。お供の狐も目を線にしてリラックスしている。彼らは良き間柄なのだろう。……いいなあ。
お供の狐へ向けられていた瞳がこたつを中継して私に転じる。吊った目尻に細い瞳孔。眼の下や目頭などには朱が差されていた。
「気になりましょう、気になりましょう。鳴狐もぜひ『こたつ』の体験を。なかなかどうして居心地が良いですよお」
神様の肩をぴょんと飛び降り、狐は私の側でこたつ布団をめくった。悪意なき笑顔で。
刀剣男士をこたつに招くのはいいとして、よりにもよって私の近く? そっちもあっちも空いてるじゃん。広いとこにしなよー!
「あ、ここ入る? どくね」
口の中の唾を飲み込み、すかさず対処。膝で歩いてふかふか絨毯から畳へ退避した。これで「なきぎつね」がそこに座っても近距離にはならない。うむ、上出来だ。
「おや、審神者どの。場所をずらさずとも良かったですのに……」
お供の狐が申し訳なさそうに麻呂眉を寄せる。可愛い。頭わしゃわしゃしたい。
「ううん、私がそこにいると座りづらいでしょ? 面積的に」
胸をきゅんとさせてお供の狐に熱いビームを送っていると、神様が動き出した。ふくらはぎまである服がそよぐようにして揺れる。コートかと思ったけれど違った。細幅の帯で腰に巻き付けられた布だ。軍衣みたいな装いは、「あわたぐち」の短刀やお兄さんのそれと似通っている。狐を連れた彼も、「あわたぐち」に属しているのかもしれない。
「鳴狐、この掛け布へ足を入れるのですぞ」
甲斐甲斐しく誘導するお供の狐は、子の世話を焼く親御さんみたいだった。
「……」
悠々とした足取りでこたつに行き、身を屈める「なきぎつね」。彼の足は狐の前脚が開けた小さな穴へ埋没していった。左寄りにこたつへ座った神の腰には刀が差されており、鞘のお尻がこたつ布団からちょこんとはみ出ている。
「どうですか、鳴狐」
狐が尋ねれば、刀剣男士の頭が前の方に沈み、戻る。スローモーションのような動作は、どうも頷きらしい。
「ええ、ええ、そうでしょう? この『こたつ』であれば、皆で座って語らえますなあ! おまけに温かい!」
嬉々としたお供の狐へ、付喪神はもう一回頷いた。そうして、緩やかに首を回す。夜に陰った金の眼で私を捕捉し、彼は己の隣をぽんぽんと手で叩いた。「こっちに座れ」とでも言うように。