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待ち焦がれていた金曜の夜。
「こんちゃん、出張お疲れ様ー!」
乾杯の音頭と共に、こんのすけが両手で持っている陶器の水入れ(小型犬用)へグラスをカツンと当てる。互いの容器は梅酒で満たされていて、私のグラスでは四角い氷が、こんのすけの水入れでは砕かれた氷が、涼やかな音を立てて揺れた。
相棒の定期出張が完了し、今日はその労をねぎらうための宴会だ。パーッとね!
「ありがとうございます」
肉球で挟むように把持していた水入れをお盆に置き、こんのすけがぺろぺろと酒を飲む。犬や猫にアルコールはあげちゃいけないが、この子は摩訶不思議な「管狐」。基本的に人(わたし)と同じで良いらしいので、飲酒オッケー。これまでに濃い味付け(犬猫NG)の肉料理や、玉ねぎ(犬猫NG)たっぷりの味噌汁、フレッシュな葡萄(犬猫NG)などを一緒に食べているけど、こんのすけが体の調子を崩したことはない。うーん、「管狐」ってなんなんだろう?
舌先をちろちろ使い、上品に梅酒を飲む相棒を見て私もぐいっとグラスを煽る。口に広がる液体はとろりとしていて、甘酸っぱかった。とても美味しい。次はロックじゃなくて水割りにしようかな、と思いながら乾きを潤す。
「あーっ、おいしい!」
アルコールが通って熱くなる喉。寒い日に火鉢で温まりつつ、冷たい梅酒を頂く。これもなかなか乙なもの。
「こんちゃん、どう?」
「美味しゅうございます。甘みと酸味が絶妙ですな」
「だよねー! 政府の支給品だけど、けっこう良いお酒っぽくない? 瓶だったし。それなりに高いやつなのかも」
四次元葛籠から頂戴した梅酒には、製品名のラベルがなかった。貼られていたのは「梅酒」とだけ書かれたシールのみ。前もって味見して、梅酒かどうかはちゃんと確認してある。や、政府を信じてないわけじゃないんだけどね。
「政府様様。さ、ご飯も食べよ! 今晩は超張り切って作ったからね。ぜーんぶこんちゃんが食べたいって言ってた料理」
カリカリに炙った油揚げ、鮭の酒蒸し、里芋の甘辛煮、鯛のお吸い物、ブロッコリーのシチュー、いなり寿司、大根サラダ──ちゃぶ台を埋め尽くすのは、どれもこれもこんのすけのリクエストの品だ。
「主様、ありがとうございます……私は日の本一の果報者です」
小さな相棒は幸せそうに微笑んでいる。喜んでもらえて嬉しい。好きな人、っていうか、大切な存在が喜んでくれるのってこっちも嬉しくなるよね。こんちゃんがこうやって笑ってくれるなら、なんでも作るよ私。
「へへへー、こんちゃんが喜んでくれて嬉しいな。たくさん食べてね?」
「もちろんです。今日の私の胃袋は、空よりも大きいですよ」
「無限大じゃん! どれから食べる? 全部取っていこうか?」
「はい。かたじけのうございますが、お願い致します」
こんのすけ用の取り皿へ、一種類ずつ料理を取り分けていく。シチューとお吸い物では、先にお吸い物が食べたいと言うので、別の器に注いであげた。
「いただきまーす」
「頂きます」
手を合わせて食事を始める。初めに口に運んだのは、私が大根サラダ、こんのすけがいなり寿司だった。この子の油揚げ好きは健在である。
「ああ、舌がとろけてしまいそうです」
「おいしい?」
「ええ、非常に」
「良かった。どんどん食べてね!」
「はい!」
飲んで、食べて、話して、数時間は騒いでいた。酒が進み、酔っ払ったままお風呂に行った私たちは、通常では考えられないくらいの大声で歌をうたって、訳もなく大笑いして──強烈な眠気に襲われる。酔い過ぎだったのだ。
ぼーっとする頭、ふらふらする足。管狐も酔いが体に出て千鳥足になっていた。泥酔寸前だったため皿洗いはできず、髪を半乾きにして布団へゴー。うとうとなんてしなかった。即爆睡である。
*
慰労会の翌朝。しこたま酒を飲んでいたが、幸い私も相棒も二日酔いにはならなかった。頭痛なし、怠さなし、吐き気なし、寝坊もなし。肝臓がしっかり働いてくれたのだろう。素晴らしい。
目覚めも良く、ぐっすり眠って気分爽快だった。台所に溜まった洗い物を見るまでは。……片付けずに寝た私がいけないんだけどさあ。一皿にまとめた残り物もそのままだったし、余ったシチューも鍋からタッパーに移してなかったし、梅酒の空き瓶は上がり框に転がってるしで、げんなり。今が冬で良かったよね。食べ残し、夏だったら絶対腐ってた。危ない。
昨夜の酔っ払いへ恨み節を漏らしながら着替え、皿洗いや掃除をし、朝ご飯。今朝は苺ジャムを塗ったトーストと、温めた残り物のシチュー、ゆで卵である。瑞々しい蜜柑をデザートにつけた。私もこんのすけも完食だ。
起床七時、朝食七時半か八時と、日の出が遅くなってからというもの、朝はゆっくり過ごすようになっている。こんのすけの出張があった日は早めに起きてご飯も済ませるようにしていたが、これからはそんなこともしなくていい。
こんのすけと火鉢で暖を取って、まったりと寛ぐ朝。幸せだよね。来週には延期していたこたつを出す予定だったりする。楽しみ。
「主様、そろそろ九時半になりますが」
「むー……畑行く? 今日は昨日より寒くないっぽいね」
「ええ。本日は晴天ですよ。気温も高うございます」
「んん、ならもう行こうかあ」
火鉢の側でいつまでもゴロゴロしていたい。だが、畑の我が子たちを思うとそうもいかん。お世話せねば。寒い外に出るのは嫌だけど、今日は暖かいみたいだし、ちゃちゃっとやってしまおう。
首にタオル、手に軍手、足に長靴を装備。羽織るのは動きやすさを重視した薄手のダウンジャケット。これが私の冬の仕事着だ。靴は天気や作業に合わせて変えている。
「わあ、すごい晴れ」
「はい。雲一つありません」
農具を抱えて戸口を出た私を迎えてくれたのは、青い空とピカピカの太陽だった。日の照っている場所まで歩いていくと、陽光が惜しげなく熱を与えてくれる。とてもあったかい。立ったまま日光浴をしたいほどだ。
「おっはよー!」
「おはようございます!」
池の向こうで、べた、べた、べたっと、結界に密着する短刀の神様たち。毎朝恒例、「おはよう」のご挨拶である。今日も元気そうだなあ。九時半過ぎてるから「おはよう」というか「こんにちは」というか──まあ、どっちでもいっか。
「おはよー」
小さな姿をした刀剣男士の群団に挨拶を返し、農具を片手持ちにして空いた方の手を大きく振る。今日は近くまで行かない日にしよう。いっつも後ろで見守ってるお兄さんのことを考えて、毎回は近寄らないようにしてるんだよね。あの子たちを訪ねて「おはよう」の返事をするのは、二、三日で一回くらいかな。お兄さん、今は敵意剥き出しにしないし、弟くんたちが私に接触しても止めたり怒ったりしないんだけど、やっぱり気を遣っちゃてさあ。あ、ペコッてされた。
短刀の塊よりうんと後方、軒下でこちらに顔を向けている彼の水色の頭が下げられており、私もそちらへお辞儀をする。たぶん、あれはお兄さん流の「おはよう」だ。……だよね?
斜め前の地面に生えている雑草を見つめ、いつ頭を上げようかな、もういいかな、とタイミングを見計らう。堅物なのかなんなのか、お兄さんの礼は長い。私も合わせて長めのお辞儀をするようにしている。
「主様」
こんのすけのありがたい合図で背筋を元に戻すと、お兄さんも黙礼を終えたところだった。私の相棒は本当に気が利くなあ。何から何まで助かるよ。
……お、今日はあの子も手え振ってくれてる。
お兄さんのお隣、腰下まである黒髪を緩く縛った脇差の……「鯰」が名前に付くあの子。そう、あの子もたまに手をふりふりしてくれるようになっていた。笑ってくれる時もある。もう一振りの脇差、切る真似をしただけで「骨」が砕けちゃうって逸話がある白髪の子は、会釈だけ。
「審神者どのおー! おはようございますうー!」
あーっ庭にお供の狐! と、「鳴狐」が出てきた。
「お供ちゃんおはよー!」
秒で声張るよね。で、「鳴狐」には指で作った狐をふりふりしておく。無口な彼はこれがお気に入りのようで、こたつを提供したあの日以来、会う度に指の狐で挨拶している。
お供の狐もふもふチャンレンジをしたかったが、いかんせん付喪神の数が多い。今回も諦め、「皆、朝から賑やかですなあ」「うん、元気なのは良いことだよ」なんて話しながら畑へ歩く。その途中も他の刀剣男士の「おはよう」が続いた。「みつぼう」に、双子みたいな薙刀たちに、「髭の兄者」と「膝の弟」に、カタカナ表記の太刀に、布を被った「山姥」に、花子を託した土佐の刀に──私に声をかけてくれる神様は、日増しに増えていっている。
が、お刀様たちの名前は覚え切れていない。呼んだりはしないけど。呼んじゃうのはなんか……うん……まだいいかな。
「よう! 今日も畑か? 頑張れよ」
太鼓橋を渡る私へ、虎徹の贋作? の刀剣男士がエールを送ってくれる。近所のお兄ちゃんみたいだ。
「ありがとー」
大口でお礼を言う私の足元で、こんのすけが苦笑した。
「畑へ着くまでに、主様が喋り疲れてしまいそうです」
「あはは。かもね」
確かに、神様たちはあれこれ話しかけてくる。でも、私が畑仕事をしている間や、何か作業をしている時は静かだ。前は「手伝う」だの「できることはないか」だのやかましかったが、最近はこう、遠巻きに見てるだけっていうか。そんな彼らを見た管狐は、「主様が一言『手を貸して欲しい』と仰っしゃれば、大から小までの刀が直ぐ様集まるでしょうね」と尻尾をくねらせていた。刀たちはどうも、私の声がかかるのを待っているらしい。うーん。
暇のない道中。やっと畑に到着した私たちは、さっそく仕事に取り掛かる。
「よーし、始めよう。こんちゃん、草引き手伝って」
「お任せあれ」
少ししかない雑草を抜きつつ、作物の葉や茎の色や形、虫がついていないかを見て、特に何事もなさそうだったので水を遣る。今日はこれで終了だ。冬は畑を休ませようと思い、そんなに野菜を植えてない。夏や秋よりも楽ではある。
「お疲れー」
「一汗掻きましたな」
「今日はあったかいもんねえ」
離れの脇にある井戸まで移動して、軍手を脱ぐ。ねじり鎌や手箕を濯ぎ、自分の手も洗った。冬だというのに、こんのすけは汲みたてのとてつもなく冷たい井戸水を好む。なので、手に掬ってちょっとだけ飲ませてあげた。手がじんじんするけど、可愛い。
「ねえ、今いいかい?」
タオルで手を拭く私の鼓膜を突くのは、はきはきとした声。境界線からあのぞわぞわが伝わってきた。