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両手を膝につき、腰を屈めて管狐を熟視する彼の瞳は、興味津々に輝いていて。亀甲貞宗も知りたいのか、狐の返事を黙って待っている。兄弟の熱い眼差しを受け、管狐は迷うように「ふむ」と髭をぴくつかせた。というのも、主人からの聞きかじりや「ぱそこん」の覗き見で得たリース作りの知識は不完全であり、狐は全ての材料を知っているわけではなかった。
だが、せっかく脇差が関心を抱いて聞いてきたのだ。己の知る限りを伝えよう。と、管狐は地表に剥き出しになっている松の太い根にちょこんと座り、開口する。
「私には生半可な知識しかありませんが、それでも良ければ」
「はい! お願いします」
「……では。主様にお聞きしたところによると、『くりすますりーす』にはぎざぎざに尖った葉や赤い木の実などを用いるそうですよ。土台となる輪には丈夫でよくしなる蔦が」
「じょ、丈夫でよくしなる蔦!? 縛られるにはもってこいじゃないか! それは、それを、どう使おうというんだい!?」
叫ぶように言って、打刀は狐ににじり寄った。彼の豹変ぶりに瞠目し、脇差の体がビクッと跳ねる。管狐は亀甲貞宗の異様な食いつきにコンマ一秒のみ驚くも、白けた顔で半目になった。「ああ、始まった」とでもいうような面持ちだ。
狼狽えている物吉貞宗を尻目に、管狐は淡々と否定する。彼は今、猛烈に溜め息を吐きたかった。
「あなたが考えているような用途ではありま」
「うっ、ああっ! 丈夫でよくしなる蔦……! ゾクゾクするね……っ」
頬を上気させ、はあはあと息を荒げる亀甲貞宗。白菊の如き美青年はどこへやら。
「亀甲貞宗、これ、落ち着きなさい」
打刀の興奮を抑えるべく、泰然とした態度をとる管狐だったが、効果はない。
「あの人、縛るのは得意だろうか……ふ、ふふふ」
亀甲貞宗は四つん這いになって管狐に迫っている。狐を包む女の施した結界に打刀の顔が当たってしまいそうだ。いくら肝が据わっているとはいえ、これには管狐も後ずさりした。
「『くりすますりーす』の材料だと言っているでしょう。決して縄などでは」
「縄!?」
「ですから縄では」
「縄! 縛られたいっ!」
「お黙りなさい!」
ぷつん、と、狐の中で何かの糸が切れた。「縄」というキーワードに昂り、くわっと目と口を大きく開いた打刀へ頭突きがぶちかまされる。避けられなかった付喪神は顔面で綺麗に受け止めた。
「うぶっ」
そんな声を漏らして鼻を押さえる打刀。狐を包む弾力のある結界がクッションになったが、そこそこのダメージはあったらしい。「頭を使った」一撃は奏功した。亀甲貞宗は自我を取り戻し、正座になってずれた眼鏡を直す。
「す、すまない。つい血湧き肉躍ってしまって──」
「あなたの性分を非難する気はありませんが、話くらいはきちんと聞いていただきたいものですね。全く」
「あ、あはは……」
すまなそうにしている亀甲貞宗を管狐が薄目でじろりと睨む。物吉貞宗は苦笑いするしかなかった。ともあれ、打刀が正気になったので話の本筋に戻る。狐は材料と作り方を分かる範囲で話してやった。
「いいなあ。もっと知りたいし、ボクも作ってみたいです」
脇差が制作意欲を起こす。聴色の目は活気に満ち溢れていた。
「ふむ。では、折を見て主様に訊ねてみると良いでしょう。詳細に教えてくださると思いますよ」
管狐が助言をするも、脇差は「はい」と言わない。気品を湛えた顔から明るさが消えた。
「あの……」
歯切れの悪い、心細そうな口調。しばし目線を中空へ漂わせ、物吉貞宗は遠慮がちに語を継いだ。
「……一緒に作ったりとか、できないですかね?」
「一緒にとは」
「えと、審神者様と……」
ちょっぴり恥ずかしいのか頬を桃色に染めた脇差を見て、管狐はくすりと笑う。なんと微笑ましいことか。獅子王らや山伏国広のように、物吉貞宗も主人に対して悪感情を持ってはいないのだろう。でなければ、言うはずもない。「審神者と一緒に作りたい」などと。
「どうでしょうねえ。頼んでみないことにはなんとも……。もし主様へ声を掛けるのであれば、微力ながら私が口添え致しましょう」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」
喜色満面で前のめりになる物吉貞宗に柔らかな笑みを返し、管狐は思った。彼に願いを伝えられた時、主人がどのような心情になるかは分からないが、少々の仲立ちぐらいは許されるのではないか。刀剣男士を敬遠している主人が彼らと時間を共有できるよう、橋渡しをしたい。そうして仲が深まれば、万々歳である。無論、無理強いはしない。主人が本気で嫌がるのなら。
「こんのすけ、ぼ、ぼくもいいかな? 物吉くんと、あの人と、一緒に」
亀甲貞宗が割って入ると、管狐は途端に険のある目になった。
「亀甲貞宗、あなたも主様と共に『りーす』作りがしたいのであれば、失礼なく、紳士的にしてくださいね。私は知っているのですよ。あなたは先月、私の居ぬ間に主様へ『尻を叩け』と要求したことがあったでしょう?」
「え? こんのすけ、知ってたのかい? いやあ、恥ずかしいなあ。ぼく、お尻ぺんぺんをされたっていう君が羨ましくなって──」
顔を赤くしてもじもじする打刀。兄弟の志願を嬉しく思っていた物吉貞宗だったが、狐と打刀のやり取りを聞いて「うわあ……」と口元を引き攣らせている。
「何を照れているのですか。話さずとも結構ですよ。紳士的にと言ったばかりだというのに……」
「ああ、うん、紳士的に! 分かっているさ任せてよ」
「……はあ。先行きが心配でなりません。ともかく、主様への無礼や、主様を困らせるような言動は慎んでください。でないと接近を禁じます。『りーす』作りなど以ての外」
ギンと眦を吊り上げる管狐へ、打刀は子犬さながらに瞳をうるうるさせた。
「い、嫌だよ! ぼくも一緒にしたい! ちゃんと自分を律して、紳士的にするから」
「誓えますか?」
「うん!」
「……分かりました。ではあなたの架け橋にもなりましょう」
力いっぱいの返答に、狐が折れる。ここまで念押ししたのだ。亀甲貞宗も暴走せず、「紳士的」に──。
「ありがとう! ふふ、本当はきつく、ぎゅっと縛ってみて欲しいんだけどね! 丈夫でよくしなる蔦で……ああ、縛るより縛られたい」
「んなっ」
打刀は一瞬で自分の世界にトリップしてしまった。あの「うん!」は何だったのか。管狐も脇差も唖然とする。
「縛ったり縛られたりするのかい? それは随分、刺激的だねえ」
一匹と一振りが亀甲貞宗に気を取られている最中、登場したのは大脇差のにっかり青江。皆、声のした後ろを向く。死角からぬっと現れた彼は、いつもの薄ら笑いを貼り付けていた。
「し、縛られたり!?」
「にっかり青江……!」
「わっ、にっかり様、いつの間に!?」
打刀は色めき立ち、脇差と管狐は喫驚する。今の今まで気配もなければ匂いもない。にっかり青江の存在を感知できていなかったが故に、驚きもひとしおだ。
「やあ」
左肩に掛けた白装束や木賊色のポニーテールを揺らしながら、にっかり青江は松の木へと歩いていく。
「何をしているのかなって思って。来てみたんだ。こっそりとね」
「にっかり様! もう、急に現れるからびっくりしましたよ。気配、消してたでしょう?」
「ふふふ」
唇を尖らせる物吉貞宗。妖しげに笑うにっかり青江のそれは「イエス」を示していた。彼は一本松に集まった狐と刀に気まぐれを起こし、影に溶けるようにして背後へ忍び寄ったのである。
「あ、ああっ、縛られたいっ! 蔦で! 縄で! 体も心も!」
「縛ったり縛られたり」を耳で拾った亀甲貞宗はというと、トランス状態に陥っていて。丸裸の欲望がダダ漏れだ。
「律する決意はどこへやったのですか!」
「んぶっ」
まるでロケット。本日二度目となる管狐の頭突きが、打刀の顎にクリーンヒットする。大脇差は「痛そうだねえ」とくつくつ喉を震わせ、脇差は眉をハの字にして乾いた笑いを立てるのであった。