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背の高いのが何振りかと、背の低いのが一振り。枯れ桜に囲まれた池の岸辺に集合している。まず目についたのは、大柄で女性のような容姿の付喪神だ。もたれるようにして結界へ片手を当てている彼女──いや、彼は、ええっと、大太刀の……太郎だっけ次郎だっけ? 刀帳見たのになあ。
「何やら、主様をお呼びのようですね」
「……そうみたい。何かな」
握っていたタオルを放し、こんのすけと顔を見合わせる。
「畑、終わったんだろ? こっち来なよ。いじめたりしないからさあ」
急かす声は明朗だった。かつ、語尾には笑いも混ぜられている。辛気臭さや物騒さはない。
どうやら、あの神様は畑仕事が済んでいることを知っているみたいだ。農具を洗ってるとこ、見てたのかな。うーん……殺伐とはしてないし、「いじめない」って言ってるし、こんちゃんも居るし、行っても大丈夫だよね。
「はーい」
池の向こうに届くよう腹から返事を出して、濡れた農具を持つ。大太刀は私に手招きしていた。体格の良い彼の手は大きく、遠くからでもおいでおいでが分かりやすい。
「どうしたのでしょうねえ」
「うん、なんだろうねー? ただの世間話かな? それか、欲しい物があるとか別の用とか……?」
「ふむ。今あちらに集まっている刀剣男士ですが、酒好きが多いようですな」
「酒好き?」
相棒と話しながら刀剣男士たちを視界に入れ、刀帳の情報と照らし合わせる。バッチリ覚えているものもあれば、不完全なものもあり、頭の中はややこんがらがっていた。けれど、「酒瓶」は合致する。
「あ、大太刀と槍の神様は酒瓶持ってたね。短刀の子は甘酒の瓶」
つなぎを着た槍の神様は中くらいの酒瓶を。豪華な衣装の大太刀の神様はどでかい酒瓶を。長い髪をポニーテールにしている短刀の神様は甘酒の空き瓶を。それぞれ身に着けていたり手に持っていたりと、刀帳で見た姿と同じだった。
「ええ。皆、本丸きっての酒飲みです。とは申しましても、前任の審神者は酒を与えておりませんでした。彼らが口にした酒は、あの器一杯分のみ」
前の審神者の昏い影が過る。空はこんなにも青いのに、色が失われたような感覚に陥った。
「……そっか。酒好きなのにお酒がないのは辛いよね」
「いえ、それが──慣れてしまったのか、酒の味を忘れたのか、存外支障はないようですよ。無論、あれば喜ぶでしょうが」
嗜好品どころか食事も睡眠もない毎日。どんな暮らしなのだろう。想像すると、悲しいような苦しいような気持ちになる。当事者でもないのに。
今だってそうだ。神様たちは無食不眠。……彼らが欲しがらないから、彼ら神には必要ないらしいからと、私は与えていない。食べ物も布団も。でも、それでいいのかな?
刀剣男士は「付喪神」。食べずとも飢えず、寝ずとも倒れずで、私(人間)とは違う。神々が人の生活を望むかは分からないが、今度、聞いてみてもいいかもしれない。ご飯やお菓子、飲料水、酒が要るかどうかを。「不要」と言われればそれまで。しかし、「必要」なら差し出そう。確か、神様たちの食料は一定量ならタダで支給されるようになっていた。家計の圧迫にはならないはずだ。
七十も八十もいる刀剣男士はみんな男の形をしている。胃袋もきっとビッグだ。一日の食費は馬鹿にならないだろう。私の財布だけで賄うとすると、破産待ったなし。恐ろしや。
朱い太鼓橋を渡って池沿いに歩く。鯉たちは水面に出てこず、澄んだ池の底でじっとしていた。十二月になり寒くなったせいか、動きが鈍い。あんなに私に水を散らしていた尾黒も、跳ねなくなっている。
鯉を飼うにあたってネットや本で勉強したのだが、鯉は冬眠する生き物のようだ。水温に合わせて餌の量を変えないといけないため、今は週に一回、暖かい日に飼料を少しだけ撒いている。餌をぱくつく鯉を無心で眺めるのは好きなので、お食事タイムが減るのは寂しい。
鯉のご飯やら刀のご飯やら考えているうちに、結界の壁まで来た。刀剣男士の数は一、二、……五。五振りか。少ない方だよね。あっちにいる沖田総司の刀は別で数えていいのかな。
結界付近のグループはみんなにっこりしてる。ほんと、何なんだろ。短刀の子はニヤニヤ。これはこれで気掛かりだなあ。あと、桜を一本挟んだ所にいる沖田総司の刀たちが黙ってこちらを見ているのも奇妙だ。
「何? どうしたの?」
要件を問えば、大太刀の神様がにっこりをニコーッに変えた。明るい笑顔ではあるんだけど、なーんか引っかかる。短刀の子のニヤニヤに近いんだもん。
「いやさあ、聞きたいことがあってねえ?」
「うん?」
……「聞きたいこと」。なんだ?
微かに構える私へ、彼は顔を寄せてくる。結った黒髪に挿してある簪が陽の光に煌めいた。
「昨日の夜、かなり楽しそうだったじゃないか。何してたんだい? もう、次郎さん気になっちゃって!」
おでこが付いてしまうのではないかというほど結界に迫る付喪神。彼は「太郎」じゃなくて「次郎」の方か。何やら瞳が輝いている。
昨日の夜といえば、こんのすけの慰労会だ。「俺も」「私も」と言われないよう、神様たちには一切告げてなかったんだけど──もう終わったし言っていいよね。なんで「楽しそうだった」って知ってるのかな? 騒がしかった?
「ああ、昨日? こんちゃんのお疲れ様会やってたんだよ。声、外に漏れてた?」
「漏れてたどころじゃねえぞ、お嬢ちゃん。ひと騒ぎ起きたのかと思うくらいの大声だったぜ」
「えっ!」
肩に槍を担いだ神様の言葉にぎょっとする。
まじか。そんなぎゃーぎゃー喚いたっけ私。……あー……でも身に覚えがあるような。
「へっ、歌も笑い声も筒抜けだったぜえ。ダメ刀の俺でも聞き取れる」
う、歌──! お風呂場でのアレか! 酒に呑まれてへべれけの──。
「えー、あー……あはは」
あああ恥ずかしい。穴があったら埋まりたい。昨日は酔い過ぎて御殿のご近所さんのことも頭になかったから、心置きなく歌って叫んで爆笑したんだ。部屋ならまだしも、お風呂場は音が響くし格子窓だし、垂れ流しだよね。うわー。
「ふうん、お疲れ様会ねえ?」
「うん、こんちゃん昨日が最後の出張だったから」
神々の視線がこんのすけに向けられる。足元の小さな狐は、物怖じもせず堂々としていた。
「お、そういえば物吉が言ってたな。ご苦労さん、こんのすけ」
「いえ、生体管理のようなものでしたので、苦労も何もありません」
「へえ、そうだったのか。時の政府の『生体管理』、どんな感じだったんだ?」
槍の刀剣男士に答えたこんのすけへ話しかけるのは、スーツ姿の神様。長船派の太刀、だったと思う。今いるのは裏地が青いマントの付喪神と、片眼に仮面をつけた付喪神の二振りだ。彼らはよくペアで見かける。
「どんな感じ、と言われましても、そうですねえ……ううむ」
出張についてこんのすけが説明を始め、私もそれを聞いていた。
──のだが。
「しっかし、すげえ声だったなあ。ひっく」
甘酒の空き瓶をいじる短刀に絡まれる。頬は赤くて、半目で、呂律がちょっと怪しくて。酔っ払っているみたい。けど、瓶の中身はないし、あったとしても甘酒だし。うーん。
「や、まあ、酔ってたからねえ」
「へっへっへ、俺、覚えてるぞー? 『こんのすけえー、あいしてるうー』」
ひえっ! うげーっ、そこもお聞きでした!? やーもう恥ずかしい、やめてー!
「あっははは! そう、その歌! アタシも兄貴と聞いたよ」
「ありゃあ良い歌いっぷりだったな」
大太刀と槍の神様が笑みを濃くする。みなさん私の生ライブをご堪能したようで! お客さんは何振りだったんですか!
「うっ、そ、そんな」
「こんのすけえーあいしてるうー」
「やめてよー!」
顔が沸騰しそう。手箕を持つ手に力が入った。酔った勢いの替え歌、こんのすけに捧げたラブソング。それを聞かれたとか(しかも複数、大勢の可能性もあり)、もう恥ずかしくて恥ずかしくて……!
私が即興で歌った曲をパーフェクトに口ずさむ短刀の付喪神。彼を止めるのに誰か助けてくれはしまいか、と周囲を見れば、桜の木の下に立つ赤目の刀剣男士が唇を僅かに動かし、踵を返す。何か言ったのか、呟きだったのか、声は私の耳まで行き着かない。彼の冷え切ったような無表情に注意を引かれたが、短刀の神様が歌い続けるのでそれどころじゃなかった。
「こんのすけえー、あいしてるうー」
「むむ、照れますなあ」
出張の話に一区切りつけたこんのすけは嬉しそうにしてるし。
「いやあ、熱い熱い。俺も言われてみたいもんだ」
片眼に仮面の付喪神が横から茶々を入れてきて、まあ面倒な。
「キミは意外と情熱的なのかな?」
マントの神様も冷やかしてきた。……二振りして結界に擦り寄るんじゃない。ぞわぞわする。
「あはははは!」
短刀の子のモノマネがツボにハマったのか、大太刀の「次郎」は豪快に笑っていて。
「いつもーいっしょだよー」
そこ、二番に移らんでいい!
「お嬢ちゃん、そう恥ずかしがらなくてもいいじゃねえか。楽しく飲むのは良いことだぜ」
フォローしてくれる槍の神様も、顔はすんごいニヤニヤしてる。
あー、頭抱えたい。こんなにいじられるとは思ってなかったよ。んもー。
己の失態が招いた結果だとしても、離れに防音設備が欲しいと、初めて思った冬の朝だった。