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十二月も半ば。世間はクリスマスムードに包まれていることだろう。街は色とりどりのイルミネーションで飾られ、広場にはきらびやかなクリスマスツリーが設置される。至る所で流れるクリスマスソングに、ショーウィンドウのサンタさん。スイーツ店ではクリスマスケーキの看板が出され、花屋の店先では赤と緑のポインセチアが葉を揺らす。
……まあ、街もお店もテレビもない本丸(こっち)ではムードも何もないんだけどね。へっ。でも今年はこんのすけとパーティーするからすっごく楽しみ。その前に旅行もある。
船旅、クリスマス、大晦日、正月──これから毎週イベントだ。そう思うとウキウキする。もう子供ではないというのに。
一日ずつ進むカレンダーの日付。私の仕事内容は相変わらずで、週二回の出陣と毎日の日報、あとは土いじり(これは個人的な趣味か)。平凡で平和な日常が続いているっちゃあいるのだが、生活の方が少々賑やかになったというか、神様との交流が増えた。
心が励起され、人の形を持った付喪神「刀剣男士」。先の審神者のせいで人間不信に陥っていた神様たち。彼らがまた、最近になって私に構い始めたのである。過剰に。
「今日は力仕事はないのか? 何かあれば声を掛けて欲しい。側に控えている」
「できることがあれば何でもしますよ。お困りの際は俺にどうぞ」
「審神者さーん! お花の手入れ、近くで見ててもいい?」
「なあ、俺もついて行っていいか?」
「何をするにも大勢だと楽しいよな」
「huhuhu。挨拶代わりに脱いでおきまショウ」
「脱ぐな! これだからお前は……」
「おい、鍬借りるぞ。素振りに使えるか試させろ」
「審神者ー! 花壇行くぞー!」
──などなど。結界の外に出る度、ぞろぞろと刀が寄って来るのだ。飴に群がる蟻や、親を見つけたひよこみたいに。
うん。出陣しだした頃や、「あきたとうしろう」を治した後がこんな感じだった。「戦には自分たちが出る」だの「家事と畑を手伝わせろ」だのといった押しかけに、「遊ぼう」「話そう」のお誘いに、「どこ行くんだ」「俺も」「僕も」の付き纏い。いやもうすごかったんだって。だけど、やんわり断ったり、時にスパッと切ったり、「自分のことは自分でしたい」って言いまくってたらそのうち鎮火した。で、遠目で見守られるくらいになってたんだけど、今、ぶり返して前のような有様になってる。
引き金になったのは、たぶんこの子だ。
「ずーっとそうしてると腕が怠くなっちゃうよ?」
「……へいきです」
今日も今日とて私を結界ごと捕まえている、「いまのつるぎ」。どういうわけか、この子がくっつき虫になっちゃってんの。
「んー、粘るねえ。朝もくっついてたのは誰かな?」
「……しりません」
「あれっ。君だったでしょ、もー」
彼は二回目に怪我を癒やしたあの日から私の後ろを付いて回るようになった。初日は抑え気味だったのかちょっと距離が開けられていて、でも、段々隙間は埋まっていって。いつの間にやらべったりですよ。あの「嫌いです」はなんだったんだ。出会い頭にハグ、背後からのタックルのようなハグ……ともかく抱きつかれたり飛びつかれたりであたふたさせられる。「やめて」と制すか、遠回しに諭すかすればいいんだろうけど、つい先日ああいうことがあった手前無下にもできず、狼狽しつつも容認してしまい──。
その辺りからだ。他の刀たちが以前のように、ううん、あの時以上に頻繁に接触してくるようになったのは。くっつき虫になった「いまのつるぎ」に刺激されたのかもしれない。
「ぐえっ」
私のお腹の前に回されている腕がきつく締まる。外圧で透明な膜が数センチ凹み、腹部が圧迫された。背中にびたっと貼り付いている短刀は、まだまだ離れてくれないらしい。
「こらこら、そんなに力入れたら歩けない。こけちゃう」
言うも、くっつき虫な神様はちっとも力を緩めなかった。まだ花の水遣りが終わっていないというのに、これじゃあ作業にならんどころか移動もままならないぞ。はあ、参った。ここ二日ガーデニングに時間を食われちゃってる。庭の散歩をしようものなら大変だ。境界線の外だと最初から最後までこの子がいるもん。まさにひよこ。
「これ、今剣、およしなさい。主様が」
こんのすけも渋面を呈するが、「いまのつるぎ」は聞く耳を持たない。と、そこにお助けマンが参上する。
「今剣、そろそろ勘弁してやらぬか。審神者殿には花の世話がある。後にしておけ。俺が遊んでやろう」
「……はーい」
ぞわぞわ感が消え、縛りの解けた体を捻って後ろを見れば、薙刀が短刀を肩車していた。「いまのつるぎ」のくっつきタイムが長引いたり、私が困っていたりすると、大抵「いわとおし」がさり気なく上手に回収してくれる。こんな風に。
この子、「いわとおし」の言うことはちゃんと聞くんだよね。こんのすけも「主様はお忙しいのですよ」等、それとなく注意してはくれるんだけど、全っ然効き目なし。却って睨まれてる。どうもこんのすけは舐められてるっぽい。
御殿へ帰っていく薙刀と短刀。ようやく相棒と二人きりになった。これで花壇巡りに戻れるかと思ったが、バトンタッチで別の付喪神が突撃してくる。
「さ、に、わ、さーん!」
「審神者ー!」
たたたたたた、と、軽快に走ってきた二振り──「みだれ」と「ほうちょう」。彼らの兄弟である「あきた」の発見、治療があったからか、「あわたぐち」の短刀たちはもともと好意的だ。よく話しに来るし、挨拶もいっぱいしてくれる。しかし、抱きついてくることはなかった。
でも、今回の「いまのつるぎ」インパクトがあって……。
「えへへ、えーい!」
「とりゃー!」
きた、同時タックル! もー、この子たちもあの子の真似? するようになっちゃったんだよー!
艷やかな金髪を靡かせる「みだれ」、旋毛で跳ねた髪をぴょこぴょこ揺らす「ほうちょう」、その二振りが結界へ飛びかかってくる。背格好が子供のものとはいえ、二人分だと威力があった。結界があっても震動が伝わってくるくらいに。
「わっ」
衝撃に備え踏ん張っていたが、私の体は後ろに傾き、重心がずれた。倒れはしない。なんとか持ち堪える。
「こーんにーちは!」
「遊べー!」
眩しい笑顔で見上げてくる短刀たちに苦笑してしまう。こうなるのを分かっているのに避けないのは、不公平感が出るからだ。逃げたり止めたりでもすれば、「なんで『いまのつるぎ』だけいいの!?」と言われかねない。「いまのつるぎ」のべったりを許しているのに、「あわたぐち」の子たちはダメというのは、不平不満の素になる。実際、初回アタックの時に「やることがあるから離れてね」とお願いした私へ、彼らは「さっきまで『いまのつるぎ』と居たのに?」と膨れっ面をした。あー、どうしたもんか。
「みだれ」と「ほうちょう」のアタックが繰り出されだしたのは、言わずもがな「いまのつるぎ」がくっつき虫になって以降。正しくは、「いまのつるぎ」にひっつかれているところを見られた後、であるが。
弱ったなあ。あの子が居なくなった途端これじゃあねえ……おちおち歩けないぞ。や、昨日のトリプルアタックよりはマシか。後ろに「いまのつるぎ」、前に「みだれ」、横に「ほうちょう」、あれは文字通り一歩も動けなかった。トライアングル包囲、おっかない。この子たち自体は可愛いんだけどね。
「お前たち、また……! その方の邪魔をするのはやめろ」
軒下の一群を急ぎ足で抜け出してきた「へしきりはせべ」が二振りを叱る。「みだれ」も「ほうちょう」もけらけらと笑うばかりで、ろくに話を聞いていない。
「審神者よ、これでは仕事にならないだろう。俺が水を撒こう」
「へしきりはせべ」の後続、片眼鏡をつけた薙刀の刀剣男士がひょいっとじょうろを拾い上げた。
「あ、いや、いいよ。私がやる」
私の仕事(趣味?)は私の仕事だ。この子たちがどいたら自分でする。代行はしないでくれ。気持ちはありがたいよ。
「しかし、そのような状態では」
「大丈夫大丈夫。後でもできるし。のんびりやる」
じょうろ片手に立ち尽くしている薙刀へ首を振る。そうこうしていると、「あわたぐち」のお兄さんが困り顔でご登場。
「乱、包丁、離れなさい」
弟たちにストップをかける長兄。大事な弟が人間なんぞに抱きついてるのが気に入らないのかな、心配なのかな、って考えてたんだけど、お兄さんは怒りや憎しみを向けてきたりはしなかった。昨夕だったか一昨日だったか、「ご迷惑になるだろう」とか言ってたし。私に気を遣ってるみたい。あーほら、申し訳無さそうに頭下げてる。ぺこって。
「やだ、もうちょっとー」
「まだ遊んでないぞー!」
「我儘を言うんじゃない。遊ぶならあっちで。私や毛利が付き合うよ」
難色を示す「みだれ」と「ほうちょう」は、ついにお兄さんによってひっぺ剥がされた。マジックテープの「ベリッ」という音がしそうな力技だった。
「なーんだ、またやってるのか?」
「やあお嬢さん。どれどれ、俺も近くに」
「やめておきなよ。昨日袖にされたばっかりだろ」
「乱も包丁も懲りねえよなあ」
槍の「おてぎね」、長船の「こりゅう」と「だいはんにゃ」、カタカナの「ソハヤノツルキ」、エトセトラエトセトラ。
自由の身になったのは良かったが、周辺一帯が刀剣男士だらけになっている。この騒ぎで集まってきてしまったのだろう。御殿玄関の方には他の「あわたぐち」の子たちも居る。
ああ、昨日も見たような景色だなー。一昨日もこうなってたよなー。……はあああ。
一、二、三、四、五、六、七、八──……十二、十三、十四。今日は多い日か。なんて、女性が聞けば月の物と勘違いしそうなことを思いつつ、密集した彼らを見回す。
「何やら騒がしいデスねえ。ここは一つ、ワタシが脱いで収めまショウか」
「脱がなくていい村正! 脱ぐな!」
「蜻蛉切、どうですか。アナタも一緒に」
「しない!」
「ふふ、村正ファミリーは今日も元気だね」
「カッカッカ! 活力が溢れておるなあ」
大賑わいの中心で耳にする刀たちの声は、活き活きとしていた。仲良いなあ、楽しそうだなあ、脱ぐ脱がないにも慣れてきたなあ、慣れって怖いなあ、と、ぼけーっと彼らを眺め、不意に「旅行」の二文字が頭の中に浮かび上がる。
そうだ、私はまだ神様に話していない。
今週末の旅行について。