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「全く、自制はどうしたのです! 呆れて物も言えません」
口をあんぐりと開けた私の傍で憤怒するこんのすけ。
「今度は何をしでかした!」
「悪いなあ。恨まないでくれよ」
疾走してきた二振りが電光石火の早技で「こぎつねまる」を両脇から捕獲し、境界線から引き剥がす。何が何だかで目を白黒させていると、新たに三振りやって来た。
「やあ。愉しそうだねえ?」
秋に私の出陣を暴露しやがった神様と。
「小狐丸さん……」
烏帽子を被っている神様と。
「こ、小狐丸様あ……」
愛しのお供ちゃん。「鳴狐」もいる。
こんこん。と狐ポーズで挨拶をされ、ぽやーっとしつつも「ああいつものか」と無条件でこんこんをやり返す。そして正気に戻った。その頃には他の刀剣男士もわらわらとこちらに駆けつけており、なんとまあ──。
「五月蝿くなってきましたね、主様」
そうそれ。わいわい、がやがや、とめどない話し声で耳が詰まりそうだ。
「ささ、帰りましょう。洗濯物が籠の中で待っておりますぞ」
「ん? うん。……いいのかな?」
説明とか、説明とか、説明とか。しなくていいの? 私。
「ええ、ええ。構いませんとも」
意気揚々と頷いた管狐がくるっと体を回し、我が家に向かって前進していく。
刀剣男士たちは「こぎつねまる」を取り囲むように群れていて、「何をした」「何があった」「どうせご無礼を」「また匂いでおかしくなったのか」と、叱ったり笑ったり問い質したり。憐れ、「こぎつねまる」は蜂の巣に投げ込まれたみたいになっていた。
大丈夫かなあ。こうなった原因は彼(こぎつねまる)自身なんだけど、私にも非はあったし、助けに入った方がいいんじゃ──でもあいつちょっと匂うどころかほっぺすりーっとしてきたよね。うっ、思い出すと恥ずかしい。
「まあまあ、落ち着いて長谷部くん。小狐丸さんが何をしたかは知らないけど、悪気はなかったんじゃないかな?」
「そうだよ。頭ごなしに怒るのは……」
お、中立的な神様も少しは居るじゃん。じゃあ放っといてもいいか。頑張れ「こぎつねまる」。仲間だもん、切ったり殴ったりにはならないよ。うんうん。
「こぎつねまる」の処遇を彼らに任せ、そっと境界線を離れる。足音を出さないよう、やや爪先立ちでこそこそ動くこと数歩、背後から「や、野性ゆえ! 何卒お赦しをー!」という痛ましい声がした。後ろに首を回せば、左右の腕をガシッと掴まれた状態の彼と視線が交差する。ばっちり取り押さえられちゃってるねえ。合掌。
あの神様ばかりが責められているが、悪いのは「こぎつねまる」だけじゃない。自分の匂いを褒められる(?)とは思ってなかったとはいえ、固まってしまい隙を作った私もいけなかった。「やめて」とも言えず、そもそも前例があるのに同じシチュエーションを与える時点で甘かったのだ。今回はお互い様ということにしておこう。
逮捕された「こぎつねまる」に手を振り、裏庭へ駆け込む。池の畔のざわめきを遠くに聞きながら洗濯を済ませ、水気を含んだ衣類を物干し竿に掛け終わる頃には、もうお昼時になっていた。
*
今日は本当に天気が良い。冷たい風はなく、気温も高くて小春日和だ。洗濯物の乾きは早いだろう。
……暇。暇である。畑仕事は午前でおしまい、土曜日のため出陣もない。昼寝するにも眠気がないし、読書するにも部屋にはあるのは読了した本ばかりで、贅沢ではあるが私は時間を持て余していた。
「こんちゃん、何かしたい事ない?」
食後のお腹をさすりながら相棒に投げかける。胡座をかいた私の腿に顎を乗せていたこんのすけは、耳をぴっと立てて「ふうむ」と低く唸った。
「私は主様のなさりたい事なら何でも……」
「思いつかないから聞いてんのー」
「おや、そうでしたか。ううむ」
髭をぴくぴくさせるこんのすけ。長く考え込んだ末に出した彼の案は、縁側でのひなたぼっこと、庭の散歩の二つだった。どちらも素敵である。散歩の方は外で付喪神に絡まれないかという懸念事項があったけど(今日は特に酔っ払い関連で)、裏道ルートにすりゃあいい。
私はどっちでも良かった。なので、「今日はこんちゃんが決めてよ」と決定権を押し付ける。こんのすけは再び悩み、可愛くはにかんで「お散歩」を選んだ。
ということで、二時を過ぎて散歩に出発。午後からも空は晴れており、ぽかぽかしていた。こうやって外に出ないともったいないくらいに。
土間のスニーカーを縁側まで運ぶ。スタート地点は裏庭だ。竹林をぶらついたら大外回りで畑に向いて行こう。太鼓橋も通らず、森に沿って歩くような感じで。そうだ、裏山の下見もしたい。うん、やるぞ。
今年の十二月二十四日はこんのすけと二人でクリスマスパーティー。日本独自にアレンジされたクリスマス文化に染まっている私は、キリスト教徒ではなくも、その日をとても楽しみにしている。飾り付けもする気満々。リースを二つほど自作したい。材料はこの土地にある山や森から見繕おうと思っていたので、裏山の下見はそのためのものだ。きっと、自分で見つけた蔦や木の実で作ったリースは愛着が湧く。……よっぽどひどい出来じゃなかったら。
「午後も良い日差しですね」
「うん。歩いてると汗掻いちゃうかも」
裏庭から仰いだ青空には、朝と同じく雲がない。太陽は白く輝いており、外は森閑としていた。池の近くの刀たちも居なくなったのだろう。「こぎつねまる」、大丈夫だったかな。
あの後の彼をほんのちょっぴり心配しながら、こんのすけと竹林に入る。冬でも青々としている背高ノッポの竹。生え変わりの際に落ちた笹の葉は、すっかり褪せて茅色の絨毯となっていた。地面を埋め尽くすそれを踏み締め、クリスマスのことや、たけのこ掘りのことを話す。
さくさく、カサカサ。私と管狐は散歩らしくのんびりと、竹の間を縫うようにしてジグザグに歩いた。程なくして裏山との境目が見えてくる。竹に劣らぬ高さの針葉樹林が聳え立つそこは、草や藪が鬱蒼と茂り、別世界のようだった。舗装された道はもちろん、獣道すらない。
「うわ、すごい。ほんと『山』だね」
「主様。ここより先は私たちだけでは危のうございます」
「えー、そう? まだいけるんじゃない? 草ぼーぼーで道はないけど、歩けなくはなさそうじゃん。靴もこれだし」
靴底が厚めのスニーカーへ視線を落とす。頑丈なこの子は優秀だ。枝や石を踏んでも私の足を守ってくれるだろう。
はるばるここまで徒歩ったのに。材料になりそうな物がどのくらいあるか調べておきたいのに。そんな思いもあって、私は渋った。
──それに、未開の森を前にして、割とわくわくしていたのだ。
ここは本丸、時の政府が次元の狭間に創った空間。どこまでが本物で、どこからがまやかしなのか、この箱庭の果てはどこにあるのか、どうなっているのか……子供ではないというのに、探究心が疼く。ぜひ自分の目で確かめてみたい。
「なりません。整備されておらぬ山林は危険ですよ」
「ええええちょっとだけー!」
「『まじで』なりません。お入りになるのであれば、山歩きに慣れたものを付けられた方が良いでしょう。山伏国広か祢々切丸を推薦致します」
「けち。ちょっとだけなのに」
「主様の御身を想ってのことです。なりませんからね。美しく豊かな緑にも、恐ろしい側面があります故」
「……はーい」
刀剣男士をお供に付けろ、ってのは聞き流したが、私は素直に引き下がった。こんのすけの警告も最もである。小さい頃、実家の近所の林で迷子になりかけたし、おじいちゃんやおばあちゃんも言ってた。森や山、川──自然は怖いと。
安易な冒険が命取りになってはいけない。神様のお供云々は置いといて、今日は止めておくか。
下見を断念し、一人一匹ぶらり散歩に戻る。裏山の麓をずーっと進むと、竹林が水楢(みずなら)の森に変わった。位置的には畑エリアのうんと奥だ。だいぶ歩いて疲れてきたため、帰ろうかとこんのすけに声を掛ける。ついでに畑に寄ろう、とも。すべき事はないのだけれど、作物たちが気になるというかなんというか。
ぺちゃくちゃお喋りしつつ、落葉してうら淋しい森を出る。これまた寥々とした冬枯れの野原が広がっており、その向こうにででんと鎮座しているのが私の畑。もっともっと先の結界を通過すると御殿側の井戸があって、それは誰も使っていない。……はずだった。