07
「じゃ、行ってくるから。君らはここに居なよ。また穢れにやられてしんどくなったらだめでしょ」
言いながら、準備運動とばかりに肩を回す。いや審神者の力とは関係ないけど、なんとなく、ね。気合注入的な?
黒髪の子と青い髪の子は私の提言を受け、互いにアイコンタクトをとった。ちょちょ、なんで二人とも刀の柄を握るんだ。あれっなんか警戒されてるんですけど。
「えっ、だいじょぶだいじょぶ。見張りなくても変な事しないし、逃げようにもあそこで行き止まりみたいじゃん? それに、私ここの間取り全ッ然知らないから、どこが『手入れ部屋』なのか分かんない。そんなに心配しなくても、君らのお仲間さんのいるとこに行ったりしないよ、ってか行けない」
穢れの大元の潜む部屋は、真っすぐ伸びた廊下の終わりにある。この先に逃げ道などないのだ。まあ、ここまで来ておいて退く気などさらさらないが。
また、私の立つ地点からあの部屋までの間、通路の両脇に幾つか同じような襖障子があるけれど、入ろうとは思わない。入ったところでどうなる? 迷子になるのがオチだ。
それに、今回本丸御殿に乗り込んだ目的は、滾々と湧き出る穢れを綺麗さっぱり断ち切るため。決して刀の修繕に来たわけではない。
「私みたいなひよっこにさあ、そんなにムキになる必要ないって。浄化だけさせてくれたらいいの」
今にも抜刀しそうな二人(あ、二口か)に手をひらひら振るが、臨戦態勢は解かれなかった。私を刺す疑いの眼差しは、ありありとしている。
彼らをここに留めようとしたのは、監視されるのが嫌だからとか、この子たちが嫌いだからとか、自由に動きたいからだとか、そんな理由じゃないのに。
ただ単に、穢れが体に障らないように、苦しくならないようにと考えてのことだったのに。
──なんだかなあ。
「……んもー。じゃあ、あの部屋の前までは一緒に行く? さすがに中に入るのは危ないと思うよー」
肩を竦めてみせれば、黒髪の子と青い髪の子は再び目配せをし合った。そうして、どちらともなく得物に掛けた手を下ろす。言葉はないけど、それでよし、ってことなのかな?
「それでいいなら、ほら、行こう。さっさとやっちゃいたいんだよね」
一歩、二歩と前に進む。私の先に立つ黒髪の子が、一瞬驚いたような顔をして後ずさりをした。おや、急に近付いたからびっくりさせちゃった? そんなに避けなくてもいいじゃん。ほんっと人間嫌いなんだね。あー、「怖い」、ってのもあるかもしれないな。詳しくは知らないけど、前の審神者さんに痛い目に遭わされてたみたいだし。こんのすけも三月四月は私のこと怖がってた。
黒髪の子、私、こんのすけ、青い髪の子の順に仄暗い廊下を歩み、やがて件の部屋の前まできた。……なんとなく息苦しく、体がずんと重い。時空ゲートを抜け、初めてこの地に足をつけたあの日、こんな風になったなあ。
一抹の懐かしさを得ながら、自らの力を研ぎ澄ます。周囲を包む結界を更に強化すると、息苦しさもだるさも消えた。
「お見事」
「でしょ?」
足元のこんのすけへ得意気な笑みを向け、小さな狐や刀剣男士に施している結界にも力を送る。ちょちょいのちょいだ。
「結構慣れたからね」
にっ、と口角を上げて胸を張る。たぶん、今私ドヤ顔してるな。
小さな狐が上品に笑い、「心丈夫にございます」と頷いた。
「さてさて、じゃあ──」
ピシリと閉じられている襖障子に向かい合い、正視する。これほどまでに禍々しい穢れの根っことは、いかに。
「おっかないなー……」
つい、気弱な声が漏れてしまう。しかし、やるしかない。尻込みなんてしてる場合じゃないのだ。
大きく深呼吸をして、両手で頬を叩いた。どんなに凄いヤツがいようとも、絶対に消してやる。全力でいこう。ダメだったら一旦引いて、打つ手を考えればいい。私にはこんのすけがいる。斉藤さんもいる。
大丈夫、大丈夫。できるできる。いける。
「……よーし」
暗示をかけるように心の中で己に語りかけ、精神を落ち着ける。これでなんとかなりそうだと思えてしまうのだから、私はやっぱり単純というか楽観的というか……まあいい。
「こんちゃん、ここで待ってて」
「何をおっしゃいますか」
大切な相棒をもう二度と苦しませたくなくて言ったのだけれど、小さな狐は間髪入れずに不服を申し立ててきた。
「このこんのすけ、矮小なる管狐であれども、お仕えする主人一人を危地へ向かわせるような不義は致しとうありませぬ」
「でも」
「危険は百も承知」
反論しようにも、凛とした黒い瞳に射抜かれ、声が出なかった。
「主様。私はいついかなる時も、あなたのお側に居りとうございます」
きっぱりと言い切り私の足に擦り寄ってきた小さな狐のあたたかくて柔らかな温度に絆され、胸がじんと熱くなる。
ああ、本当に、この狐は。
「……ありがと」
私を篤く想ってくれる、かけがえのない存在。
こんのすけが居るから、私は強くなれるのだ。
やりたくない仕事や気が乗らない仕事にも取り掛かれるし、付喪神たちに冷たい態度をとられても凹まずにあっけらかんとしていられる。怖い気持ちも不安な気持ちも、全部和らいでしまう。
どんな困難にも前を向いて立ち向かうことだって、どんな苦境にもめげずに耐え抜くことだってできるさ。
今回の事も。……そう、なんとかなる。きっと、ね。