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大急ぎで夕飯の準備をして、休む間もなく七時になって、せかせかとこんのすけを出迎えて、仲良く晩ご飯。尽きないネタがあったから、今日はいつになく話が盛り上がった。
皿のおかずやお茶碗の白米は減っても、話の種は一向に減らない。花壇での事の起こり、どんな神様に何を渡してどういったやり取りをしたか、ちょっとしたアクシデント……と、絶えず口を動かす。私の話は食後も続いた。それだけ一日の濃度が高かったってことだ。
かなりの長話を、こんのすけは嫌な顔せず聞いてくれる。あ、押し倒されたり首輪が欲しいって言われたりした話の時は若干渋い表情になってたけど。「無礼は許せませぬ」「亀甲貞宗、素っ頓狂な」って小言付きで。
「もう済んだことだし大丈夫だよ。で、次はね、また別の神様が──」
不愉快そうな管狐の顎を指で擽り、まだまだ話す。食器を片付ける間、お風呂に入っている時、私の舌はべらべらと回っていた。そんな中、「『なきぎつね』って子がね」と言うと、お湯を張った桶に浸かるこんのすけの目がまん丸になる。何に驚いたのかと聞けば、「刀剣男士の名をお覚えになられたのですね」と。
私も「えっ」てびっくりした。こんちゃんに言われて初めて気がついたんだもん。「ほんとだ、覚えてる」って。
日が経つにつれ付喪神の警戒が弱まり、何十振りかの神様は私に名前を教えてくれていた。でも、「全員と和解してないしな」「いざ呼んで面倒臭いことになると嫌だな」「覚えてなくても困んないしな」「あんまり興味ないしな」「呼ぶ必要もないしな」って思っちゃってて、一つも覚えてなかった。なんとなーく記憶にあるのは、池で探し出した短刀の「あきた」くらい。他の付喪神の──刀剣の名前なんぞ、頭になかったのだ。
不思議なものである。なんか、覚えてた。覚えようとしたんじゃない。多分、無意識。「なきぎつね」「みつぼう」「つるさん」……「からちゃん」「さだちゃん」ってのも聞いたなー。
「んー、ほんとだね」
「誠に、誠にようございます」
私が刀剣男士の名前を覚えていたことや、口に出したことが嬉しいらしく、桶の湯船で最高の笑顔になるこんのすけ。母親に「お友達のお名前、覚えたのね」とでも言われてるようだ。私は子供か。
「聞き過ぎていつの間にか覚えちゃったのかも」
照れ隠しにお湯をぱちゃぱちゃしてしまう私へ、こんのすけは生暖かい眼差しを向けるばかり。恵比寿様みたいに目え細めちゃって、そんな風にされると恥ずかしくなるじゃんか。
お湯と羞恥心とで体の熱が上昇し、のぼせる前に風呂を上がる。報告会に幕が下りたのは、私の髪とこんのすけの毛が乾いた頃だった。優に二時間はあっちであった出来事について話したと思う。省いたところや敢えて言わなかったところもあったから、一から十まで伝えるとなるともっと掛かっただろうな。うん。
「日報、日報。ちゃっちゃとやって早く寝よー」
「では、私は土間の明かりを消して参ります」
「ありがとこんちゃん。火傷しないようにね」
「ええ。この髭を焦がしたくはありません」
「あはは」
蝋燭をふーふーして消火に勤しむ相棒は可愛い。「頑張れ、頑張れー!」って側で応援していたいけど、私は私で仕事がある。政府へ送る日報の作成だ。これは就寝前のお決まり業務になっている。ささやかな自慢をすると、一日も欠かしたことはない。「仕事」だから当然なんだけどね。
文机に座ってノートパソコンを操作していく。テンプレート通りの入力は慣れたので楽々だった。ただし、当てはまらないもの──午後の家具搬入は自由記載欄に文字を打ち込まないといけない。文章を作っていると彼らを思い出してしまって、付喪神たちの顔がぽんぽんと頭に浮かぶ。
……そのせいだろうか。「刀剣男士」のことがいつもより少ーしだけ、本当に少しだけ気になって、画面の右に並ぶ項目の一つ、「刀帳」に目が留まった。ここには彼らのデータが載っている。昔──こんのすけのレクチャーのもと、三月中に一度はクリックしたような気がするが、流し見しかしてなかったように思う。中身が全く記憶にない。
すすす、と、画面上の白い矢印が「刀帳」の上に乗り、私は人差し指に力を入れた。マウスがカチッと音を出して、クリックが成立する。
「おや、刀帳をご覧に?」
「わっ」
「も、申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」
「ううん、ごめん。大丈夫。気付かなかったー。そっち終わったの?」
「はい。火は吹き消しております」
「ありがとう」
「いえいえ、お安い御用です」
一礼したこんのすけは、私の横にぴたりとくっつく。太く立派な髭がパジャマ越しに太腿へ当たった。ちょっとこそばゆい。
「何かお知りになりたいことでも?」
「や、別に? 見てみようかなーって」
お風呂での一件があったので、また微笑ましげにされるかと思いきや、それは違った。
「そうでしたか。もし、不足している情報があれば何なりと仰ってください。私の分かる範囲でお答え致します」
「うん、ありがとね」
真面目に協力の姿勢を見せた管狐。人魂のような朱い紋様のある額を撫で、私はパソコンに視線を戻す。「なぜ」「どうして」と深く突っ込まれたり、ニヨニヨされたりしなくて良かった。
カタログの洋服みたいに並ぶ、番号順になった神様たち。穴あきなのはなんでだろう。目についた一振りをクリックしてみると、自己紹介と思しき音声が自動で再生された。台詞も全て書かれてある。
番号、名前、シンボルマークのようなもの、種類、刀派……じっくり眺めて、別の刀のページを開いていく。
「なきぎつね」は「鳴狐」、「みつぼう」は「燭台切光忠」、「つるさん」は「鶴丸国永」、「兄者」は「髭切」、その弟は「膝丸」。座布団を欲しがったのは「三日月宗近」。
櫛を求めた二振りのうち、赤目に赤いマニキュアの刀が「加州清光」、豊かなポニーテールの刀が「大和守安定」。
油揚げの匂いにつられて私を押し倒したのは「小狐丸」、力を知らしめるために私を壁に押し付けたのは「薬研藤四郎」。
花子の現持ち主の「陸奥守吉行」、一緒になって大事にしてくれている「山姥切国広」。
クッションをあげた三振りは「来派」の刀で、大太刀のあの子は「蛍丸」、だらしなさそうな眼鏡は「明石国行」、赤髪の子は「愛染国俊」。
印鑑や葛籠を届けてくれた「へし切長谷部」、首輪を欲しがった「亀甲貞宗」。
「頼ってくれ」と言ったのは「ソハヤノツルキ」、押入れから出てきた「大典太光世」。
転びそうになった私を助けた「鯰尾藤四郎」、彼に似ている「骨喰藤四郎」。「お兄さん」は「一期一振」といって、粟田口唯一の太刀らしい。
廊下で逃げた「小夜左文字」と、兄である「宗三左文字」に「江雪左文字」。
新たなページを開く度に、私は彼らの「名」を知ってゆく。──「岩融」、「にっかり青江」、「歌仙兼定」、「厚藤四郎」、「鶯丸」、「蜻蛉切」、「浦島虎徹」、「篭手切江」、他にもたくさん。情報量が膨大過ぎて、名前だけでも精一杯だ。その「名」さえも、明日になって覚えているかは分からない。きっと幾つか忘れているだろうし、うろ覚えにもなっていそう。悲しきかな、私のチンケな脳みそでは、七十も八十も一気にインプットできなかった。
……でも、少しは頭に入ったと思う。刀剣男士たちのこと。
「この子はこんな名前だったんだな」「この刀はあの偉人の愛刀だったんだな」「この神様にはまだ会ってないな」
心の中でのそんな独り言に加え、へえ、ほう、と一人関心を寄せる。集中していたせいか時間が過ぎるのも忘れ、私はパソコンに目を釘付けにしていた。時計の針が十二時を回るまで。