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モノマネに哄笑。池の周りに声が溢れ返る。騒々しさにつられてか、一振り、また一振りと別の神様が集まってきた。誰か救いの手を、と期待したのだが、来る神来る神仲間を窘めるでもなく、私を庇ってくれるでもなく。こんのすけだけが味方だった。けれど、管狐の「しつこい男は嫌われますぞ」という忠告も虚しく、私はよってたかって散々おちょくられた。二日酔いにはならなかったのに、深酒の代償がこんなところでくるとは──しばらく酒は飲まんぞ。
「あー、はいはい! 分かったってば。もー、私帰るよ。洗濯あるから。じゃあね」
埒が明かないのでスパッと話を切る。刀剣男士どもはまだわーわー言ってた。もう付き合いませーん!
削れたメンタルで離れに戻り、数センチ開けた戸口の隙間から庭の様子を窺う。天気に恵まれた今日は、絶好の洗濯日和。午前中に洗濯をしておきたいのだが、そうするにはまず井戸水を汲みに行かないといけない。付喪神がうじゃうじゃしている今、迂闊に外へ出てまた絡まれては敵わん。まだやめておこう。
最悪、水瓶の水でもいいんだけど……これは飲水と炊事用だから、あんまり使いたくない。
「んー……まだいる」
ちょこちょこ外を覗くも、刀剣男士はなかなか減らなかった。境界線でずーっと喋っている神様もいるし、池の前をぶらぶらしてる神様もいる。空が晴れてる分、今日は庭でも過ごしやすいよね。気温も高くてあったかいし。でも早く散れ。
単純に外を楽しむだけならいいが、出てきた私をからかいまくって面白がるのはいかん。
「また外に出て昨日の話されるの嫌なんだよねー。めんどくさい」
「私が戒めて参りましょうか」
「いいよいいよ。神様が少なくなったらにする。はあ、掃除でもしてようかな」
「では、その間、私が外を見ておきましょう」
「ありがと。お願いね」
デキる管狐こんちゃんに甘え、見張り役を委任する。私はうんざりした気持ちを取っ払うように腕まくりをし、竈に溜まった灰を掻き出しにかかった。
*
「主様、大方去りましたよ」
「え、ほんと?」
手や腕を煤で汚した私へ、一報が入る。三十分かそこら経過しただろうか。火掻き棒を置き、戸口へ忍び寄って細い隙間に片目を押し当てる。瞳を凝らすと、付喪神の数がうんと減少していた。ゼロではない。縁側に座っている何振りかと、軒下の二振り、ゲート方面に三、四振りは目視できる。けれど、結界周辺には誰も居なかった。これは好機。
「お、いいじゃん。今のうちー」
ダークグレーの煤を落とそうとはたいてみたが、逆に肌に擦り込んでしまった気がする。ちゃんと洗わないとだめか。まあいい。井戸で濯ごう。
用意しておいた二つのバケツを攫うように引っ掴み、いざ出陣と戸を開ける。
「急げ急げ」
小声で自分を急き立てながら、駆け足で井戸に直行。ぴょんぴょん跳ねて付いてくるこんのすけが可愛い。お向かいさんをチラチラ見るも、こちらへ来ようとしている神様はいなかった。よしよし──。
「とりゃっ」
井戸に着くなり釣瓶をぽーんと落とす。バシャッと水音が鳴った。寒い冬に涼は要らないが、これを聞くのは好きだ。地面に空いたこの深い穴は、音をよく反響させる。夏にはここでこんのすけといっぱい遊んだなあ。
「よーいしょ」
縄を引けば、きゅるきゅると回る滑車。三月や四月に比べ、釣瓶の扱いも上手くなった。自分で言うのもあれだけど、危なっかしさは微塵もない。畑仕事で腕の筋肉も鍛えられてるしね。
「あと少しでございますぞ」
「ほーい」
こんのすけの声援を受けながら、右手と左手を交互に使う。引き上げた釣瓶は、透き通った水で満杯になっていた。
水の滴る古びた木製のそれをキャッチし、中身をバケツへ流し込む。ついでに煤の付いた手も洗った。そしてもう一度釣瓶を井戸へ投げ、水を汲んで二つ目のバケツも満たす。洗濯は裏庭でできるので、水さえ調達してしまえばこっちのもの。
よし帰ろう。すぐ帰ろう。
釣瓶の水切りをしつつ、庭や御殿をこまめにチェック。私の眼球は大忙しだ。
──む、襖障子が一箇所開いた! 逃げ……いや、まだいいか。出てきたとしても縁側だもんね。庭に降りてくるなら退散を考えるけど、今あそこに履き物ないし、大丈夫でしょ。
思案している間に、襖障子から付喪神が姿を現す。私は釣瓶を持ったまま、お出ましになった彼らを見ていた。
誰だろう? 和服、あ、袈裟だ。お坊さんのやつ。先頭は藍白色の長い髪の神様、次は薄桃色の髪の神様、それと──先日露骨に私から逃げた、青い髪のあの子。
「江雪左文字、宗三左文字、小夜左文字ですね」
私に復習させるかのように、こんのすけは三振りの名を声にした。頭の中で刀帳が捲られる。彼らは「左文字派」の刀たち。太刀、打刀、短刀の兄弟だ。
「……うん」
さっさと帰ろうと思っていたのに、付喪神から──あの子から目が離せない。太刀と打刀に挟まれ、こちらに正面を向けている小さな短刀。前回、鉢合わせするなり逃げたあの子の、薄べったい背中が瞼の裏に甦る。彼はどんな表情をしているのだろう。どうしてこっちを見てるのだろう。
薄桃色の髪の神様が背を屈め、あの子の肩に手を置いた。するとあの子は、数拍の間を空けてゆっくりと手を上げ、胸の高さで左右に振り始める。錆びついた機械のような、ぎこちない動作だ。関節に油を差した方がいいんじゃないかってくらいに。
息を呑むような場面だった。三兄弟の目線の先には私しか居ない。となると、あの子が手を振っている相手は……。
驚きで静止していた私に、興奮が沸き起こる。
「見てこんちゃん! 手え振ってくれてる! 私にかな?」
「ええ、きっとそうですよ」
晴れ晴れしく同意してくれたこんのすけ。喜びが爆発して、思わず笑顔になってしまった。
だって、私を避けてたあの子が、手を振ってくれたんだよ!?
「距離が縮まり過ぎるのが嫌」だとか、「このまま仲良くなるのはもやもやする」だとか、そういうのがどこかに行っちゃって。うじうじする自分が消滅したわけではなくとも、今はただ、嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。
「わー、嬉しい。お兄さんたちが言ってくれたのかも」
あの子に逃げられた後、私は偶然お兄さん(その時は兄弟だって知らなかったけど)に会い、伝言を頼んだ。「私が何かしてたなら教えて」「これからしないように気をつける」「避けないでくれると嬉しい」と。
青い髪の子がわざわざ縁側に出てきて、ああやって手を振ってくれるのは、お兄さんたちが私の言葉を伝えてくれたからなのかもしれない。どんな心境の変化があったのかは知らないけど、マイナスではないはずだ。でなければ、私に手を振ったりなんかしないだろう。私を避けてた理由、次に近くで会えたら聞いてみたいな。
「こんにちはー!」
挨拶付きで大きく手を振り返す。
「良かったですね、主様」
「うん!」
私を見上げるこんのすけは優しく笑っており、相乗効果で胸が華やいだ。こういった時、この子は一緒に喜んでくれる。控えめに言って大好き。
青い髪の子が腕を下ろすと、入れ替わりで薄桃色の髪のお兄さんが手をひらひらさせた。手を振るというより、右にひらっ、左にひらっ、の二回だけだったが、気の昂ぶりが覚めやらぬ私は両手をぶんぶんさせてお返しする。続いて藍白色の長髪のお兄さんが会釈をしてきたので、こちらにはお辞儀を。
三兄弟は話しかけてはこなかった。挨拶を済ませ、出てきた時と同じく静やかに御殿へ入ってゆく。
あの子は大事にされているらしい。藍白色の髪のお兄さんはあの子の頭を撫で、薄桃色の髪のお兄さんは背に手を添えていた。二振りの兄の真ん中、敷居を跨いだ小さな神様は、一度だけ私を振り返った。