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へし切長谷部の準備が整うと、管狐はもったいぶって咳払いをした。
「こほん。ではいきましょう。お次は主様の口に合う食べ物です。これは大変ですよ。主様は食べること自体がお好きで、好物はごまんとあります。好きな景色や場所の数とは比べものにならぬほど」
和食、洋食、中華──食事が好きな狐の主人。その嗜好は無数にある。語りは更に速くなり、情報量も増えるだろう。薙刀と打刀が付いてこれるか見ものである。
管狐はにやりと笑って顎を引いた。妖しく瞬いた黒い二つの眼は、煽り立てるような、挑発するような強さを孕んでいて。
「ふむ、学び甲斐があるな」
粛然と身を引き締める巴形薙刀。
「情報は多い方が良いです」
ちっとも動じていない白山吉光。
「……」
精神を研ぎ澄ますへし切長谷部。
「食べることが好き、かー。そういやあいつ、南瓜を食べるために包丁直しに来てたよな」
「ああ。そんなこともあったなあ」
獅子王と御手杵は秋の日を追想し気楽にお喋りをしている。
「御方々、耳の穴をこじ開け、しっかりお聞きくださいね」
刀を一振り一振り見つめ、管狐は話しだした。独壇場の幕開けだ。
「鶏の唐揚げ、焼き茄子、薩摩芋の天麩羅、三つ葉を乗せた茶碗蒸し、ぶろっこりい入りのしちゅう、炊きたての白米、具だくさんの味噌汁、鮭としめじのほいる焼き、甘めの肉じゃが、すくらんぶるえっぐ、蜂蜜をたっぷり垂らしたほっとけえき──」
速い。怒涛の口撃はもはや呪文のよう。打刀が参加する前とは速度が桁違いに上がっていた。管狐の声と筆が紙を滑る音が流れ、雨の調べが霞む。
「ちょ、こんのすけ、いくらなんでも速すぎだろ」
「おー、ずらずら出てくるな」
ぽかーんとしていた槍と太刀が我に返って目と目を合わせた。
「長谷部も巴形もすげえ……」
「ああ、よくやるぜ……」
聞き取りを諦めた彼らは、競うように筆を走らせている二振りや口を機関銃にした管狐を眺めている。
審神者の好物を一心不乱に書き留める薙刀と打刀。剣は涼しい顔して丸暗記を続けた。
「とんかつ、春巻き、牛肉ころっけ、水炊き、豆乳鍋」
ペースダウンなどない。狐の口からは揚げ物、鍋物と様々な料理名が矢継ぎ早に出てくる。へし切長谷部と巴形薙刀の帳面はどんどん文字で埋まり、一枚二枚と頁が繰られていった。さて、お次は果物コーナーだ。
「果物は鮮度の良さが大事です。主様は瑞々しく甘い果実を好まれます。苺、蜜柑、林檎、梨……おっと、主様の好きな果物を語るうえで、欠かせないものがありました。夏の味覚、西瓜です」
西瓜。自身の放った単語にはっとした管狐は剣へと視線を送る。マシンガントークがぴたりと止まった。大忙しで回っていた舌はやっと休憩に入り、紙の上を踊る打刀と薙刀の筆も静止する。
勿忘草の色をした瞳と円な黒い瞳が交差した。
「白山吉光。あなたは『西瓜』が何であるかご存知ですか?」
大姫の嫁入り道具だった剣は、彼女の死後神社に奉納された。その神社の神紋は三子持亀甲瓜花。剣の被る帽子の左右には瓜の花の装飾があり、内番服の腰には真桑瓜の根付がつけられている。白山吉光と瓜の縁を思い起こして、管狐は瓜科に属する西瓜の話を持ちかけたのであった。
「……いえ」
唐突に指名され、白山吉光の瞼が緩やかに開閉する。肩で行儀良くお座りしている白い狐もまた、分からないといったように顔を左へ傾けた。
「『すいか』とは瓜の一種でして、西の瓜と書きます。あなたの知っているであろう真桑瓜とは違いますが、甘くて美味しいのですよ」
「西の瓜……すいか……」
瓜と聞いて感興が湧いたのか、剣は二、三度「すいか」と口の中で転がす。
「ええ。西の瓜、すいかです。異国の西域から伝わったためにその名が付いたのだとか。江戸時代には水の瓜とも書かれていたようですよ」
白山吉光の好奇心を嗅ぎ取り、薀蓄話をする管狐。彼は西瓜にまつわる夏の思い出も溢し始めた。
「夏の果物において、主様は取り分け西瓜がお好きでしてねえ。欲張って一度に二玉お召しになられた時がありました。西瓜は体を冷やしますし、水分を多く含む故、食べ過ぎは良くないとご忠告致しましたが……案の定、腹を壊されてしまって。あの日ばかりは私も少々きつく諫言を申しましたなあ」
狐が懐かしみながら話すと、獅子王は「へえ」と驚く。審神者へ忠義を尽くす管狐の姿を日頃見ていたからこそ、狐がきつい諫言をしたというのは意外だった。
「お前でもあいつに怒ったりするんだな」
「いえいえ、怒ってはいませんよ。私は注意を差し上げたまで。主様のお体を思ってのことにございます」
太刀に言われ、管狐は心外そうに語気を強めて否定する。「主の補佐をするにあたり、体調管理に気を配るのも大切だ」と、墨池へ筆を落としながら薙刀が口を挟んだ。黙ったままの打刀は、胸裏で巴形薙刀の言葉に同調していた。主の健康面への留意、これを欠かしてはならない。
「……すいか、西の瓜」
西瓜に思いを巡らせる剣の呟きを白と黄色の耳が拾う。管狐はまた白山吉光へ視軸を定め、春風がそよぐようにして笑った。
「気になりますか? 夏に畑で採れた西瓜がまだ余っておりますよ。主様が丹精込めて育て上げたものです。不思議な葛籠で保管し、少しずつ間食されていて──。西瓜は主様の好物ですが、頼めばきっと分けてくださるでしょう。今度、一声掛けてみては?」
白い犬歯を見せて提案するも、剣は無表情で唇を閉ざしていた。勿忘草色の双眸が沈吟するように一点を見ている。
離れに住まう人の子は自分たちを治し、行方知れずだった秋田藤四郎を救った。暴力を振るわず、無理な使役もせず、現時点で害になっていない人間。けれど、過去に焼き付けられた恐怖や不信感があってかどうしても警戒してしまう。声を掛けてはどうかと告げられてもすんなり「はい」とは返せなかった。
「なあに、強要しているのではありません。あなたがそうしたくなったら、で良いのですよ。堅苦しく考えずに」
口を水平に結んでいる白山吉光へ管狐が笑いかける。剣は静かに頷いた。
瓜の一種、西瓜。夏の果物。甘くて美味しい。審神者が所有している。それらをより深く心に刻み、「この先、そうしたくなったら」と、白山吉光は紐付けた。
「さて、話に戻りましょうかね」
閑話休題。ふさふさの尻尾をゆったり振って、管狐は打刀と薙刀に目をやった。書く体勢のままスタンバイしていた二振りの手に力が入る。休憩は終いのようだ。
しとしとと降る雨、ぺらぺらと喋る狐、紙を滑る筆……どれも永遠に続きそうだったが、遅からず幕切れが訪れた。墨がなくなってしまったのである。
「今日はこのくらいにしておきますか」
ふう、と管狐が一息つく。いくら主人の話題とはいえ、少々話し疲れたらしい。
「歌仙兼定に墨を貰いに行ってもよいのだが……」
空になった墨池を片手に、廊下へと顔を向ける巴形薙刀。彼はまだまだ話を聞く気があるようだ。墨の補充さえできれば。
「ええっ!? お、おいもういいだろ? また次にしろよ。な?」
獅子王が間髪入れずに白い着物の袖を掴む。太刀の隣では槍がこめかみを押さえてうんうん唸っていた。
「あー……頭の中がこんがらがってるぜ」
「うんと話しましたからねえ。ご清聴ありがとうございました」
狐の礼で締め括られ、講義はお開き。淑やかにお辞儀をした管狐はへし切長谷部に目を留める。打刀は畳に広げた帳面を食い入るように眺め、書き損じや抜けがないかと真剣に一語一文を見直していた。管狐に出来心が起きる。脇目も振らず帳面に齧りつく付喪神へ、ちょっかいをかけたくなったのだ。ちょっとしたお巫山戯をしてやろう、と。
「おっと、忘れていました。主様が愛してやまぬものを」
芝居臭く肉球で口を押さえ、狐は上目遣いをする。審神者の愛してやまぬものと聞き、へし切長谷部はいち早く「なんだ」と問うた。巴形薙刀も白山吉光も、管狐の発語を待っている。
「我が主の愛してやまぬもの。それは、僭越ながらこの私。『管狐のこんのすけ』にございます」
「ほう」
にやにや笑う狐。真に受けた薙刀は乾きかけの筆をすらすら操り、「管狐のこんのすけ」と綴った。真面目なのか純真なのか──両方であろう。
「……」
打刀の顔が忌々しげに歪んだ。眼光は鋭く冷たい。自分がからかわれていることを、管狐のおどけたような話し方で察したのである。へし切長谷部が面白いくらいに気色ばむので、管狐は調子づいた。
「おや、へし切長谷部。筆が動いておりませんよ。もう一度言いましょうか? 主様の愛してやまぬものは、管狐の」
「分かっている。二度言わなくてもいい」
低い声で苛立ちをそのままぶつけ、狐の言葉をねじ伏せる打刀。そんなわけがないだろうと一蹴することもできず、それがまた悔しい。なまじ嘘でもないのだ。あの審神者はこんのすけをいたく可愛がっている。本丸の誰しもが知る事実であった。
「いつかあなたも、主様の『好きなもの』のうちの一つになるといいですね」
煽る煽る。悪びれない管狐は敷居をぴょんと飛び越え、打刀の前に躍り出た。神経を逆撫でされたへし切長谷部の額に青筋が立つ。ピキッと。
「……お前、イイ性格になったな」
棘のある返し。更にトーンが下がる声。怒りのこもる地の底を這うような音に、狐は物怖じしなかった。むしろ楽しんでいた。
「お褒めに与り光栄です」
これ見よがしに礼をした管狐は可笑しそうに笑って縁側へ戻る。
打刀が分かりやすく感情を乱すのでついついからかってしまったが、そろそろ止めておこう。何事もしつこいのは良くない。狐は引き際を弁えていた。
審神者の情報を得た代償におもちゃにされたへし切長谷部は、般若も真っ青な形相で管狐をひと睨みしたのち、帳面をパラパラと捲る。書き記した内容を見直し終え、彼は巴形薙刀をちらりと見た。そしてこそっと耳打ちをする。「帳面を貸せ。後で始めの方を書き写したい」と。薙刀はもちろん快く頷き、帳面を渡してやった。