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内心ぎょっとした私にお供の狐は朗らかな笑みをくれる。
「ほほう、審神者どのも? 良いですねえ」
何がどう、って言ってはないけど、「良くない」のは分かる。不穏。不穏だ。
「審神者どの、審神者どの。どうぞこちらへ。畳の上ではお寒いでしょう」
うわあ、だよね。流れ的に。
「えっ、いいよいいよ。私もう帰るし」
「何をおっしゃいますか! 遠慮なさらずぅ」
んんんんん遠慮じゃないんだよお供ちゃんー!
「……」
神様は神様で超見てくるし! その圧力なに!?
「えー……?」
「さあ、さあ、どうぞ!」
……。
……。
……私は負けた。「なきぎつね」によるプレッシャーと、お供の狐の無邪気に煌めく双眸に負けた。ついでに言うと「なきぎつね」がお隣ぽんぽんを連打してきて、その催促にも負けた。
「……あー、じゃあ……ちょっとだけね」
──三分、ううん五分。五分座って帰ろう。座るだけ座れば神様もお供ちゃんも気が済むかな。
膝頭を擦りながらこたつに進行。大玉スイカ三つ分ほどの間隔を空け刀剣男士の横に着席したのだが、「なきぎつね」がこちらに詰めてきた。なんでそうなる。その上じーっと、じいいいいいいいいっと、観察するみたいにして私に目を固定してさあ。視線が痛いです。
「ではわたくしも失礼して」
私の右隣にいそいそと入るのは、お供の狐だ。近くに来てくれて嬉しいし、可愛いんだけど、一つ言わせてくれる? どうして私を真ん中にした。そこは付喪神、お供の狐、私、で良かったんじゃないの? ねえ。どうして付喪神、私、お供の狐にしたの?
「ふうむ……やはりわたくしの体長では、こうして寝そべらねば温もりに届きませんなあ」
「んー、それはそうだね。このこたつ大きいし」
「審神者どのや鳴狐には丁度良さそうですね」
「あはは、そりゃ人間が使う大きさだもん」
「……わたくしのような小さきものに合った『こたつ』もあるのでしょうか?」
「うーん……あっ、あるある。犬猫用のこたつとか。ペットショップで見たよ」
「さ、審神者どの! わたくしは犬でも猫でもありませぬー!」
「やー、ごめんごめん! 狐だね」
「むむむ」
「ごめんってばー」
ヒーリング効果満載(私にとって)のやり取りをしていると、「なきぎつね」がごそごそしだす。ちらりと見た彼は、寝転がろうとしていた。こたつの魔力にやられたのだろうか。分かる、分かるよ。こたつって座ってたら横になりたくなるよね。
この神様もこたつをお気に召してくれたのかなあ。そうならいいな。
もぞもぞと胸までこたつに収まった刀剣男士を、生暖かい目で眺めてしまう。──……えっ、ちょっと君何やってんの。
「……」
体の右を下にしている「なきぎつね」は私の方を向いていて、ぽす、ぽすと絨毯を叩いている。あれ、なんかこんな感じのさっきもあったような。
「おお、なんと。審神者どの、鳴狐は審神者どのにも臥して頂きたいようで」
はあー!?
「え、ええー? 寝るの? 私も?」
滑稽に裏返った私の声。付喪神はこくりと首を縦に振った。さも当然だという風に。
「なんで? 私は座ったまんまでいいよ」
やんわりお断りするも、刀剣男士がしぶとく手を上げ下げする。こやつめ、退かぬ気だな? でも私も折れんぞ。
「こたつに入って寝るの、いいよねえ。絨毯も寝心地最高だし。手袋外して触ってみたら? ほんとふかふかだよ」
必殺、話題すり替え。どうだ。
「必殺」といっても素知らぬ顔で話をチェンジするだけなのだが、有効だった。神様は何も言わずに私を見つめ、片方の手袋をゆっくり取る。絨毯に落とされた黒い手袋には、手首に金のラインが入っていた。
暈けた墨のような薄い闇に浮かぶ白い肌。良い形をしたその手は絨毯までゆるゆると下降してゆき、長い毛足へ到達する。感触を確かめている五本の指が、車のワイパーみたいな動きをしていた。
「ふかふかでしょ? ずーっと触ってたくなるよねー」
手のひらで毛先を撫でたり、指間に毛を挟んだりして絨毯をいじる「なきぎつね」。よし、魅入られておる。私が帰るまで絨毯もふもふに没頭してくれ。
「……」
ん? もふもふの手が止まった。わ、だめだめこっち見ないで。って、あああああああ。
絨毯を離れた神様の手が結界間際までやってきて、ある行動をとった。ぽす、ぽす、と。
ぐうっ、諦めてなかったのか……。
「審神者どの、良いのですよ。鳴狐にお気遣いなく、ばーんと横におなりください」
お供ちゃんも何言ってんのー!
「もおー、私はこのままでいいんだってば」
苦笑いすると、白っぽい灰色の頭がこてんと傾く。感情の読めない瞳をたっぷりと私に据え、彼は初めて口を開いた。呼吸のためでも気まぐれでもなく、声を出すために。
面具に覗くあの口元が動くのを、私はこの目で見たのだ。
「……だめ?」
低くぼそぼそとした男の声。心臓が一、二と跳ねた。
「だ、だめです」
妙にどぎまぎしながらも頑として断る。ここでごろごろする時間はもうない。こんのすけが帰ってくるまでに晩ご飯を作らないと。タイムリミットは迫ってきている。
「……」
私を見続ける金の眼はしつこかった。なので、「だーめーでーす」と、断ち切るようにきっぱり言う。
付喪神はうんともすんとも答えない。気を悪くしただろうか、怒っただろうか。眉一つ動かないので、この神の心の機微が分からない。
「ごめんね」
ひとまず謝ってみれば、「なきぎつね」はアイドルがやる決めポーズの如く倒していた首を元の位置に戻し、絨毯に片肘をついて少しだけ体を起こす。手袋をしてない腕が伸ばされた。頭をもたげた蛇のような手、その先で三本の指が折れる。彼の白い手が作ったのは、狐だった。
真っ直ぐに耳を立てているそれ。私の顔の高さに居る手の狐。指でできた口が、つん、と結界をつついた。
「──んん」
あの感覚に喉の奥から声が漏れる。ぞわりとしたのは、ちょうど頬の辺りだった。