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荷造りもした。着ていく服や着替えも選んだ。キャリーケースに旅行安全守もつけた。日程も隅々まで読み込んだ。家族との細かな打ち合わせもした。斉藤さんへの外泊申請も済んだ。財布に予算も入れた。冬のボーナス(出陣分の業績が加算されて夏より多かった)と今月の給料を充て、借りていたお金もなんとか返済できた。
二泊三日の船旅。旅支度は着々と進み、出発はもう明日だ。結局、今回の旅行については刀剣男士たちに伝えていない。いや、伝えていないというか伝えられなかったというか、言う機会がなかった。この数日、彼らと話すことはあっても一ミリもそういう話題にならなかったし、何も聞かれなかったし。知らせる必要性もそこまでないのかなー、とか思って、私から切り出したりもしてないのである。
だって、よく考えてよ。神様たちに言ったところで、ねえ?
私はあっちの家事にノータッチ。そもそも刀剣男士はご飯要らず。別に生活に不都合はないじゃん。私がいなくてもさ。不在日数だって大したことないでしょ? 一泊二日が二泊三日になっただけ。一週間や二週間留守にするわけじゃないんだから、報告なしでも差し障りはないだろう。
とは思いつつ、それなりに悩みもした。「いまのつるぎ」や「あわたぐち」の短刀、私を気にかけてくれる他の刀たちに、「なんで教えてくれてなかったんだ」って、後々詰め寄られやしないかと。気持ちの問題的なやつだ。
そうなっちゃうのも面倒で、良心が痛むような気もして、じゃあ事前に伝えておいた方が良いかなー、でも今更言い辛いよなー、けどやっぱトラブル防止のためにもなー……なんて、小さな葛藤を朝昼晩としてみたり。
うだうだ頭を絞ってはみたが、考えるのも嫌になり、天命を待つことにした私。「天命を待つ」などと格好良く表現していても、とどのつまりは「成り行き任せ」。そして神は、お前は彼らへ伝えずともよい、刀剣男士は知らぬままでよい、とお導き下さった。何せ機会がなかったのだから。
──ああ。そのはずだったのだ。少なくとも、旅行前夜までは。
*
待望の旅行当日。前の日の九時就寝の三時起き、からの五時出発という超早寝早起きスケジュールだ。だが「眠いよーまだ布団に籠もりたいよー」なんてことはなく、私はるんるん気分で軽食をとり、化粧に勤しんだ。
万全を期すべくこんのすけと荷物のチェックをして、家族に「こっち出まーす」と絵文字付きの連絡を入れる。「おう。」と一言返してきた父、「気をつけなさいよ」とキモかわ系のスタンプを乱舞させる母。弟だけ返信がなかった。少し待っても既読にすらならない。あいつ、爆睡してるんじゃ……大丈夫かな? お、お母さんが起こすよね。うん。
若干ひやっとしつつも気を取り直し、ショルダーバッグを肩に下げる。時刻は四時四十七分。機は熟した。さあ行くぞ!
「行ってきまーす」
もぬけの殻になった土間へ溶ける声。引き戸を開けた先には夜闇が立ち込めていた。空が曇っているのか、月や星もない。水平線の下にいる太陽の熱が届くはずもなく、寒くて体の芯が震える。吐く息は湯気に似ていて、白かった。
真っ暗闇の中に、こんのすけの咥える手提げ提灯の火が浮かぶ。底冷えのする夜更けのせいか、仄かなオレンジの光が暖かく感じた。
キャリーケースをごろごろと引き、先導してくれる相棒の後を歩いてゲートを目指す。横目で見る御殿にはぽつりぽつりと明かりが灯っていた。灯火の点く部屋の一つ一つに、付喪神が居る。眠らずの神々は夜もすがら何をしているのだろう。私だったら暇で暇で退屈しそうだ。
足音、障子に映る影、聞こえるか聞こえないかの話し声──こんな早くにもかかわらず、刀剣男士は活動している。まあ、「こんな早くに」と言っても、寝ない彼らに朝も夜もない。何振りかの刀は縁側や庭に出ていて、その人影どもは私を見つけるなり接近してきた。御殿の薄明かりが作る朧な影は、明けぬ夜を徘徊しているお化けみたいだった。
……はー。来ないで欲しかったけど、そううまくはいかないよねえ。付き添いはこんのすけだけで良かったのに。「いまのつるぎ」や「あわたぐち」の子じゃないといいんだけど。
こっそり発てたらいいな。という儚い希望が砕け散る。出陣の時に毎回欠かさずお見送りがあるんだもん。そりゃ今日も誰かは来ますよね。あ、見送りというか、私の監視も兼ねてるのかも。
はあ、憂鬱。バツが悪い。私、旅行のことも今日出ることも丸っきり伝えてないんだよなあ。内緒にするようなものでもないんだけどさ……。
胃がもわもわするような胸騒ぎを封じつつ、こっち来ないでくれないかなー、遠くで挨拶くらいにしといてくれないかなーと思ってみたりしたが、私は神様のご一団と望まぬ合流を果たすのであった。ちくしょう。
刀剣男士の数は五。多くも少なくもなく、まあまあだ。小さな子たちの姿がなくてほっとする。
「よっ! おはようさん。早いなあ、まだ日も昇ってないぜ。どうした、お出かけか?」
むむ、こやつは「つるまるくになが」。ちょっと前に結界の件でつつかれたから、あんまり会いたくはない付喪神である。特に今日、このタイミングでは。
「おはよ。うん、お出かけだよー」
ああああどうしよう。旅行に関しては黙っておけたらいいんだけどな。もう今の今じゃん? これから出発じゃん? 言い出しにくいって、かなり。
よし、口を慎んで最低限の返事をしよう。あとは曖昧にね。
「出陣、ではないようだな」
うわー、いかにも「疑ってます」って声。えーっと、この刀は誰だっけ。「やまんばぎり」の、フード被ってない方の……刀帳には本歌がどうこう書いてあったような。
「そうだね、今日は火曜でも木曜でもないし」
我ながらふわっとした返しである。こんな感じで乗り切りたい。質問攻めは遠慮してほし──。
「里帰りだろう?」
「随分大荷物だねえ。家に何を持って帰るんだい?」
「朝にもなってないのに行っちゃうの?」
……だめか。質問しちゃうか。「うぐいすまる」に、「しょくだいきりみつただ」に、「うらしまこてつ」。名前、合ってる? 多分合ってるよね。ていうか、どれとどれが見張り番で、どれとどれが野次馬なんだろ。あ、亀ちゃんがいないじゃん。あの子には会いたかったなー。
「ん? あー、うん。まあ……」
明言を避け、のらりくらり交わしながらせっせと歩く。やっとゲート出現地点まで辿り着いたが、付喪神ご一行も来てしまっている。もう、こういう時に限って! みんな! 去らない!
──これは、天が思し召しをひっくり返そうとしている……とでもいうのか?
「ねえねえ、いつこっちに戻ってくる?」
あっ、さっそく雲行きが怪しくなってきました。「うらしまこてつ」くん、そ、それを聞いてくるのはちょっとまずいです。すごく純粋そうな目で見られると罪悪感が、あの、その。提灯の火を照り返す若緑の眼がきれいだなーあはは。
「えー……っと、明後日の夜、かな?」
く、苦しい! でも「いつも通り一泊だから明日帰るよー」とは言えない。明日はまだ船の上。すぐにバレる。そんな嘘をつくのは悪手だ。
「ん? 明後日?」
あちゃー、そこ食いつくの「みつぼう」。私の心臓がどんどん縮み上がっていくんですけど。
「ああ、今回二泊三日なんだー」
さらっと言って微笑んで、戦々恐々としている心を隠す。内なる私は刀剣男士の次の言葉を怖がりながら、早くゲート開いてくれー! とシャウトしていた。いやマジでゲート開いて。今何時? 斉藤さん、もうゲート開いていただいてもいいんですよ! ほら「五分前行動」ってあるじゃないですか!
「ほう、それで普段の里帰りより荷が多いのか」
悠揚とした態度の「うぐいすまる」は、合点がいったかのように私のキャリーケースやショルダーバッグを見やる。
「うんうん」
落ち着き払った彼みたいに、平常心で不自然にならず、自爆しないように……。
「んー?」
役者の仮面を被ったつもりでいる私の顔を、「つるさん」がまじまじと凝視してきた。何か見つけたような、何か考えているような呟きを漏らす彼に、ドキリとする。ある種の危険予知みたいなものだ。
そしてそれは的中する。
「なあ、きみ。実家の他に行くところがあるんじゃないのか?」
わあああ「つるさん」勘が良すぎ! この前といい今日といい、もうやめてー! この神様ほんと要注意なんですけどー!
「白粉が厚い。瞼に色が塗られてある。紅も違うな。その化粧、よそ行きだろう?」
ひっ、け、化粧……!? やば、旅行だからって気合い入れてメイクしたのが命取りになるとは。
「え? あー……」
どうしようどうしよう。言う? 誤魔化す?
あっちの暗闇を見て、こっちの暗闇を見て、足元のこんのすけを見て、目が泳ぐ。提灯で口の塞がっている管狐は、憂えげな双眸で私と神様たちを見上げていた。
と、一振りの刀がくわっ! と血相を変える。いきなりのスイッチオンだった。
「まさか、政府本部か!? 召集がかかったのか? 一体何の会議だ? 俺たちにも関係することか?」
えーっ待って待って待って待って「やまんばぎり」! あんたは何を言ってんの!
「目的はなんだ。俺たちをどうする気だ。やはりお前もあちら側の──!」
はあ!? あちら側ってどちら側ですか!?
「政府と結託して悪計を企むんだろう!?」
うわあ、すんごい思い違い! 妄想の域だよこれ、何結託って! 政府は私の雇い主なだけですー!
「ち、違う違う! そんなんじゃないよ!」
あー、ややこしい事態になってきた。何この神様。誤解を招かないためにも、腹をくくるしかないか……。うん、旅行は悪いことじゃないもんね。ただ少ーし言い辛くなってただけでさ。
しょうがない。言おう。女は度胸だ。今まで黙っててすまん。謝るからそっとしといて。
「旅行! 旅行なんだよ。家族旅行。二泊三日で船旅」
諦めて告白すれば背後が白く輝く。夜を丸く切り取るようにして生じたそれは、時空を越える摩訶不思議なゲート。五時が来たのである。
待ってました私のビクトリーロード! またの名を非常口! あー助かったー。ゴタゴタする前に行っちゃおう!
「えっ」
「な、旅行!?」
「あー……」
「そうか」
「船、じゃあ海!?」
それぞれ異なるリアクションをした刀剣男士へ、「あ、行かなきゃ! じゃあねー」と、白々しく背を向ける。
「ま、待て!」
待たない! 「やまんばぎり」とその他みなさん、さいならー!
「道中に気をつけろ。良い旅になることを願っている」
「え? うん、ありがとー!」
「ああ。楽しんでくるといい」
振り向きざまに目にした「うぐいすまる」は全く動じてなくて、このカオスな状況下では常人──いや聖人に見えた。快く見送ってくれてありがとう。
「旅行……それで二泊三日なんだね」
「いいないいなー。船、海!」
「そうか、旅行だったか。こいつは驚いた」
外野のどよめきをスルーし、私は前屈みになって相棒の頭を撫でる。大きな口に咥えられていた提灯が地に置かれ、オレンジの火が揺らめいた。
「こんちゃん、行ってくるね。お留守番よろしく」
「はい。主様、どうかお気をつけて」
「うん。こんちゃんも元気で。無理しちゃだめだよ。ご飯もおやつもたくさん食べてね」
耳の付け根を揉み、頬をさすり、顎を擽って、別れを惜しむ。はあー、寂しい。一緒に行けたらいいのにな。
「待てと言っているだろう! 旅行というのは事実なのか? 本当は政府本部に──おい!」
うるさいなあ、あーんーたーはー黙っといて! もう、こんのすけとのさよならの時間を!
イラッとしつつも彼の邪推をどうにかしないとなと思い(帰った後もこじれてたら嫌だし)、こんのすけへ耳打ちする。
「こんちゃん、ごめん。後の説明お願いしてもいい?」
刀たちに聞こえないよう囁くと、相棒は頼もしく頷いた。この子に任せておけば上手くやってくれるはず。
「ええ。承知致しました」
「ありがと。ほんとごめんね。行ってきまーす!」
信頼できる管狐の可愛い顔をしっかり見納め、白光へ突進。たちまち暗転し、音が消える。重力もなくなった。