雪解け - なんとはなしに

59*


 ああ良かった。一安心ですな。
 座禅をしに森へ行くという山伏国広と別れた管狐は、晴れやかな顔で帰り道を歩いていた。悩みが一つ解消されたせいか心は軽い。日光を浴びた黄色と白の尻尾が、つくしのように直立している。
 御殿の真上に浮かぶ丸い太陽。雨雲の失せた本丸上空は青く、うらうらとした日差しが春めいて庭に降り注ぐ。狐の体毛に含まれていた湿り気はなくなり、草木の露もじんわりと蒸発しつつあった。
 長い探索に、山伏国広との立ち話──正午を過ぎて何時になろう。下調べでうろうろしたこともあって、狐は空腹感を覚えた。腹が減っていればいるだけ食事が美味しくなる。今日の昼餉はサンドイッチだ。管狐の好きなツナがたっぷり詰まっている。彼はこれにがぶりと齧りついて、口いっぱいに頬張るのが好きだった。
 昼食を想う狐の口内に唾液が広がる。腹の虫が鳴きそうだ。空きっ腹に急き立てられるかのように、四つの脚は小走りになった。このまま離れにまっしぐらになるかと思いきや、そうはならず。
 ……おや? あれは、亀甲貞宗と物吉貞宗。何をしているのでしょう。
 御殿の格式高い玄関を通り過ぎた管狐の視界に入ったのは、貞宗派の打刀と脇差。庭に聳える一本松の木の下で、二振りはしゃがみ込んだり、樹頭を見上げたり──何かを拾うような、掴むような動作もみられる。探し物でもしているのだろうかと、狐はそちらへ進んでいった。
「あ、こんのすけ」
 近付いてきた管狐を見つけ、物吉貞宗が笑みを溢して片手を上げる。手首から先はグーの形をしていた。
「物吉貞宗、亀甲貞宗、ここで何をしているのですか。探し物でもお有りで?」
 松の下陰まで来て四脚を停止させ、狐は脇差と打刀へ視線をやった。
「ふふ、これだよ」
「これですよ」
 兄弟は口を揃えて言い、手に持っている物体を管狐に見せる。狐の足先ほどの大きさで、色は焦げ茶。逆立った魚の鱗が段になって並んでいるようなそれは……。
「松笠ですか」
「はい。松笠です。『松ぼっくり』ともいいますよね」
 この一本松が落とした松笠。彼らはこれを求めて集っているらしい。管狐は二振りの手中にある松ぼっくりへ交互に焦点を合わせ、小首を傾げた。はて、何故松笠を。
「部屋に飾るんだ。箪笥や机だけじゃ寂しいからね」
 次なる疑問を燻ぶらせた管狐に亀甲貞宗が訳を教えてやれば、側に立つ物吉貞宗が青空を仰ぐ。
「気分転換にもなるからって、亀甲兄さんが誘ってくれたんです。雨も上がりましたしね。太鼓鐘も一緒だったら良かったんですけど……」
 貞宗派の刀剣は三口いる。打刀の亀甲貞宗、脇差の物吉貞宗、そして、短刀の太鼓鐘貞宗。一振りだけ姿がない。
「太鼓鐘貞宗はどうしたのです?」
「あの子は今、伊達の刀のところに遊びに行ってるよ」
 聞いて、狐は「なるほど」と納得する。
「太鼓鐘貞宗は伊達家とも縁のある刀剣ですからねえ。仲が良いようで」
「うん。わざわざ連れ戻したり、割り込んだりしなくていいかなって。あの子の分はぼくたちが拾えばいいさ」
「はい! 喜んでくれるといいなあ」
 優しい色を帯びた目を見交わして微笑み合う兄弟に、管狐もふっと頬を緩めた。
「そうでしたか。きっと喜んでくださいますよ。可愛らしい置物になるでしょうねえ」
 二振りの持つ松笠や松の周りに散らばっている松笠を眺め、狐はにこやかに頷く。
「たくさんあってどれにしようか迷ってるんです。色も形も、一つ一つ違いますから」
 淡い聴色の瞳がそこいらに落ちた松笠を転々と映す。どれを持ち帰るか選びかねているようだ。
「ええ。自然の成す芸術です。松笠も奥が深い」
 近くにあった松ぼっくりを鼻でつつき、同感する管狐。サイズ、色、形、鱗片の数──自然の生み出すそれに、一つとして同じ物はない。
 今年、審神者の浄化によって元通りとなった立派な大樹は、幾多もの球果をつけた。本来種子の成熟には二年の歳月を要する。しかし、どういうわけかこの松は数ヶ月足らずでぐんぐんと育ち、種を飛ばした。松の根本や枝の下には役目を終えた数々の松笠が転がっている。選り取り見取りではあるが、これだけあると、お気に入りを選び出すのにも苦労しよう。
「ボクは楕円形のを探してて……うーん、迷っちゃいます」
「楕円も良いけど、丸くてずんぐりした松ぼっくりもぼくは好きだよ。乾燥してしっかり開いているのとか」
「ああ、良いですねえ。ですが、笠が開き切っていないものも、奥ゆかしくて愛らしい」
「わあ! 分かります! 少しすぼんでいても可愛いですよね」
 狐と貞宗の刀らは楽しげにお喋りする。松笠談義。会話に混ざる管狐もにこにこと相好を崩していたが、亀甲貞宗のある台詞を聞き目つきを変えた。
「あー……どうしましょう。どれも素敵で選べません」
「そんなに悩まなくても、いいなと思ったものは全部持って帰ればいいじゃないか」
 いいなと思ったものを全部とは、一体どのくらいの数になるだろうか。松笠も『くりすますりーす』の材料になるので、持ち去られ過ぎてしまうと幾分困る。主人は「松ぼっくりは庭で拾えるから大丈夫だね」と嬉しそうに話していた。調達の際、松笠が少数しかないとなれば、がっかりするかもしれない。
「お二方、できればあまり取り過ぎぬようお願いしたいのですが」
 松ぼっくり不足を危ぶみ、管狐は神妙な声音で二振りへ言う。
「え? あ……はい、分かりました。でも、どうしてですか?」
 了解しながらもクエスチョンマークを浮かべた物吉貞宗。亀甲貞宗も不可解そうな表情をしている。二振りとも相州貞宗の作で、目鼻立ちはそう似ていないものの、醸し出す雰囲気はどことなく相通じていた。
「主様も松笠を必要とされておられるからです」
「あの方が?」
「なぜなんだい?」
 兄弟の素朴な問いへ、狐は「材料になるのです。主様が工作なさろうとしている『くりすますりーす』なる飾りの」と答えてやる。打刀も脇差も、微かに目を大きくした。
「くりすます──」
 こてんと頭を左へ倒す物吉貞宗と。
「──りいす?」
 眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと上げる亀甲貞宗。
『くりすますりーす』とはなんぞや。そんな顔をしている彼らに、狐が説明を始めた。十二月二十五日は「くりすます」という日であり、前日の二十四日に主人が宴を開くこと。ぱーてぃー会場となる離れを「くりすます」仕様にするべく作る飾り付けが「くりすますりーす」であること。「りーす」とは輪状の装飾品であること。
 貞宗兄弟はふむふむと話を聞いて、物分かり良く承知する。つまりは、宴の場に設えるための装飾物の材料がここに散乱している松ぼっくりであり、自分たちが取り過ぎてしまうと作成に差し支える、と。
「分かりました。じゃあ、ボクたちが持って帰る松ぼっくりは十個以内にしておきますね!」
「ああ、そうしよう。一振りにつき一つか二つあれば十分さ」
「申し訳ない……ご理解いただき、ありがとうございます」
 柔順な二振りに頭を下げる管狐。亀甲貞宗も物吉貞宗も心根の良い刀だ。……前者は多少、いや、かなり個性が強くもあるが。
 打刀の一風変わった性質を頭の隅にちらつかせながら顔を上げれば、脇差が狐をじっと見ていた。
「その『りーす』って、他にはどんな物を使うんですか?」

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