雪解け - なんとはなしに

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 馬鹿みたいです。あなたが最初の審神者だったら、僕たちは。
 その言葉の意味を考えたり、あの子の胸中を推し量ったりしている間に、三日が経とうとしていた。
 源義経の守り刀だった短刀は、過去を悔やみ、呪っているのだろう。それこそ「始まり」からで、自分たちを「刀剣男士」にした人間が冷酷な男であったことを、今尚ひどく恨んでいる。
「初めて」の審神者が彼ではなく私であれば、満身創痍の体で戦場を渡る羽目にはならなかった。味方同士で傷付け合わずに済んだ。血を流したまま捨て置かれもしなかった。惨劇も不幸も起こらなかった。あの子の言った「僕たちは」の続きは、こうだったのではないだろうか。そうして、やり場のない憤りや憎しみ、悔しさなんかを私にぶつけた。これが私とこんのすけの見解だ。
「前任とあなた様の違いをはっきりと理解した故でしょうね。……幾万と込み上げ、はち切れてしまった」
 虫も鳴かない土曜の夜、子守唄代わりに布団の中で聞いたこんのすけの想察。
「あの男が手入れをしたのは初期の数回のみ。その後、刀剣男士がどれほど深手を負っても、誰がなんと願おうと、先の審神者は傷痍を癒やしはしませんでした。主様が取るに足らない掠り傷を何の躊躇いもなく治す様を見て、馬鹿らしくなったのやもしれません」
 哀愁のある顔で付け足され、私は切なくなった。やるせない気持ちで心が千切れそうになった。きっと先月であれば「可哀想だけど私に八つ当たりされても困る」と、ドライに割り切れていただろうが、今の私は彼らに情を移しつつある。自分でも変だと思うくらい、悶々とした。
 好きではない。でも、嫌いでもない。話して楽しい時もあれば面倒な時もあり、もやっとすることも、仲良くするのが怖いこともあって、日々ムラだらけだ。けれど、苦手意識は前よりずっと和らいでいた。あの日を思い出しさえしなければ。

 *

「主様、お加減はいかがですか」
「んんーっ、ふわあ……大丈夫だよ」
 伸びをして、あくびをして、重い体を起こす。冬用の布団がずり落ち、首元が少し寒くなった。
「ご無理なさらないでくださいね。只今、四時を回りました。外は変わりありません」
「ありがとー」
 畳にお座りしているこんのすけの頭を撫で、もう一度背伸び。両腕を肩ごと上げると気持ちが良い。筋がほぐれる。寝起きの脳も覚醒してきた。
 本日は火曜。火木のルーチンワーク、時間遡行軍との戦闘──歴史を守る戦いに出る日だ。まあ、今日の出陣は終わったんだけどね。滞りはなし。無傷の勝利でした。力の回復のために寝て、今目が覚めたところ。
「もう起き上がっても良いのですか」
 寝て食べれば平気だというのに、小さな狐はいつも心配そうにする。
「大丈夫だって。しんどかったら起きずに寝てるよ。怠くないし、元気」
「はい……」
「もー、ほらおいで。よしよし」
 脇に手を差し込んで持ち上げた相棒を胸に抱き、毛を乱しながらわしゃわしゃと耳を揉む。人魂みたいな紋様のある額に顔を押し付けると、シャンプーと獣の臭いがした。
「あ、主様」
「こんちゃんの香りー」
 鼻で匂いを、肌で感触を、心ゆくまで味わう。ふと、あの子の声が耳の奥を走り抜けた。
 馬鹿みたいです。あなたが最初の審神者だったら、僕たちは。
 音程も、抑揚も、声質も、流れる音は全部リアルだ。一つ一つの語句が鮮明だった。回想しようとしてないのに、あの子の言葉は度々ふらりとやって来る。何かの拍子に、こうやって。
 膝の擦り傷を治した翌日から、「いまのつるぎ」は時々遠くで私を見てきていた。私が彼に気付くと逃げてしまうが。
 馬鹿みたいです。あなたが最初の審神者だったら、僕たちは。
 あの子の顔が脳裏に浮き出る。あの子の押し殺した声がする。
 ……私がこの本丸の最初の審神者だったら。そうだね、仲間内での刀傷沙汰なんか絶対にさせなかっただろうし、手負いで激務も有り得ない。刀剣男士が負傷すれば手入れもする。前の審神者より弱っちくて低スペックであっても、なるべく健全な職場環境を作ろうとしてたと思う。
 だけど、昔は昔。たらればの話をしてもどうにもならない。それでも無念の焔が燃え盛ったり、「もしも」を考えてしまうのは、他でもない。「心」があるからだ。──私も、あの子も。
 既に私の中の「神」の概念は崩れている。刀剣男士は神様なのに、なぜああも人に近いのか。奇抜な服装や頭髪、目の色を除けば、見た目は人間そのもの。内面だってそう。泣いて笑って嫌って好いて、未練を残し未来へ焦がれ、喜怒哀楽を示す彼らは……人のようだ。
「……主様?」
 掛けられた声で思惟の糸がぷつんと切れる。「いまのつるぎ」や付喪神たちのことを思い耽っていたせいか、こんのすけを撫でる手が止まっていたみたい。
「起きたばっかりで寝ぼけてた」
 むぎゅう。小さな狐を抱き竦め、立つ。パジャマ姿でたくさん愛でた後に解放。毛繕いするこんのすけと話しながら、布団の横に置いておいた作務衣に着替えた。これ、適当っていうか雑に畳んでたんだけど、こんのすけが丁寧に畳み直してくれたらしい。この子、家政婦にもなれちゃうよね。
 布団を片付けた私が上がり框に下りると、「井戸ですか」と相棒もついてくる。
「うん」
「洗顔ですね」
「そうそう」
 さっすがこんちゃん。何するか伝えなくても分かってる。数ヶ月を寝食共にすればそうもなるのかな。おはようからおやすみまで一緒だもんね。私の行動パターンなんかご存知か。
「主様、手拭いをお忘れになられておいでで」
「……あ」
「どうぞ」
 はい、グッドサポート。家政婦じゃない、執事だよ。「管狐」ってみんなこうなの?
「ありがと」
 こんのすけが運んでくれたタオルを掴み戸口をくぐる。空は夕陽に染まり、オレンジ色になっていた。鮮やかな夕景に胸を打たれ、ほんの二、三秒見惚れてしまう。蜻蛉は飛んでいないけど、山の紅葉も終わっているけど、極上の夕焼けだったから──つい秋を連想した。
「おーい、起きたのか? 今日も怪我はないかー?」
「出陣お疲れさん! ちゃんと寝たのかい?」
「ご無事で何よりですー!」
「きちんと休まないとだめだよ?」
 夕映えの刀剣男士たち。体の調子を気にしてくれたり、労ってくれたり、結界の向こうの声はどれも優しい。ありがたいような、放っておいて欲しいような、その日の心模様や出来事によって受け取り方は変わる。今日は……うーん、普通かなあ。
 大丈夫だよ、何もなかったよ、よく寝たよ。そんな思いを込めて軽く手を振る。彼らへの返事だ。
 神様たちとのコミュニケーションは、しっかり口ですることもあれば、今みたいに手を振るだけで済ますこともあって、疲れている時は片手をちょろっと挙げるだけにしたりと、様々。これも気分だったり使い分けたり。
 声を返さず手で答えても、ほとんどの付喪神は「あいつ大丈夫そうだな」といった感じで御殿に戻っていってくれる。私が離れに帰るまで池の周りからどかない神様もいたりするけど、ねちっこく話しかけてきたりはしない。
 あれほど嫌われ、憎まれ、蔑まれていたのに、今や思い遣りを寄せられるなんて。しっくりこないよね。ミステリー。ほんと、まだ言われるんだよ。「戦には自分たちが出る」とか、「あんたを危険な目に遭わせたくない」とか。たまーに。……すごいよねえ。
 今と昔をぼんやり比較しつつ、井戸へ歩く。汲みたての水で顔を洗えば、目や頭がしゃきっとした。冷たい。まじで冷たい。でも、すっきり。
 帰り際、結界の前に残っている刀たちへさよならの手を振り、我が家に入る。さあ夕飯のお料理タイムだ。お腹空いた。

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