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それから花や野菜の話を一つ二つして、一匹と一振りは別れた。桑名江は兄弟のれっすんに付き合うべく御殿裏の空き地へ、管狐は巡回を再開し他の花壇へ。狐も刀も迷いなく歩いていった。
れっすんが始まった広い草地から、発声練習の声やステップを踏む音が響く。先の審神者の代では──体も心も傷だらけだったあの頃にはできなかったことだ。
しかし今は違う。損傷も欠損もない四肢は自由に動き、目も見える。耳も聞こえる。喉だって潰れていない。怒りも恐怖も虚無感もなく、精神的にも安定していた。そして時間が十分にある。手入れ後の篭手切江が夢を取り戻したのは、十一月の中旬だった。豊前江たちを誘ってスタートしたれっすん。最初は困惑していた桑名江や松井江も、一ヶ月が経過し慣れてきている。さて、歌って踊れる刀剣男士の前途は如何に。
御殿を挟んだ向こう側より届く、れっすんの微かな音。いつか彼らの完成された「すていじ」を拝見できるのだろうか。管狐は耳をひくひくさせてうっすらと笑う。江の刀らに心を和ませながら最後の花壇をパトロールする彼の鼻先で、ぽつ、と一滴の雫が跳ねた。
やれ降ってきたか。管狐は雨雲の泳ぐ空を見上げる。そうしているうちにも雨粒が背や尻尾、耳に額にと落ちてきた。雷は鳴っていない。細かな雨。雨脚は弱そうだ。けれども、傘も差さずにいればそれなりに濡れてしまう。
ちょうど見回りも済んだところです。離れに戻り、雨を凌ぐとしましょう。と、管狐が考えたその時、縁側から声が掛かった。
「おーい、こんのすけ! 雨降ってきてるぞー! 濡れるからこっち来いよ」
溌剌とした人懐こい声。管狐には誰なのかすぐに分かった。声を張り上げたのは獅子王だ。
管狐がそちらを見ると、縁側に立つ太刀と槍が手招きをしている。雨がちらつき始めた庭で管狐を見かけた獅子王と御手杵は、彼が濡れてしまわぬようにと親切心で呼んでやったのであった。
離れに帰るよりも御殿の縁側の方が近い。そこには獅子王と御手杵しかおらず、今朝方やり合った山姥切長義や小煩そうな刀などの姿は見えなかった。管狐はこれ幸いと縁側に向いて走り出す。
「ふう。助かりました。お言葉に甘え、しばし雨宿りをさせていただきます」
疾く駆けて軒下まで来た管狐は礼を言って体をぶるりと震わせる。犬がするようにして体毛に付いた水滴を飛ばし、彼はしなやかな筋肉をバネにして縁側へと跳んで上った。
「へへっ、いいっていいって」
獅子王が管狐の隣へ腰を下ろす。御手杵もまた、片膝を立てて座った。縁側の一画で、彼らは槍、太刀、狐の順で並んでいる。
御手杵と獅子王は今日の昼間の見張り当番。だが、監視対象が外出中ということで暇を持て余していたのであった。審神者が居たとしても暇みたいなものではあるが。何しろ彼女は土いじりばかりしていて、怪しい動きの一つもしないのだから。
「朝から天気は悪かったが、ついに降ってきちまったなあ。まあでも、このくらいなら雨戸は閉めなくていいか」
雨量は少ない。風も吹いていない。横殴りの雨の心配もしなくてよさそうだ。屋内に雨が入り込んできはしないだろう。雨の様子を見た御手杵が言うと、管狐は同意した。
「ええ、雨戸までは不要かと。このまま小雨で、長く降らなければよいのですが」
「障子は閉めとくか。湿気が入るって歌仙に怒られそうだからな」
縁側に面している部屋の開け放たれている襖障子に獅子王が手を伸ばす。枠と枠がぶつかり、とん、と音がした。
ほろほろと空が泣く。細雨の降る庭は霧が湧いたように白く烟っていった。一匹と二振りはその風景を眺めている。静かで緩やかな時間が流れた。
「雨が降ると気分が滅入るよな」
雨の庭を見つめ、かいた胡座に頬杖をついて呟く獅子王。
「おや、雨はお嫌いですか?」
「嫌いってわけじゃねえけど、なーんか気が沈むっつーか暗くなるっつーか。俺は晴れてる方が好きだな。空が青くてパーッと晴れてるとさ、それだけで嬉しくなるだろ?」
「そうですねえ。どこまでも澄んだ青い空と煌めく日輪は、見ているだけで清々しくなります」
「だろ、だろ!? 御手杵も思わねえか?」
「えっ、俺? んー……まあそうだな。晴れてると気持ち良いよな」
「へへっ、だよな! 天気は晴れに限るぜ」
話を振られた槍は同意すると、獅子王が嬉々として声を大にする。すると、御手杵は明後日の方向に目線をやって右の眉を顰めた。晴れの日は好きだ。しかし、かといって快晴のみを求めるのは少々違う。槍は雨も嫌いではなかった。
「けど、雨も悪くないぞ。何がどうって上手く言えないが……俺は雨も好きだ」
「あなたは雨や雪に逸話をお持ちですからね。それで雨に親しみを感じるのやも」
鞘を払えば雪が降り、参勤交代で先頭になれば雨が降る。御手杵が雨に惹かれるのは、そんな伝承があるからなのかもしれない。彼は「三名槍の中でもパッとしない逸話」だと、肩身が狭い思いをしているようだが。
「あー、まあ、そうなのかもしれないな。でも、濡れるのはご免だぜ」
にへ、と人好きのする笑みを見せる槍。
「ふうん、御手杵は雨も晴れも好きなんだな。俺は断然晴れだけど……こんのすけはどうなんだ?」
獅子王はほうほうと頷き、管狐へ尋ねた。自分、御手杵とくればお次はこんのすけである。
「ううむ……どうでしょう。どちらも好きですかねえ。そして、どちらも嫌いでもあります」
「ん? なんだよそれ」
「好きで嫌い、なあ……」
管狐の謎掛けめいた返答を聞いた二振りが首を捻る。狐はくすりと笑って開口した。
「その時々による、ということですよ。晴朗な空は好きですが、真夏の太陽は暑くて憎らしい」
「うーん」
「雨も同じです。連日雨だと疎ましくもなりますが、たまの雨なら天の恵み。猛暑に降る雨はありがたいものです。畑や花壇が潤います。なれど、長雨は一部の作物に良くない。水分が多すぎると、根が腐ってしまいます」
「ああ、そっちの心配か。そういえば水を遣り過ぎたらだめな野菜があるって、この前桑名江が言ってたな。南瓜に大根、とまと……」
いつぞやの雑談を思い返し、御手杵は多湿に弱い作物の名を挙げていく。
「ええ、その通り。やはり桑名江は農業にお詳しいだけあって、野菜の知識が豊富ですね」
「すごいよなー。味見で土の良さも分かるんだぜ。刺すしか能がない俺とは大違いだ。俺にもああいう特技があればなあ」
己を卑下する槍の肩を獅子王がバシンと叩いた。パワフルな激励である。
「なーに言ってんだ。御手杵にもすごいとこ、いっぱいあるだろ!」
「そ、そうか? 自分ではいまいち……」
「偵察能力も高いし、仲間想いだし、あとは──背が高い! 大丈夫だって、もっと自信持てよな」
にかっと口を大きく開け屈託なく笑う獅子王は太陽のようで。その明るさに力付けられ、御手杵も唇の端をくっと上げた。
「……ああ。ありがとな」
「おう!」
笑い合う二振りを見た管狐もまた、温かな表情になる。
「仲良きことは美しき哉。私、心がほかほか致しました」
にこにこ顔のこんのすけ。彼の方を向いた獅子王は、ふと一つ気になった。
「なあ、こんのすけ。さっき好きであり嫌いであり、って言ってたけどよ。今日の雨はどっちになるんだ?」
「ふむ」
管狐は雨空を遠望し、暫時考える。主人のいない今日、曇り空を陰気臭く感じていた彼だったが、獅子王たちと話すうちにそんな侘しさなどすっかり消え失せていた。だからこうして笑えているのだ。
鉛色の空。ぱらぱらと降る雨。冷たい大気。雫を受けて濡れる緑。軒先の雨垂れ。……隣には、二振りの刀剣。
「──悪くありませんね」
糸のように目を細め、こんのすけはそう答えた。彼はとても満たされた面持ちをしていて、それはきっと、太刀と槍のおかげなのである。