05
盆が過ぎれば秋の風、とは云うが、まだまだ夏は終わらず、暑い。特に今日のような日本晴の上天気だと、気温が高くてしょうがない。水の満ちた池の側だというのに、ちっとも涼しくないんだもん。どこに居ても茹だってしまいそう。
ジリジリと照りつける日差しに曝され続け、少し頭がぼうっとしてきた。長風呂をしてのぼせたような感覚だ。
まずい、熱中症か? 日射病か? 脱水か? 水飲んでおこう。
肩に下げた竹の水筒を手に取り、ぐびぐびと井戸水を喉に流し込む。うー……ぬるい。
「こんちゃんも、はい」
「ありがとうございます」
「ぬるいよ」
こんのすけに寄り添うように座り込み、大きく開けられた口にゆっくりと水を流し込んでやった。
「……まこと、生ぬるうございますな」
「でしょ。汲んでからだいぶ時間が経ってるしね」
はあ、キリッと冷えた水が恋しい。
黒髪の子が本丸御殿に消えてはや一時間。私達は炎天下のなか、未だに同じ場所で待機している。
真夏の晴天(しかも昼間)に外で待ちぼうけ、って、これ、自殺行為じゃね? ……はっ、もしやあの子、それを狙ってたりして。自ら手をくださず、夏の太陽でじわじわ嬲り殺す──うわ、ひどいな。恐ろしい。もし私が干からびて死んだら呪ってやるんだからね! ……あれ、神様って祟れるの?
「あっつー」
首筋や顎に滴る汗を乱雑に拭い、桜の幹に背を預ける。
「せめてここが木陰だったらよかったのになー」
「同感ですが……ないものをねだってもどうしようもありますまい」
「それはそうだけどさ。……はあ、冬でもないのに枯れ木なんて、ヤだねえ。来年はちゃーんと桜咲かせて、葉っぱもぼうぼうにしてくんなきゃ」
「然り。桜は四季折々で楽しみがございます故」
「だね。来年はさあ、一緒にお花見しようね。私、地味にそれ目標にしてるんだー。ささやかな野望」
「主様には珍しく、活気有する大志でございますな」
「えっなにそれ。普段やる気なしみたいな言い方しないでよ。ちゃんと仕事も頑張ってるじゃん。コツコツ浄化してるし、こーんなあっついのに健気にあの子ら待ち続けて──」
和やかな会話が止まったのは、突如聞こえた音と、気配のせい。
熱でのぼせ上がった顔を上げれば、複数の目と視線がかち合う。大きく開いた襖障子の向こうに、すっかり見慣れてしまった人影が三つ、並んでいた。
ほお、監視組が勢揃い。黒髪の子、青い髪の子、灰色の髪の子──三人同時に視界に入れるのは、敷地一帯を浄化した時以来だろうか。
ああ、いや、三「人」じゃなくて三「口」か「振り」なんだっけ? 刀なのに人の形してるもんだから、つい「何人」で数えてしまう。ややこしいわ。そもそもあの子たち刀剣男士は「付喪神」だそうだが……神様の数え方はどうなんだろう。
「お見えになられましたね」
「うん。さあ、続きといこうか」
「お気をつけて」
「ん、ありがと」
小さな狐をひと撫でし、気を引き締める。ついでに自分を守る結界をちょいと強化しておいた。
暑さにやられてけだるい体をよいしょと起こし、その場に立ち上がる。若干立ち眩んだが、一呼吸もすれば治まった。後でもう少し水分補給をした方がいいかもしれない。
「やっ、どうも。こんにちは」
己の不安と緊迫感は胸の奥にひた隠す。笑顔はうまく作れているかな。
微笑みを添えてひょいと手を振れば、青い髪の子と灰色の髪の子が顔を顰めた。私としてはそつなく気取らない挨拶をしたつもりだったのだけれど、お気に召さなかったのだろうか。
んー、あの子たち人っぽく見えて神様だもんなあ。「ご尊顔を拝謁でき、恐悦至極にございます」とでも畏まれば良かった? うっわ面倒。堅苦しいのは嫌だよー。一応仕事仲間なんだからさあ。おっと、「仲間」と思われてなかったわ。
ま、今更へりくだってもねえ。……あー、そういえば、あの子たちに敬語を使ってたこともあったっけ。下手(したて)に出てた最初の一ヶ月くらいだけだけど、それ相応に敬う姿勢出してたなあ私。全然効果なかったから、そのうち自然消滅したんだよね。
「で、どうなった?」
屋内から私を見下ろすばかりで一言も発さぬ付喪神様に問いかければ、彼らはそれぞれ目配せをして、黒髪の男の子が前に進み出てきた。三人の中であの子がリーダー格なのだろうか。確かに見た目的に最も年上のように見えるが……。でも、持ってる刀が一番大きいのは灰色の子だもんなあ。序列が分からない。
そうこう考える間もなく、縁側まで足を運んだ黒髪の男の子に声をかけられた。
「条件がある」
硬い語調で放たれた言葉に、「これは目的が達成できるかも」と、それなりの感触を得る。まさかこうもすんなりいくとは思ってもみなかった。正直、三人(三口)がかりで追い払われるだろうと九割強諦めていたのだから。糞暑い中待った甲斐があったというもんだ。
──さあ、して、「条件」とは。
「なに?」
暗紫の瞳を真っ直ぐに見据え、短く訊ねる。黒髪の子は表情を曇らせており、なかなかに複雑そうな面持ちをしていた。
人への──私への憎しみや怒りに加え、戸惑いや迷いを孕んだような、……けれど漠々としていて、深層の読めない形相。初めて会った頃のこんのすけと同じように、あの子らも一筋縄ではいかない底知れぬ闇を抱えているのだろう。先の審神者によって。
黒髪の子、青い髪の子、灰色の髪の子。各々渋そうな、苦そうな面をしており、一見、いつもと同じような顔に見えたが、よくよく目を凝らせば、あの時とは──刀と振り被られた時とは、どこか違っていた……ように思う。ああ、ギラつきがそこまでないのか。
ただ、刀の柄を握る手の、指の力強さが、私に対する警戒心と不信感をまざまざと突きつけており、決して気は抜けない。「いつでもお前を殺せるんだぞ」「斬ってやれるんだぞ」と、そう脅されている気がした。
程なくして、黒髪の子がゆっくりと口を開く。薄い唇の周りにある青痣が痛々しい。
「見張りをつけること、勝手に行動しないこと、やる事が終わったらすぐに出て行くこと」
……ふうん。まずまず、だな。
彼らの提示した「条件」に抱いた率直な感想を心中で述べ、でもまあ、予想より厳しいものでなくて良かった、と安堵する。「結界を解け」とか、「審神者を辞めろ」「出て行け」とか言われたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんだよね。
「分かった」
見張りなんて、日常茶飯事ではないか。どうってことない、ただ距離が近くなるだけ。結界さえ強化しておけば、至近距離からの不意打ちにも対応できるだろう。きっと、三人くらいの攻撃ならなんとかなるはず。
「少しでも変な動きをしたら、たたっ斬るから」
明るい灰色をした髪の子が、若葉を連想させる萌黄色の眼で睥睨してくる。小学生みたいな背格好のくせに、威圧感が半端ない。貫禄があるのは、神様だから? 永きを生きた刀剣だから?
「いいよ」
弾き飛ばすけど。
威勢のいいセリフは喉の奥にしまい込んだが、返した視線はやや挑発気味だったかもしれない。だめだめ、笑顔、笑顔。穏和且つ飄々としてなきゃ。
「じゃ、よろしくお願いね」
夏の青空に負けないくらいに爽やかな笑みを造り、彼らに贈る。足元で「げに恐ろしき破顔一笑でございますな」と、声を潜めたこんのすけにデコピンを食らわせ、私と狐はいざ本丸御殿へと乗り込んだのであった。